2008/3/18

目が覚めると・・・  火曜:街ぶら・街ネタ

本日のBGMはどれかな?
赤松敏弘MySpace
只今開設記念期間。今なら6曲フルバージョン

本日は後追い更新で失礼!

朝霧(あさぎり)、朝靄(あさもや)。
これらが広がっていると見慣れた光景も幻想的で感動したりします。

東京駅を午後10時に出た寝台特急で朝を向かえ、岡山駅を出てしばらくの事。
個室のベッド横の窓のブラインドを開けたら・・・

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時刻は午前6時40分過ぎ。
岡山県の児島市手前。

この辺り、古くは遠浅の入り江だったそうで、広大な干拓地が広がります。
大規模干拓地の初期のものとして社会科の教科書なんかで秋田県の八郎潟と並んで紹介されている場所です。

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個人的に朝靄のある街や風景はなぜか心が高揚します。
比較的霧とは無縁の土地で育ったからでしょうか。
近所の多摩川から霧が立ち昇るだけで気分が変わります。

マイナスイオンなんてぇ言葉を知る前からの事ですから、どこか本能的に霧に対する憧れのようなものがあるのかも。

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この児島湾の干拓地は真っ平らですから風がなければ張り巡らされた水路から霧を発生させているのでしょうか。
春先のこの時期特有の景色です。

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いかにも春らしい陽光に照らされて朝靄が絨毯のように広がる中を寝台特急は駆け抜けて行きます。

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あと30分で降りるのでそろそろ仕度をしなきゃならないのに、ついつい外の景色に見惚れてカメラなんか構えているんですが、実はまだ寝巻きのまんま(笑)

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ああ、どうしよう、いい加減着替えないと・・・ううん、、しかし窓の外の幻想的な景色は捨てがたいし・・・
旅人は一人個室寝台の中でヤキモキするのであります。
アホです(笑)

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しかし、霧に“フンコー”してるって一体何なんでしょうね。
そういえば舞台などでもドライアイスでムードを演出、なんてありますね。
僕だけじゃないゾ、これは。

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その“フン”切りはまばらだった民家がポツポツと増えてきた辺りで「バイヤ(やばい)」モードに。

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昔から霧の多い所には美人が多い、ともいいます。
霧が保湿成分となって綺麗な肌を作るなどとまことしやかに言う人までいます。
人間にとってやっぱり霧とはミステリアスへの入口なのでしょうかね。

おしまい

2008/3/17

1週間・・・10年間・・・  月曜:ちょっと舞台裏

昨日は怒濤の年度末処理でダウン寸前でした(笑)

別に裏ではありませんが、MySpaceの運用を始めてちょうど1週間が経ちました。

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赤松敏弘MySpace

御覧になった方も多いと思いますが、BGMとして聞いていただいてもOK。
このツールはブログとは違って海外の人とも直接繋がって行くのでどんどん出掛けて交流を深めたい人向けです。同じようなツールにはYou Tubeもあります。

新しいツールを使い始めるといろんな事がわかってきますね。
1週間で約1300ビューなのでこのブログほどのアクセス数はまだありませんが、自ら音に関する発信ツールという面でどのような提供の仕方があるのかを探っているところです。
現在は発売(または絶盤も含む)している音源をアップしていますが、ココだけ、というものがやはりこのツールには似合うんじゃないかと思っています。

また、画像や動画に関しても徐々にアップして面白いモノに仕上げてみようと思います。

気が付くと、ネットにホームページを公開してから10年が過ぎました。
その前のパソコン通信の時代はまったく無縁でしたが、「誰でも」というボーダレスな発信ツールは興味深かったですね。

ネットを介してヴィブラフォン愛好諸氏から届くメールによる情報をアップした情報交換も始まり、僕も知らなかったような情報をたくさん頂きました。

インタラクティヴなんて言葉が流行った頃にはBBSが最盛期で、時にはBBS上で論争が起こる事も(笑)

そのうちにBBSに画像がアップされるようになり、テキストだけだった情報交換がさらにリアルに加速しました。

携帯電話がネットの端末として利用させるに至ってもはやネットは日常のツールになり特別なものではなくなりました。

そこにブログやMixiが加わり、様々な趣向と交流の方法が生まれ、やがてそれらがYou TubeやMySpaceに発展、という流れです。

どうやってツールを使いこなすか次第。
また、それによって音楽を演奏する側の意識も大きく変わりつつあります。

そうそう、ブログはいろんな方に御覧いただているようで、つい先日も水曜日の「これは好物!」に岡山の製麺メーカー“飛竜”の「焼そば」を紹介したところ、ナントその“飛竜”の研究開発部の方からメールをいただいて、しかも嬉しい感激の贈り物までいただくというハプニングも。

