2008/3/6

UKのジャズヒストリー・・・・Michael Gibbs  木曜:Jazz & Classic Library

イギリスのジャズシーンについて詳しいわけではないが、ゴードン・ベック(kb)、ジョン・マクラフリン(g)のマハビシュヌ・オーケストラ、もっと古くはヴィブラフォン奏者でもあったビクター・フェルドマン(kb)など、アメリカのミュージシャンとは違ったニアンスを持った人の事は知っている。

そのイギリスに60年代後半から新風を吹き込んでいたのがコンポーザー&アレンジャーのマイケル・ギブスだ。
僕は子供の頃にゲイリー・バートン(vib)のアルバムを通じてギブスの作った曲をたくさん知っていた。
そのどれもが、当時小学生〜中学生の耳にビートルズと同じ香りのするコードサウンドで親しみやすかった。

まだ、世の中にFusionという言葉の無かった時代、Jazz & RockからFusionにかけての時代の音楽が僕は一番チャレンジャー揃いで好きだ。ジャズでもロックでもスイッチ出来る凄腕揃いの新人達が次々と新しい事を生み出していた。
その頃のイギリスのサウンドを一言で表わそうとしても、「ビートルズ」という形容詞があまりにも大きくうまい言葉が見つからないが、世間的にはこれで十分通用するはず。
それほどにジャズに限らず、ロックイディオム、ビートルズの影響、はたまたファッションやデザイン、つまりはイギリスのカルチャーが時代を変えて行った。

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『JUST AHEAD/The Mike Gibbs Band』(Polydor/1972年)

マイク・ギブス率いるビッグバンドのライブアルバム。
ゲイリー・バートンとの共作(「In The Public Interest」74年 ポリドール、「Seven Songs for Quartet and Chamber Orchestra」74年 ECM)以外ではその頃のギブスの貴重な音源でCDになって初めて聞く事が出来た。

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いづれもLPのみで聞く事が出来るバートン〜ギブスの70年代の記録

さて、このギブスのライブアルバム。
2枚組でかなり克明にギブスのビッグバンドの様子がわかって面白い。
ブラスセクションに加えてエレクトリックピアノ、ギター、ヴィブラフォン、が重要なポイントを占めるスタイルというのが特徴。

1曲めからしてキース・ジャレットの“Grow Your Own”だからゲイリー・バートンのファンなら思わず「懐かしい〜!」と思うでしょう。
インタールードの部分でエレクトリックピアノとヴィブラフォンのデュオになる辺りも聞き物。なんとピアノがジョン・テイラーだし、ヴァイブのフランク・リコッティーも健闘している。

2曲めは上記バートンとの共作「Seven Songs for Quartet and Chamber Orchestra」の最終曲に選ばれていたギブス作“Three”が来るのだから、これも思わず嬉しくなってしまう。
ギブスの作風を個人的に言うとブリテッシュサウンドとアフリカンなモードのコントラストにあると思う。コモントーンを繋いだブラスセクションの使い方などに、僕は夢中になったものだ。

3曲めはバートンとスワロウの作ったブルース“Country Roads”。もはやビックバンド・ファンよりもバートン・ファン向けのアルバムのよう(笑)。

続いて同じくバートンの「ロフティ・フェイク・アナグラム(邦題“サイケデリック・ワールド”)からカーラ・ブレイ作の“Mother Of The Dead Man”。
ギブスのオリジナル“Just A Head”“Fanfare”と続いて1枚めが終了。

2枚め冒頭のギブス作“Nowhere”は「In The Public Interest」を思い出させるサウンドで怒濤のドラムソロに突入する。何とドラムはジョン・マーシャルだ。
バークリー時代にもしもギブスがいたなら是非習いたかったなぁ。。と思わせる曲だ。

続いてカーラ・ブレイの代表作“Sing Me Softry Of The Blues”。
ブルージーにブラスセクションがテーマを奏で、アルトサックスのスタン・サルヅマンとヴィブラフォンのフランク・リコッティーがフィーチャーされる。

