2007/11/8

摩訶不思議ではあるけれど・・・Thelonious Monk(p)  木曜:Jazz & Classic Library

セロニアス・モンクの音楽を取り上げるヴィブラフォン奏者は多い。絶対数の少ないヴィブラフォンであってそれだから他の楽器のプレーヤーが取り上げる数は天文学的な数字になるだろう。

最初にモンクの存在を教えてくれたのは中学同級の漢方薬屋の息子T君だ。当時中学生では珍しいと言われたジャズ好きがコソコソ集まってはお互いのジャズアルバムを交換したりしてジャズを聞きあさっていた。

僕はハービー・マンやラリー・コリエル、ゲイリー・バートンやゲッツ/ジルベルトなどのボサノヴァなど、言わば白人の奏でるジャズ及びジャズ周辺の音楽から聴き始めていたので彼が聴いていたチャールズ・ミンガスやセロニアス・モンクはまったく別世界のジャズで刺激された。

しかし、その中でもモンクの音楽はなかなか厄介で耳馴染むまでには随分時間が掛かった。

自分が唯一例外的に聞いていたマイルス・デイビス(tp)のアルバム。当時既に『Miles Davis At Fillmore』などでロック志向の強いマイルスを耳にしていたんだけど時代を前後しながら聞き進む内に『Round About Midnight』と出会った時に初めて「ああ!そうなんだ!」とモンクの音楽に耳のフォーカスが定まった。

マイルスのフィルターを通してモンクの奏でる音楽に興味が沸いたと言うとモンクファンの人には怒られるかもね。

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『SOLO MONK/Thelonious Monk』(CBS/1964年)

モンクの秀作を一つ挙げよ!と言われてこのアルバムを出す人は少ないかもしれない。あくまでも個人的に、だ。

当時実家のピアノでモンクの真似をして遊んだ事がある。中学生の耳というのは意外と全域をカバーしているとは限らず、「突飛な音」や「特徴のある音」から順に耳に飛び込んでくる傾向があると思う。なのでモンクのピアノは真似するモードの耳には奇抜な部分だけが誇張されて聞こえていたのかもしれないけど、子供心に何だかユーモラスな感じがした。

ただ、その中で一曲だけ物真似遊びの題材に出来なかった曲があった。
“Ruby,My Dear”だ。

モンクの音楽を形容する場合に昔は「不協和音」というワードが一人歩きしていてどうかと思うが、すっかりユーモアという捉え方をしていた僕はこの曲だけは、なぜか宝物のように尊重して、耳が「物真似モード」にならず「聞き耳モード」になってしまい弾かず終いだった。

それから数十年・・・

2005年の冬のある日。突然この“Ruby,My Dear”が頭の中で何度もリピートして流れてきた。ちょうど春にアルバムの録音を控えて構想を練っていた事もあるが、改めて“Ruby,My Dear”の入ったこのモンクのアルバムを聞いてみた。

「そう言えば、この曲をモンクがソロ以外の編成で演奏しているのを聞いた事がないなぁ。いや、“Ruby,My Dear”を他のミュージシャンが演奏しているシーンに遭遇した事すらないゾ?」

“Straight, No Chaser”や“Round About Midnight”など、もはやジャズスタンダードとなった多数のモンクの曲はこれまでに何処かで演奏するシーンがあったけど、この“Ruby,My Dear”だけは一度も演奏した事がない。それどころかこの曲の譜面すら見た事がない。

再びこのアルバムを聞きながら、やはりこの曲だけ他の曲とは違うオーラを感じる。これは一体なんだ?

中学の頃に受けた“何か特別なもの”という印象が今でも蘇るのだ。
ふざけてはいたけど、お茶目にピアノで遊べないあの感覚は正しかったのかもね。

実際に採譜してそのまま演奏してみたが、これはこれ以上に発展しない。コンパクトながら完璧な曲なんだ。。

それで怯んでいるようではプロじゃないゾ〜(笑)

あの宝物をどうやってアプローチしたかは・・・
05年のアルバムで発表しています。

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『FOCUS LIGHTS』(VME)

このアルバムが発売された当時、不思議な事に僕と同じようにこの“Ruby,My Dear”を取り上げるミュージシャンが世の中にはいたのですね。偶然とは言え、それぞれが自分の解釈で演奏しているのを聞いて面白かったです。時代的に“Ruby,My Dear”が似合っていたのでしょうか?

『SOLO MONK』は何十年経っても変わらない、僕にとっては宝物の入ったモンクのアルバムなんです。

おしまい



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