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これは今週の水曜日「これは好物!」に乞う御期待。

これまでにもホームページやBBSで遠くはヨーロッパの楽器メーカーの方などから取り上げた話題に関して直接メールが届いたりと、ネットの広がりの大きさを実感させられる事が何度もありました。

逆にMySpaceではこれまでにYou Tubeで見掛けて興味を持った世界中のプレーヤーとの交流をこちらから広げる事が可能となりました。

徐々に、徐々に、これらで新しい流れが生まれる、そんな気がしています。

おしまい

2008/3/15

のぞみがなくても銀河があるさ・・・・  日記

さて本日のブログ、ヴィブラフォンのBGMどれにしますか?
My Spaceはじめました。
別窓で開くとブログのBGMに。

寝台特急で迎える朝はなかなかいいもんです。
飛行機や新幹線を使っても「乗ってあげてる」感じでこちら側に主導権があります。目的地になれば降りるという幕切れがあるからでしょう。
比較的長距離の特急や車の運転などでは長時間の「付き合い」から時に降りるのが惜しくなる事もあります。愛着というのでしょうか。
しかし、夜行バスになると(僕は殆ど使いませんが)腰の辺りが悲鳴を上げて「早く降りたい」と切に願う事もあります。憎悪というと言い過ぎですが時に近い事もあります。
乗り物と人間の関係って、なんだか恋愛の感情表現で表すとおもしろいですね。
殆どの人は「降りてから」の目的が主なのでそんな事は考えないのかもしれませんが。。。

で、寝台特急というのは、なんて言うんでしょう、これらとは違った・・・・例えば、70年代風に言うと「夜明けのコーヒーを二人で飲んでる」ような感じ。。。

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降りる1時間くらい前から白々と明ける朝空をボケ〜っと見ながらiPodで音楽を聞きながら過ごす時に、ふとそんな気持ちになったりします。残念ながら今は昔のように食堂車も車販も無いので車内のベンダーで買った「夜明けの缶コーヒー」ですが、、(笑)。

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今のように個室が主体の寝台車だと扉をロックするだけで十分にプライバシーが保証されて一晩の寝台での過ごし方が快適ですが、昔の開放式と呼ばれた二段ベッドがズラリと並んでカーテン一枚だけで一人分のスペースが区切られた時代の寝台車だと「夜明けのコーヒー」どころの騒ぎではないかもしれません。

月に1度以上使う(今月などは3回も使う)寝台特急常連の僕でも、今さら開放式の寝台車に乗れと言われると敬遠してしまいます。
あくまでも「個室寝台」が前提の利用なのです。

今朝、寝台特急で東海道を上がって来たのですが、小田原を過ぎた辺りから沿線に異常な数の「撮鉄(撮りテツ)」のみなさんがカメラの方列でこの寝台特急を撮影しています。

なんだ?

東海道線は複々線なのでみんな海側の踏み切り、ホーム、河原、時には民家の隙間からもカメラの方列が続きます。

もう登場して15年近く経つこの寝台特急がそんなに珍しいか?
ふむ?

その疑問は東京が近ずくにつれ大きくなりました。
横浜を過ぎた辺りから「撮テツ」のみなさんの数が半端じゃなく増えています。
「こりゃ、何か他に目的があるな?」
そう感じてきました。

川崎を過ぎて多摩川の鉄橋を渡ると、その土手に集結した「撮テツ」みなさんの数たるや半端じゃない。土手を埋め尽くすカメラの数たるや100に迫る勢い!?

新橋、有楽町ともホームの端には「撮テツ」の壁が・・・

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週末とあって子供から大人までみなカメラを手に右往左往

やがて東京駅に列車が入る直前でこの謎が解けました。

この列車の入る同じホームの向かい側に見慣れたブルーとクリーム色の電気機関車が入れ替わりに出発しようとしていました。
それが・・

ラストランを終えた夜行寝台急行「銀河」だったのです。
本日のJRダイヤ改正で消えた歴史ある寝台列車なんですね。

旧態然とした懐かしいブルートレインそのままの客車が連なっています。

片や廃止で見納めのブルートレイン、片や最新の二階建て寝台特急。
これが同時にホームで入れ替わるのですから「撮テツ」軍団はまたもや右往左往で大混乱。

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いつもならこの列車がホームに入る頃にはとっくに品川の車庫へと引き上げている「銀河」ですが、今日だけは「撮テツ」ファンの為にこの列車の到着までホームに据えられていたのでしょう。
最近のJRはファンサービスにも熱心ですから演出だったのかもしれません。

こちらがホームに入ると同時に向こう(銀河)は二度と戻らない東京駅のホームを後にします。

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「銀河」を見送る「撮テツ」ファンのカメラの方列が一斉にこちらの「サンライズ」に方向転換!?(サンライズ車内から/わざとブレさせています)