最終曲のギブス作“So Long Gone”。
重厚なサウンド、壮大なスケールを描くシーン、後ろではエレクトリックシタールも聞こえる。
マイク・ギブス自身トロンボーン奏者でもあるのでトロンボーン・セクションを使ったサウンドはかなり特徴がある。コモントーンの使い方に表れるギブスのサウンドはこの辺りから生み出されているような気がする。
やがてリズムがインしてクライマックスに向けてバンドは徐々にコンボ・スタイルのソロパートへと突入。
ドラムとピアノのフリーパートを経て再びリズム・インに戻る。
この一見8ビートに聞こえるリズム・インのパートが少しずつアフリカンなパルスを出したところで、このアルバムは終演となった。

シンプルなスコアリングで最大の効果を引き出すマイク・ギブス。
その魅力と70年代のイギリス・ジャズシーンの活況がサウンドの向こう側に広がっていますね。

おしまい

2008/3/5

業務用の・・・  水曜:これは好物!

中途半端な時間帯の昼食。
用事と用事のハザマに小腹を満たしたくなった時、みなさんは何処に入りますか?

ファーストフード、カフェ、いやいやザックリと牛丼、ツルツル〜っと蕎麦やうどんとか。

僕はあんがい喫茶店です。
喫茶店ですよ、カフェとかじゃない。

これは中学〜高校時代のジャズ喫茶通いから来てるんじゃないかと。

実家の松山で日中用事に追われて、歩く、歩く。
普段は昼食って殆ど食べない(まぁ、昼食が朝食代わりのような生活なので)けど、さすがに朝から動いていると前夜蓄えたエネルギーも底をつくというもの。

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移動に使う市電の電停がL字型アーケードの両端を結ぶ。手ごろな広さの街だからどんな用事でもこの中で満たされる。さて、どの喫茶店にしよう、と思いつつアーケード内を歩いていて「お!」っと閃いた。

「そうだ、あそこに行ってみよう」

何十年振りかでその階段を上がる。アーケードの二階に店がある。そのシチュエーションもなかなかグッド。

その昔、この街にジャズ喫茶と名の付く店が14〜5軒あった頃は「ひややか」に接していた。ガンガンの大音量でジャズが流れる昼間入ると真っ暗で目がくらむ「本気」のジャズ喫茶と違って、軽〜くBGMにジャズを流している感じだったからだ。
それでもちゃんと「ジャズ喫茶マップ」に載っていた。

「本気」のジャズ喫茶が夜のジャズバーやライブハウスに姿かたちを変えて行ったこの20年間で、これら「軽〜くBGM風にジャズを流していた店」は今も健在。だから最近は貴重に思って入るのだけど、ココはホント20年振りだ。

前にも書いたけど、不思議なくらいジャズ喫茶風の喫茶店では「パスタ」と「ピザ」が珈琲の次にレギュラーメニュー。松山だけに限らず全国のジャズ喫茶がそうだった。
それも「ミートソース」が主流だった。
茹でるだけだし、ソースは仕込んでおけば温めるだけだから店内に“騒音”を撒き散らさないからじゃないかと思っているんだ。この手の店に入るとソレがオーダーの定番。

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なつかしい感じの内装。70年代に流行った喫茶店そのままがココにある。

地方とは言え、スタバにドトールにサンマルクや各ファーストフード店、と時代の流れがこの街の喫茶店を飲み込んで行った。残っている店は固定客のある店だけだ。
関西系のこの街では今でもそういう喫茶店のテーブルを事務所代わりに使うオッチャンが多い。スタバやドトールでは許されない事が個人の喫茶店では許される。
まぁ、商談にスタバじゃ、ねぇ(笑)。

さて、今ではこの店はビーフシチューが名物なんだけど、それにはわき目もくれず「ミートスパゲッティ」をオーダー。「パスタ」なんてメニューに書かれていたらすぐに店を出る(笑)。
店内には相変わらずジャズ(これはアートペッパーだな)がBGMよりも少し大きめに流れる。オーディオのほうを観るとお約束のJBL。レコードのターンテーブルも見える。
選曲は自分でやっているようだ。

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これまたお約束のミニサラダにカップスープ。
ううん。どうやら70年代がそのままココにあるゾ。

さて、ひとしきり前菜の部が終わり、そろそろメインの登場。

お、来ました、来ました。

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ミートソーススパゲッティ。

最近、昔風の業務用テイスト満載のミートソースが恋しくてね。探してるんですよ。
でもなかなか出くわさない。
みんなちょっと高級そうなテイストでつまらないんです。

ココはどうかな?

