2008/3/13

一番不可思議なアルバム・・・Miles Davis(tp)  木曜:Jazz & Classic Library

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チェキラ!

マイルス・デイビスが亡くなってからもう16年という時間が流れたんだけど、このジャズの帝王の影響はミュージシャンにとってとてつもなく大きい。かくいうヴィブラフォン奏者だってズンッと影響を受けて育っている。

何が?
って、やはりこの人のやり遂げた事は歴史を更新する事の連続だった。
晩年のカムバック後は孤高のリーダーから解かれてヒューマン・マイルスといった印象だったけど、ラップとジャズを結び付けたりと、最後まで時代を先取りする姿勢を崩さなかった。

僕は50年代後半〜70年代中盤までの「CBS信者?」なんだけど、それ以外の50年代、80年代のマイルスも嫌いではない。

ただ、おかしな事にいくら好きでもなぜかウェイン・ショーターが入っているマイルス・コレクションが極端に少ない。ウェイン・ショーターが嫌いなわけではないし、むしろ好きなサックス奏者でもあるんだけど、ね。

アルバムにすると1964年の『Miles in Berlin』から67年の『Nefertiti』まで。後に発売された『
Live At The Plugged Nickel』を除いて。

そんな中で多くの謎として今日まで強く印象に残っているアルバム。
それがコレ

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『Filles De Kilimanjaro/Miles Davis』(CBS/1968年)

マイルス・デイビスという人はハーモニー感覚に優れた人だったと思う。
ハーモニー感覚が鋭いから、それに似合ったリズム(ビート)と結び付いて独特の世界を放っていた。そうでなければ、あのようにモードと出会う事もなかっただろうし、ロックやラップと出会う事も無かっただろう。言い換えればハーモニーはどんな音楽とも共通するクッションなので変化に柔軟な姿勢でいられる。
また、ハーモニーの縁取りが異常なまでに見事だった為に一見クールと呼ばれるミュート奏法でのスタイルの確立とメロディーの核を引き出す事に長けていた。
どんなハーモニーからもメロディーを引き出す数少ないジャズメンだった、と僕は勝手に分析している。
他のジャズメンがコードからリック(Lick)しか引き出せなかったのとは大きく違っていた。

そんなマイルスの軌跡の中で、ウェイン・ショーターというもう一つの核を持つプレーヤーとの出会いは、多くのジャズファンに受け入れられているのだけど、実はそこに僕は「もやもや」を感じてしまったような気がするんですよね。
もしも、ウェイン・ショーターが管楽器奏者じゃなかったら・・・・僕に「もやもや」はなかったかもしれません。

このアルバムを聞くと、その事を痛感させられます。
曲は全てマイルスが書いています。
それまではウェインがバンドの中で作曲の中心でした。

それなのに、このアルバムは今でも印象的です。
不思議なアルバム。

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妙にチープな音色にセットされたエレクトリック・ピアノのせいもあるんですが(恐らく後の名器フェンダーローズ・ピアノではない)、何か書きかけの絵のような作品が収められています。
でも、またそれが不思議なんですね。とっても印象に残る。
印象に残るからと言って演奏をベタ誉めしているわけではありません。
むしろ「大丈夫?」って心配になるほど不安定です。
でも、それがまた不思議に印象に残るのです。

後になってその前のアルバム(「Nefertiti」や「Sorcerer」)を聞く機会があり、その謎の一部が少し解けました。

1曲めの“Brown Hornet”からベースのパターン化の面白さで曲をコードという狭義から解き放とうとしていたんですね。
2曲めの“Tout de Suite”になると、静かな曲に於いてもベースにパターンを弾かせてハーモニーの代用とさせていたんです。
4曲め“Filles De Kilimanjaro”も同様。
最後の“Miss Mabry”に至ってはトランペットとサックス以外は全てパターンの繰り返し。
一番タイトなリズムで演奏される3曲めもその賑やか版。

面白い事にリズムセクションのメンバーが曲によって入れ替わります。
従来からのハービー・ハンコック(el-p)ロン・カーター(b)がタイトな“little Stauff”や“Miss Mabry”になるとチック・コリア(el-p)デイブ・ホーランド(b)に。
ハンコックやカーターでは書かれた通りの再現には役不足という事なのでしょうか。
バンドの大きな変わり目だったのですね。

この時点でマイルスが見ていたもの、それがロックだったという事がわかります。
ハンコックやカーターではファンキーには演奏出来てもロックにはならない。
ハーモニーが新しい方向に変貌していたのでしょう。

それが証拠に同年のアルバム『Miles In The Sky』の一曲めの“Stauff”では完全なロックビートを演奏して、やがて来る『In A Silent Way』〜『Bitches Brew』、さらに『Live-Evil』〜『On The Corner』という二段、三段の進化へと繋がるわけです。

『Miles In The Sky』では「完成形」を目指したのに対してこのアルバム『Filles De Kilimanjaro』は音楽の「未完成」を狙っていたようです。

ただ、今どちらが頭に残っているか、といわれると、不思議な事にこの未完成的音楽の『Filles De Kilimanjaro』がダントツなんですね。
この怪しく、不思議なサウンドに魅せられたミュージシャンは世界中で意外と多いかもしれません。

おしまい



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