このホームを埋めた全員が「撮テツ」集団です。信じられない数。
僕は鉄道の旅が好きで、利用して云々ですから彼等風に言えば「乗テツ(のりテツ)」なのかもしれません。廃止と聞いてわざわざ写真を撮りに出掛けた記憶はありません。わざわざなら乗りに行くでしょう(笑)。

ホームには子供、お兄さん、鉄子に混ざって案外高齢の方も多く、どうやら東京と大阪を結ぶ夜行列車に様々な想いがあるようで、仲良く過ぎ去るブルーの客車をバックに記念撮影をされている姿などを見掛けるとちょっと微笑ましかったです。

「のぞみがなくても銀河があるさ」
最終の“のぞみ”に遅れても午後11時発の夜行寝台急行「銀河」に乗れば翌朝始発の“のぞみ”よりも早く大阪に着ける、という定説。

それが今日からは

「のぞみがなければ万事休す」

廃価な大垣行きの夜行(座席のみ特別料金なし)から乗り継いで行く方法や安値な夜行バスだってある。
でも、いくら古くカーテン一枚とは言えベッドにゴロンと横になれる快適性はない。
その内にいつか「しまった!」と後悔する時代になるような気がする。

安値で消えたものはもう二度と戻らないのは、冷凍食品やスーパーの安売りで気が付いた安全性に似ていると言うのに・・・

さらば「銀河」。

おしまい

2008/3/14

検証-ムッサー・エレクトリック・ヴィブラフォン・・  金曜:vibraphoneやmarimbaの為のジャズクリニック


今日のBGMはどれにする?
ホームページ開設10周年記念“MySpace”運用開始(3月10日〜)。チェキラ!

毎週金曜日はVibraphoneやMarimbaをやっている人向けのお話し。第八十六回目の今日は「ムッサー・エレクトリック・ヴィブラフォン-検証編」です。

今から40年ほど前に、ヴィブラフォンを電化する試みが製造メーカーで行われていました。唯一市販に至った、純粋にエレクトリック・ヴィブラフォンと呼べるものはディーガン社の「エレクトラ」というポータブルタイプの電気ヴィブラフォン。
これは現在でもコアなファンが所有して実際に使っているので、ヴィブラフォンを追っ駆けていると、いつかは出会うでしょう。

ディーガン社のライバルで世界最大のヴィブラフォン・メーカーであるムッサー(MUSSER)社はどうしていたか?

その辺りの事やヴィブラフォンの電気増幅に関しては昨年6月後半から7月にかけて金曜特集で「エレクトリック・ヴィブラフォン小史」としてまとめたので参照して下さい。

■金曜特集『エレクトリック・ヴィブラフォン小史』
その1/07年6月29日
その2/07年7月6日
その3/07年7月13日

また、僕自身も電気増幅を試みた時期がありその時の事は同じく金曜特集の『ビブラート効果の考察・・・前半』で触れています。

先日、当BBSにアマチュア・ヴァイビストのMoriさんからブログで取り上げた「エレクトリック・ヴィブラフォン」に関する投稿をいただき、やり取りをする内にMoriさんがムッサー社オリジナルのバーマイクロフォン付きのエレクトリック・ヴァイブ(カタログに表記されていたそうです)を現在でも使われているとのお話をお聞きしたので、「是非画像を!」のリクエストに応えていただきました。

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M45にバーマイクが標準装着されたムッサー・エレクトリック・ヴァイブ
M55に装着されたタイプも販売されていた

よく見ると「MUSSER」のロゴが二重になっていますね。下が本体に標準のロゴ、上がバーマイクに表示されたロゴ。

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フレームの外側にバーマイクが装着されている

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そのままバーマイクのシールドをアンプに差し込めばOKというシンプルなもの

この時期はノーマルなヴィブラフォンにバーマイクを装着して演奏するのが流行りました。
少しその頃の資料を調べてみました。

1970年頃の写真を見ると、すでにムッサーはバーマイクの開発を完成させていて、あちこちでノーマルなヴィブラフォンにバーマイクを装着して演奏する姿があります。

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ゲイリー・バートン1970年のショット。バーマイクを装着している

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ロイ・エアーズも同じムッサーのM55にバーマイクを装着している

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対して御大ミルト・ジャクソンがMJQでディーガン「エレクトラ」を演奏する珍しいショット。

70年に入ると世の中電化一直線だったのですね。

ムッサー社はディーガン社のように「エレキヴァイブ」を作るのではなく、装着型のバーマイクを作ってどんな機種にでも装着できる(電化できる)という路線を打ち出していたのでしょう。MoriさんのバーマイクにわざわざMUSSERのロゴが入っているのも他社製品に装着した時のアピールと思えば納得ですね。