まずは一口。

うん。これはこの近くにある同じようにジャズ喫茶の生き残りでボリューム満点のミートソースが名物の店「DUET」と同じ系統の味とみた。
これはこれで美味しいが、やはり業務用テイストに溢れた懐かしいものではなかった。

まぁ、それが「美味しい」というんじゃなくて、ただ単に「懐かしい」だけだから、今の時代にそんなモノじゃ商売にはならないだろうからね。

そんな事を思いながら完食。
するとこれまた喫茶店定番のミニデザートと珈琲の登場。

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コーヒーゼリーかぁ。これも懐かしいなぁ。
モロゾフのコーヒーゼリーが好きだったが、いつの間にか見なくなった。

それにしてもホント懐かしいラインナップ。

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ミニサラダ〜カップスープ〜ミートソーススパゲッティ〜コーヒーゼリー〜珈琲。
ゆったりソファーと大型テーブル。
ジャズのBGM付き。

これで1000円しないのだから十分。

中途半端な昼食は是非街の喫茶店で70年代ワープツアーと参りましょうよ。
お薦めですよ。

僕の入った「その店」は

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ジャックと豆の木』(松山・銀天街アーケード内)

私鉄ターミナルの市駅口から徒歩2〜3分。

中途半端な時間帯ながら、お喋りに夢中な女性陣でほどよく埋まってました。

さて、とんぼ返りで東京に戻って、今夜は横浜で市川秀男さんのライブだ。

おしまい

2008/3/4

魅惑の・・・  火曜:街ぶら・街ネタ

部屋から見える赤い月の輝く街。

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その先にあるのが言わずと知れた新宿。

今でこそジャズのメッカと言うには寂しくなった気もするが、それでもジャズのアイテムが一番馴染む街。

ここ最近、海外から来た観光客には一番人気だとか。
何でもまとまっているからが人気の理由だそうだ。
確かにそう思う。

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新宿駅東口。
今でもこの界隈はよく来る。

まだ駆け出しのヴィブラフォン奏者だった頃に、このすぐ横の武蔵野館というビルの地下に「インクスティック」というライブハウスがあって、月に何回か出演していたな。
駆け出しの頃の僕らは、何処で誰が入手してくるのかわからなかったが、とにかく「あそこにライブハウスが出来たらしい」「ほう。んじゃ行ってみよう〜!」ってな具合であらゆる店に出演の場を求めて出没していた。

ベテラン勢が占めるライブハウスに潜り込む事は不可能。
だから新規の店が僕ら駆け出しの“ねじろ”だった。

大抵の店は規模も小さく集客も知れていたけど、その店は150席とその頃としては例外的に大きかった。
もちろん開店後すぐにレギュラー入りしたのは言うまでも無い。

しかし、立地とキャパが良すぎて(きっと今ならそんな事はないが)、僕らのファンで客席が満杯になる事はなかった。
なんかあるんですよね、「うんん、、、この店、どうかなぁ〜」って空気みたいなのが。ミュージシャンの嗅覚とでも申しましょうか。
お店に漂う「景気の良い空気」とは違った何かを・・・

それでも若いというのは無心なもので、ギャラ制だった事もあってありがたく演奏させてもらった。
ある時社長と話しをしていると、やたらとジャングルという言葉が出てくるので何かと思って聞いてたら、「音楽のジャンル」というところを「音楽のジャングル」といい間違えている事に気付いた(笑)
面白い社長だった。
駆け出しの若造に「君らはこれからの音楽のジャングルを超えて生き抜け!」みたいに叱咤激励してくれるんだが、笑っちゃいけないし、困った(笑)

そうそう、この店では緊急事態に陥った事もある。

当時体調が悪く、だましだまし演奏していたのだが、遂にこの店の出演中に耐えられずに救急車のお世話になった事がある。
人生初めての救急車、それも新宿だった。

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今じゃ考えられないが、この東口ロータリーの真ん中は出演の時によく駐車していた。大体ココに車を置くのはミュージシャンか付近の黒服のお兄さん、と相場が決まっていた。