しかし、純粋なエレクトリック・ヴァイブの「エレクトラ」を除けばどの写真を見ても必ずマイクも併用している事からもわかる通り、バーマイクは演奏者サイドとして音量の補助としては満足するものの、音色やアタック音に関しては従来のマイクロフォンに頼っていたようです。
実際にこのバーマイクを使うと、アタック音がボコボコという独特の音色でヴィブラフォンよりは発音がマリンバ的な音の印象があり、ソリッドなサウンドを求めるヴァイブ奏者には不満があった。

これはマイクを鍵盤の下に装着するとマレットのアタック音を100%拾えないという宿命で、バーマイクに限らずパイプで上に向かって音を増幅する楽器全てに言える事です。

その為には電気的にアタックなどの効果を作る必要があり、様々なエフェクターを付け加える事になります。

さて、1971年。
ゲイリー・バートンが来日した時に、見慣れたムッサーのM55からパイプを取り除いたような楽器を持って来ました。

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実はこれはムッサーがプロトタイプとして開発した純粋なエレクトリック・ヴィブラフォンだったのです。
その残骸をラッキーにもバークリー時代に練習室で発見して隅々まで調べました。
これはM55とサイズは同じながら、ボディーは別物の今となっては幻のムッサー・エレクトリック・ヴィブラフォンだったのです。

いろいろと考えられていて感心しました。

ただ、バーサスペンションコード(鍵盤に通す紐)をピンホールに通すなど、まったく分解を考えていなかったので、鍵盤を装着したまま運ぶというのはディーガンの「エレクトラ」と同じで、とても一人じゃ運べないという欠点がありました。

また、エフェクターを使わない場合はマイクでアタック音を拾う必要があったり、と、一台で全て完結する楽器ではなかったようです。

やがてムッサーはバーマイクの生産を止めてしまい、他に専門のメーカーがアタッチメントを開発して現在に至ります。
ムッサーが最初に考案した通り、エレクトリック・パーツとしてバーマイクの需要がその後のアタッチメントの開発へと繋がったわけです。
ミュージシャンに様々な層から意見を求めた結果でしょう。
今のメーカーは見習ってほしいものです(笑)

シンセパッド系のシンセヴァイブも発売されましたが、これらは音そのものを別に音源モジュールに頼らなければならず、本体から発する音が無いので魅力がありません。
キーボーディストの世界を見ればわかるように、シンセサイザー専門の演奏者が90年代に入り激減している事からも、時代の流れには乗れない位置にシンセ全体があり今後の発展には期待していません。

やはり楽器は楽器。本体から出る音がなければ玩具に過ぎません。
21世紀の現在から過去を振り返ると、40年前でエレクトリック・ヴィブラフォンの歴史は終わっているのかもしれませんね。

でも、面白い楽器が作れるならこれらのノウハウを生かして飽きのこないエレクトリック・ヴィブラフォンをいつか作ってみたいと思っています。

貴重な資料を送っていただいたMoriさん、ありがとうございました。

おしまい

2008/3/13

一番不可思議なアルバム・・・Miles Davis(tp)  木曜:Jazz & Classic Library

ホームページ開設10周年記念。
今日のBGMはどれにしよう??
MySpace運用開始しました(3月10日〜)。
チェキラ!

マイルス・デイビスが亡くなってからもう16年という時間が流れたんだけど、このジャズの帝王の影響はミュージシャンにとってとてつもなく大きい。かくいうヴィブラフォン奏者だってズンッと影響を受けて育っている。

何が?
って、やはりこの人のやり遂げた事は歴史を更新する事の連続だった。
晩年のカムバック後は孤高のリーダーから解かれてヒューマン・マイルスといった印象だったけど、ラップとジャズを結び付けたりと、最後まで時代を先取りする姿勢を崩さなかった。

僕は50年代後半〜70年代中盤までの「CBS信者?」なんだけど、それ以外の50年代、80年代のマイルスも嫌いではない。

ただ、おかしな事にいくら好きでもなぜかウェイン・ショーターが入っているマイルス・コレクションが極端に少ない。ウェイン・ショーターが嫌いなわけではないし、むしろ好きなサックス奏者でもあるんだけど、ね。

アルバムにすると1964年の『Miles in Berlin』から67年の『Nefertiti』まで。後に発売された『
Live At The Plugged Nickel』を除いて。

そんな中で多くの謎として今日まで強く印象に残っているアルバム。
それがコレ

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『Filles De Kilimanjaro/Miles Davis』(CBS/1968年)

マイルス・デイビスという人はハーモニー感覚に優れた人だったと思う。
ハーモニー感覚が鋭いから、それに似合ったリズム(ビート)と結び付いて独特の世界を放っていた。そうでなければ、あのようにモードと出会う事もなかっただろうし、ロックやラップと出会う事も無かっただろう。言い換えればハーモニーはどんな音楽とも共通するクッションなので変化に柔軟な姿勢でいられる。
また、ハーモニーの縁取りが異常なまでに見事だった為に一見クールと呼ばれるミュート奏法でのスタイルの確立とメロディーの核を引き出す事に長けていた。
どんなハーモニーからもメロディーを引き出す数少ないジャズメンだった、と僕は勝手に分析している。
他のジャズメンがコードからリック(Lick)しか引き出せなかったのとは大きく違っていた。

そんなマイルスの軌跡の中で、ウェイン・ショーターというもう一つの核を持つプレーヤーとの出会いは、多くのジャズファンに受け入れられているのだけど、実はそこに僕は「もやもや」を感じてしまったような気がするんですよね。
もしも、ウェイン・ショーターが管楽器奏者じゃなかったら・・・・僕に「もやもや」はなかったかもしれません。

このアルバムを聞くと、その事を痛感させられます。
曲は全てマイルスが書いています。
それまではウェインがバンドの中で作曲の中心でした。

それなのに、このアルバムは今でも印象的です。
不思議なアルバム。

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妙にチープな音色にセットされたエレクトリック・ピアノのせいもあるんですが(恐らく後の名器フェンダーローズ・ピアノではない)、何か書きかけの絵のような作品が収められています。
でも、またそれが不思議なんですね。とっても印象に残る。
印象に残るからと言って演奏をベタ誉めしているわけではありません。
むしろ「大丈夫?」って心配になるほど不安定です。
でも、それがまた不思議に印象に残るのです。

後になってその前のアルバム(「Nefertiti」や「Sorcerer」)を聞く機会があり、その謎の一部が少し解けました。

1曲めの“Brown Hornet”からベースのパターン化の面白さで曲をコードという狭義から解き放とうとしていたんですね。
2曲めの“Tout de Suite”になると、静かな曲に於いてもベースにパターンを弾かせてハーモニーの代用とさせていたんです。
4曲め“Filles De Kilimanjaro”も同様。
最後の“Miss Mabry”に至ってはトランペットとサックス以外は全てパターンの繰り返し。
一番タイトなリズムで演奏される3曲めもその賑やか版。

面白い事にリズムセクションのメンバーが曲によって入れ替わります。
従来からのハービー・ハンコック(el-p)ロン・カーター(b)がタイトな“little Stauff”や“Miss Mabry”になるとチック・コリア(el-p)デイブ・ホーランド(b)に。
ハンコックやカーターでは書かれた通りの再現には役不足という事なのでしょうか。
バンドの大きな変わり目だったのですね。

この時点でマイルスが見ていたもの、それがロックだったという事がわかります。
ハンコックやカーターではファンキーには演奏出来てもロックにはならない。
ハーモニーが新しい方向に変貌していたのでしょう。

それが証拠に同年のアルバム『Miles In The Sky』の一曲めの“Stauff”では完全なロックビートを演奏して、やがて来る『In A Silent Way』〜『Bitches Brew』、さらに『Live-Evil』〜『On The Corner』という二段、三段の進化へと繋がるわけです。

『Miles In The Sky』では「完成形」を目指したのに対してこのアルバム『Filles De Kilimanjaro』は音楽の「未完成」を狙っていたようです。

ただ、今どちらが頭に残っているか、といわれると、不思議な事にこの未完成的音楽の『Filles De Kilimanjaro』がダントツなんですね。
この怪しく、不思議なサウンドに魅せられたミュージシャンは世界中で意外と多いかもしれません。

おしまい

2008/3/12

神戸から届いた春の味覚・・・  水曜:これは好物!

3月10日からMySpace運用中。各アルバムから1曲セレクトしています。ブログのBGMとしてお楽しみ下さいませー。

めっきりと春らしくなってきました。
黄色い菜の花が目立ってくる季節。
リビングに入るポカポカとした陽射しが心地良い感じになってきました。
通ってくるヴィブラフォンのレッスン生の中には、この時期になると花粉症で憂鬱な季節の人もいます。人それぞれにいろいろな春です。

毎年この時期になると、我家に西から春が運ばれて来ます。

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神戸を中心に活躍されているマリンバ奏者の佐藤梨栄さんお手製の春の味覚。

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神戸の春の味覚『いかなごの釘煮』

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先週届きました。
届いた時、東京はまだ冬の名残りが漂っていましたが、これで一気に我家は春モードに。

今年のいかなごは一段と脂がのって旨味が深く、日本酒に手が伸びそうになって仕方ありません(笑)。ちょっと今忙しいので我慢、我慢。

ちょうど先週瀬戸大橋を渡ったところで、この先の海で捕れたいかなごなんですね。

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瀬戸大橋から神戸方面に昇る朝陽を

この時期にレコーディングの準備をしていた3年前は、突然佐藤さんさらこのいかなごの釘煮が届いてアレンジでモヤモヤしていた頭が「すっきり春モード」に切り替わってサクサクと作業が進んだ事もありました。

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まさに春の御馳走。
佐藤さん、ありがとう!