さあ、救急車で運ばれて、残ったメンバーが演奏後、僕の楽器を分解してココに置いてた車に積み込んで搬送先まで乗ってきてくれた。

その搬送先は歌舞伎町の向こうにあった某病院。

搬送された僕が「痛い、痛い」っていっても、妖艶なナースさんが「大丈夫よ。貴方はまだまだ軽いからもう少しまってね」と受付の横で待機状態。

こちとら早く応急処置をしてほしいと切に願っているのだが・・・

また救急車が到着。

バタバタと医師やらが取り囲んで大声で指示を飛ばしながら僕の目の前を通り過ぎて行く。

こちとら・・・・・

と、一瞬担架に横たわる全身血だらけの患者が見えて・・・

「もう一人来る?」
救急隊員の無線から喧嘩、抗争という言葉が漏れ聞こえる。

横にいる妖艶なナースさまが一言。

「ね、貴方はまだ大丈夫でしょ?」

「は、はい。。」

「どう?少し痛くなくなった?」

「は、はい。なんかそんな気が・・」

「じゃ、もうちょっとだけ待っててね?」

「も、もちろん、、です、はい!」

凄い環境の中にいる自分を知ったのでした。

おしまい

2008/3/3

お忍び・・・?  月曜:ちょっと舞台裏

後追い更新です。

なぜなら“お忍び”だからです。

そ〜〜っとドアを開けて・・・
気付かれないように
何気に着席して・・・・

よ〜し。お忍び成功

息つく間もなく・・・

ジャストタイムで始まった。

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どうでもいいですが、写真って四角くするとなんか臨場感が増す風に見えません?
長方形よりも。
僕だけか。

演ずるは“tock-pang”。

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ちょうど1年4ヶ月くらい前の寒い夜にアーケード街でストリートをやっていた彼等を初めて目撃した。
アーケードに響く柔らかい残響とちょっとジャズテイストが、他のストリートミュージシャンと違っていて“思わず足を止めて”聞いた。ヴォーカルにアコースティックベースやギター、ピアニカやフルートというストリートは全国的にも珍しい。
それでジャズ風といっても“なんちゃってジャズ”はたくさんあるが、僕らが聴いても面白いと思うものは滅多にない。

そんな彼等と親しくなり、ライブハウスでもウイークリーにやってみればいい、とお店を紹介した。そして先月から彼らが隔週でライブを始めた。
紹介した手前、やはり一度はその様子を見ておかなければ。

若いメンバーはまだ学生だった昨年と違い、今はみな音楽活動の基盤を作っている段階へと進化している。

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ちょっとシャイながらコアなテイストを振り撒くギターのHisakuni

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ジャズorアンチジャズを目指すアコースティックベースのTOJ

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バンドの紅一点で個性的なヴォイススタイルで熱唱のyucco

昨年の5人編成から一挙に3人にスタイルが変わったtock-pang。
この状態で聞くのは今日が初めて。

バンドに限らずユニットやアンサンブルなど、学生時代に組んだバンドは卒業と同時に現実と直面する。
プロへの第一の喚問かもしれないし、誰にでも経験のある事だ。
将来について考える、さて、どうする?

(あえて言えば)残ったメンバーと過ぎ去ったメンバーという風に区切りの付く分岐点。
それぞれに理由があるからどちらが良いとは言えないが、音楽を続ける為に必要なパワーを持たないと残って行けないから、ここでどんな形であれ踏ん張った者は強くなる。この先の試練を乗り越える為の第一の洗礼かな。

5人でやっていた事を3人で、という事を期待して見に行った。

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バンドというのはいい意味で緊急事態が起こらないと成長しないと思ってる。
なにかの不可抗力をプラスに向かわせる貪欲さ。
アクシデントをハプニングにする度量とでも言いますか。

彼らを見ていると良い意味でそれらと格闘中。

徐々に高度な用法(例えばヴォーカルがピアニカのパートを入れたりとか)を取り入れながらtock-pangというサウンドを描こうとしていた。

良いと思う反面、ありゃりゃ〜考えすぎかもよぉ・・・な〜んて部分も(笑)。
でもそれこそがウイークリーなライブの醍醐味。
ストリートとは違ったチャレンジだ。

残念ながら打ち合わせが長引き、セカンドセットしか見れなかったけど、今の彼らが見れて良かったと思う。

きっと次に見る時はもっとチャレンジャーになっているだろうから。

終わってから店のスタッフも交えて彼等と意見交換。
こういうのは昔のライブハウスなら何処でもあったが、最近は少なくなった。
酔っ払って喧嘩してるミュージシャンなんかわんさかいたもんなぁ。

毎回変わって行く彼らの演奏を今から見続ける事ができる人はラッキーですよ。
東京からは遠いので、今度また上手くスケジュールが合ったらお忍びで聞きに行こ〜っと。

ライブの詳しい予定はtock-pangのHPをチェキラ!