おしまい

2008/3/11

くるくる〜っと、ね・・・・  火曜:街ぶら・街ネタ

ホームページ開設10周年を記念して昨日から“MySpace”の運用を開始しました。絶版となったアルバムの音源もアップしていますので、是非チェキラ!
今後は音源に加えて動画なども予定しています。ブログのように“ほぼ日刊”とは行きませんが気長に育てて行きたいツールです。
ドゾ、よろしく!

日本の街を歩いていると上手く遠近法を利用した街並みに出会います。
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海外だと道は真〜っ直ぐに作られるものですが、狭い日本の中ですからズド〜ンと道を通すわけには行かなかったせいもあってでしょうねぇ、クネクネした道が多いです。
城下町を歩くと真っ直ぐなようでどこか湾曲してる大通りとかありますね。
戦国時代の知恵でわざと見通しの効かないそのような道を作ったと聞きます。
むしろ京都の中心部のように碁盤の目のように東西の道が交差するほうが珍しいのでは。

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さて、本日は千葉県は成田市。人口は12万強とそう大きくはないですが、この街の名前は全国に知れ渡っています。
ひとつは成田国際空港。一躍成田という地名が生活の中に溶け込んだ理由ですね。
そしてもうひとつが成田山。山と言ってもマウンテンじゃありませんよ、新勝寺というお寺。
お寺の界隈と言うのは門前町という風情が漂います。

あんまり宗教には詳しくないですが、何処の土地に行っても思うのは、お寺巡りとか大き目の境内とか、門前町を眺めてつくずく思うのは、これらは今で言うテーマパークのような気がするんですね。
子供の頃はなぜお寺参りとかにお年寄りがあんなに集うのか理解出来ませんでしたが、ある時「これってひょっとしてテーマパーク?」と思った事が切っ掛けでお寺とか門前町のレイアウトや施設を見て「ほう!」と思うようになったのです。
そう思うと風情という物とは別の味わいが生まれてくるから面白いものです。

いわゆる参道に至るまでにいろんな商店がひしめいて商魂逞しいんですが、これもテーマパークと思って歩くようになってからは店を冷やかして歩く楽しみを覚えました。

うん?

なにやら人だかり?

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『房総の郷土料理“祭り寿司”』

“祭り寿司”というと僕なんかは岡山の祭り寿司を連想しますが、ココのは要するに華やかな色彩の“細工寿司”の事を言うようです。

鮮やかな手つきに惹かれてついついカブリツキ・・・(笑)

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こうやって具をつめて・・・

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ぎゅっぎゅっと巻いて

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さらに薄焼き玉子を巻いて・・

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サックリと切ると御覧の通り!

うまいもんですねぇ。
こういうのって感心しちゃいます。

さらに・・・・

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ここまでくると、もう芸術だね。

くるくる〜って巻いてどうなるかを計算しながら具を挟むわけだよねぇ。
面白い。

しばらくすると・・

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出ました!
最近何処でも見掛ける“意表缶”。
千葉だから銚子のおでんですか・・。
静岡のおでん缶がこれらブームの切っ掛けだと思った。

ボストン時代にパン(クロワッサン)の缶詰があって、これが案外イケてたんですが、こういうのもアメリカの20年後になって日本で流行るんですかねぇ。

さて、

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下り坂と湾曲した街並み。
参道に向かって一直線に階段かなにかで結べば近いのですが、そこは門前町、少しでもお店が見えるように湾曲しています。
直線だったら歩いててもせいぜい看板くらいしか目に入りません。
湾曲する事で視界に店の中が飛び込んでくるわけですね。

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今度は反対側に湾曲。
この迫る感じが何とも言えず好きなのです。
何かに包まれているような、そんな感じ。

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ゆっくりと曲がりながら、改めて日本建築の美しさを感じます。
まるで時代劇のセットのよう。

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この街は歩いていて視線が新鮮です。
土地が起伏しているからか、建物をいろんな角度から眺められるのですね。
湾曲と凹凸が生んだ素晴らしい参道。
それが成田の印象なんですね。

おしまい

2008/3/10

やっぱりこれかな?・・・本日開店My Space  月曜:ちょっと舞台裏

先日ピアノの市川秀男さんのライブで演奏していると、どこかで見覚えのある人が客席に。

はて・・・?

人の名前と顔を覚えない事では定評のある僕の事、「誰だったかなぁ?」と謎のままだった。
店のマスターと親しそうに話すからには、これは“タダモノ”ではない事だけは確か。
1stセットが終わって今度は市川さんが「お!懐かしい〜!」と歓喜の声を上げている。

ううぬ。。

それとなく喋りながら、周囲の会話を元に「誰」かを必死で探る(こういう時ってありませんか?)。
その内に「赤松さん」と僕の名前を呼ぶし、こりゃまいったなぁ。。と思っていたら、フルートの中川昌三さんだった。

アルバムのクレジットでは存じ上げていたが、考えてみれば一緒に顔を合わせた事がない。オーバーダブ楽器の悲しい性?
バークリーを卒業して帰国直後に市川さんと一緒に演奏するようになった頃、その直前まで市川さんと共演していた中川さんとは入れ替わりだった。

市川さんの曲によくフルートと記入されているスコアがあって、フルートのパートをどうやってヴィブラフォンで演奏しようかと考えた記憶が蘇る。

「お互いに初顔合わせなんですよ」と市川さんに言うと驚いていた。

その時にちょうど最新作の“STREAM OF LIFE”のサンプルを持っていたのでご挨拶に差し上げたら、昨日中川さんから御返しのアルバムが届いた。

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『POESY/Masami Nakagawa』(JVC/1996年)

ビクターのxrcdで懐かしいジャケット(僕のTBM盤のxrcd24と同じ紙ジャケ)で、早速聞かせていただいた。
中川さんは本来クラシックのフルート奏者。フィールドを超えてジャズに飛び込んで来られた実力派。フルートの音色がハンパじゃなく美しい。
それにRichie Beirach(p)George Mraz(b)Lewis Nash(ds)というツワモノとガップリと張り合ってエナジー溢れるアルバムに。
見かけたら是非聞いてみてください。
中途半端にクラシックじゃダメだからと安っぽくジャズをやってる人とは大違い。
ここまで自分の言葉で演奏できて初めてジャズの言葉に聞こえるんだと思う。
ミュージシャン同士の交流は発見だらけ。

さて、いよいよ、と言うか、みなさまからの御要望もあって、YouTubeと比較検討した結果、本日からMy Spaceを運用する事になりました。更新はゆっくりと気が向いた時にやります。

赤松敏弘 My Space
(左のリンクからも飛べます)

さっきアップしたばかりなので、これからちょこちょことイジって音に加えて動画なども充実させて行きたいと思いますので、みなさん是非“ちょこちょこ”と覗いてやってください。

第一弾には絶盤になっているアルバムの音源もアップしています。
帰国直後のレコーディングでギターリスト道下和彦とのデュオで演奏している“Triton”がそれ。(1991年8月録音“Now's The Time Workshop-vol,2”<BMGファンハウス>より)

ブログのBGMとしてお楽しみ下さい。
HP、掲示板、ブログに加えて新しい発信ツールとして育てたいと思っています。

おしまい

2008/3/8

衣替え・・・・?  日記

ユーザーの文音さんに先を越されてしまいましたが、ブログも衣替え(笑)。
しかし、、、

いろいろバックを変えて試してみたんですが、イマイチ「コレ!」という今の時期にピッタリのものが見つからず、、、
かと言って、いつまでも冬仕様では、、、

そんなこんなで、只今バックは「午前3時」で仮設定中。。。

ま、この時間に起きてていろいろやってる、って事で(笑)。

それにしても、この時期って、出掛ける時間や場所、土地によって季節感がバラバラなので着るものも微妙、大変デス。

おしまい

2008/3/7

曲集は活用するもの・・・  金曜:vibraphoneやmarimbaの為のジャズクリニック

毎週金曜日はVibraphoneやMarimbaをやっている人向けのお話し。第八十五回目の今日は「曲集の活用法」のお話しです。

この金曜特集はヴィブラフォン奏者に限らず多くのマリンバ奏者の人も御覧になっているので、今日はそちらに向けた内容。

昨年9月にヤマハから発売した曲集『レパートリーで学ぶジャズマリンバ&ヴィブラフォン』(amazon.co.jp他全国の書店、楽器店で発売中)は大変反響をいただいて、上記amazon.co.jpの「マリンバ」全般カテゴリーで発売以来上位ランクインと誠に嬉しい限りです。

しかし、この曲集は従来の「教則本」とは違った内容なので、時々ユーザーから「使い方」についてお尋ねもありました。

「今度演奏したいが編成が異なった場合、どのように使えば良いか」等。

この本をどのように使うかはユーザーの自由。冒頭でも「あとは貴方のアイデア次第!」と書いている通り、コードミュージックやジャズの演奏への入口として使ってくれる事を祈って書きました。
本当はコードネームだけで書きたかったのですが、それではコードネームに慣れていない人にはチンプンカンプン。そこで譜面に必要最低限の音符とコードネームを記入し、曲毎にコード演奏のガイダンスを付属し、さらに基本的に知っておくと音楽で仕事をする時に役立つベーシックなコード理論を付けています。