おしまい

2008/3/2

だから電話だってば!・・・  日記

先日、携帯の機種交換に行った。
窓口氏はいろいろと説明してくれるのだが、僕が素朴に質問すると「少々お待ち下さい・・」
と言っては裏に飛んでゆく。すでに4回めだ。

いろんなプランがあって、本人も対応に汗だくなんだろうな。

ネット歴はとうに10年を越え泊まりをともなう出先にはノートパソコンを常に携帯しているのに、携帯電話のメールは一切使わないからそれを言うと「え〜!」と驚かれる。

だからワンセグとかまったく興味が沸かない。

時には携帯を家に置いて出掛ける事もある。

確かに便利だとは思うんだけど、要するに面倒(笑)。
だってパソコン宛のメールの処理でさえ満杯なのに、これ以上自ら地雷を踏むようなまねはしたくない。
だから僕の携帯のメアドは家族しか知らない。
それとても、携帯を家に置いて出掛けたりするから、信頼性は限りなくゼロに近い。

車で移動してるとメールは見れないし、わざわざ何処かに停めてメールチェックするなんて考えもしない。

やはり携帯電話は“電話”でいいんだ。

電話としては重宝しているから携帯電話否定派ではない。
仕事柄携帯電話とのつき合いは普通の人よりも早かった。
でも大体は留守電(笑)。
もちろんちゃんとメッセージは聞いているからご安心を。

そんなだから移動中は外を眺めたり、音楽を聴いたりに没頭できる。
携帯は電話だけで良かった。
電車の中で忙しそうにメールを打ってる人を見てそう思う。
移動の時間が退屈に思う人にはいいアイテムだからね。
人は人、自分は自分。良し悪しとかじゃない。

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これだけ携帯の機能を使わない人間も珍しいのだろうから、質問の鉾先が見当違いの方向から飛んでくるから窓口氏が日ごろマニアルで用意した対応じゃ対処できないんだろう。

さんざん質問攻めして、現状の長期優待割引とほぼ同じ水準のプランに移行する事に決まり、やっとめでたくお開きという時になって、
窓口氏、なにやら紙を取り出して一方的ないかにもマニアル通りの説明を始めた。
こういうのって口調が変わるから可笑しい。
ま、お仕事だから本人は必死だし、そこは微笑ましくマニアル通りの口上を最後まで聞く事にした。

しかし聞き終わって思わず・・・

「ふむ?」

要するに、新しい機種に交換して紛失や盗難、不可抗力による故障などの時に保険のようなものがあるらしい。
三ヶ月は無料サービスで以降小額が徴収されるという。

「それ、いらないよ。そんなの自己責任だろ。いらない、いらない。」

するとどうもコレは強制らしく「みなさま入っていただいておりますが・・・・」
と来た。

はは〜ん、ちょっとピンと来たので、(向こうもコイツまた何か言うぞ、と期待している)「それって、要するに囲い込みって事じゃないの?」と言ったら、急に小声になって「実は、、、、無料期間中に解約できます」と来た。

「なるほど、ね」
と納得して「じゃ、取り合えず入れておいて」と。

これで本当に最後の最後という場面で窓口氏も“ホッ”と安堵の表情を浮かべていたところに、何気なく放った一言がまた彼を裏に向かわせる事に。

「その解約だけど、電話で言えばいいんだよね?わざわざ窓口に来るなんて野暮はないよなぁ」



「し、しばらく、お、お待ち下さいませ・・・・・」

裏にすっ飛んで行ったがどうやら回答を得られなかったようで、一旦席に戻ってきて何処かに電話で問い合わせを始めた。

「あ、もしもし・・・・・・」

しばらくして「はい。お電話で承ります」ですと。

お疲れさま。

でも、こういう素朴な質問の対応を用意しておいたほうがいいと思うな。
電話会社なんだから、電話で全て出来てナンボです。
ネットもメールもワンセグも、みな付加価値の一つだ。

おしまい



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