どう贔屓目に見ても、日本のクラシック音楽の教育は情操的には満たされるものの、論理的に成立たせる部分が未だに満たされているとは思えません。「風のように」とか「情熱的に」という抽象的な表現(イメージ)だけで音楽を語ってしまう傾向が強く、海外の演奏家に比べると和声(ハーモニーやコード)に対する感覚に応用力が欠けています。
クラシックもポップスもジャズもロックも唯一共有しているハーモニーなのに、です。

この本をまとめるにあたってその部分での応用力を付けられる本を目指しました。
付属させているのは全てその応用力を付ける為の基本的な事です。
ジャズでも、クラシックでも、ポップスでも使える事とヒントなのですね。

前置きが長くなりましたが、一つの例として冒頭のアルベニスの曲での応用法を記します。

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本ではマリンバorヴィブラフォンが主旋律を担当し、ピアノとの共演を想定してデュオ用のスコアに編曲しています。
これを、主旋律をヴィブラフォン、ピアノのパートをマリンバ一人で演奏する時にどのようにマリンバパートをまとめれば良いか、という質問です。

ピアノパートを、1台のマリンバを二人で演奏する場合はこの譜面のままでもOKですが、一人となるとアレンジが必要です。
そのアレンジに必要なガイドはスコアに記したコードネームにあります。
また、コードネームだけでは(コードトーンだけでは)歯抜けの状態ですから曲のガイダンスにコードスケールを解説しています。(この曲のガイダンスは本文p11〜p13に)
これらをガイドとしてピアノが奏でているサウンドが「何と呼ぶ和音」なのかを把握出来るとアレンジは簡単です。

譜面をそのまま演奏するだけなら世の中には1億人以上同じような演奏者がいるでしょう。その中から飛出さなければいけない状況をひしひしと感じている人、「どうにかしたい」と思うでしょ?

まず、各小節に記されたコードネームとガイダンスに記してあるコードスケールを弾いてみましょう。
その中の音であれば「その部分」の和音を崩さずにマリンバで演奏しやすい他の形のアルペジオが作れるのです。
メロディーを変える事は出来なくても、正しく和音の流れを理解していればハーモニーの「形」は変えても音楽が崩れる事はないのです。
ピアノとマリンバではまったく違う機能を持った楽器ですから「そのまま」で満足するのは自分の楽器を正しく理解していない事になります。
逆に言えば、マリンバでしか表現出来ない手法も良いですが、他の楽器で出来る事がマリンバでも出来なくてはプロになれません。

さて、一つの例として冒頭の部分の和音の大まかな流れをピックアップしてみます。

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コードネームの構成音(root,3rd,5th,7th/各b含む)だけでアルペジオを考えるのが基本ですが、それだけではこの曲の流れ(ハーモニーの)を表現出来ない場面もあります。
ピアノパート全体の音とコードスケールを整合させて、4分の3拍子の曲なので3つの音に絞ってコードの連結を想定します。
この曲の場合、ベース(コードの最低音)にAbが持続してムードを作っているので、実質ベース音を除いた2音をピックアップする事になります。

ここで選んだのはテンションも含めて「それぞれのコードが著しい跳躍を行わない」音です。
このようにベースが限定されたアルペジオを作る時のポイントは、近い位置にあるコードのキャラクター音を見つける事なのです。ベースを限定する、という事は、この部分に躍動感を作曲者が求めていないというわけで、それに沿った形が曲を守る為に維持させるのです。
また、持続音のないマリンバですから、ヴィブラフォンが奏でるメロディーの音をできるだけ除いて構成する事でハーモニー感が高まります。(一音に意味が重要)

さらに、アルペジオでは、最低音と最高音をなるべく持続(共有するテンションも含めて)させて内声の変化でハーモニーの流れを表現するとハーモニー的な効果が高まります。シンプルである事が一番大切なので「確信」を持てる音を探すところからチャレンジ(=アレンジ)が始まります。
決して「雰囲気」で音を選ばない事です。

では、ピックアップした音を使って実際にアルペジオで書いてみましょう。

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演奏する時の注意として、ベースとなるAbの音が際立つように、つまりは他の音は優しく弾くのがコツで、持続音のないマリンバでもハーモニーを感じさせる事が出来ます。
カツカツのマレットよりも深みのあるマレットが理想で、低音ほど音の減衰時間が長いという楽器の性質を利用して演奏する事です。

ちなみに、次の小節はE7/Abですから、ピックアップする音は下が「D」、上が「B」になりますね。それにベース音「Ab」が加わった3つの音。
この部分のエキゾチックなサウンドはこのようにアレンジすれば良いのです。

アルベニスが何を描いていたのか、、、わかってくると思いませんか?
僕なんかはどんな音楽でもこの時間が最高に楽しいのです。
他人が描いている事に触れられる、、、、発見の連続です。

どのようにまとめるかは「貴方次第」。
センスを生かして貴方の音楽を奏でてください。

おしまい



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