2008/3/25

アミアミ鉄分・・・?  火曜:街ぶら・街ネタ

移動に次ぐ移動で後追い更新中・・・

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完全に後追い状態ですが火曜日“街ぶら・街ネタ”です。

移動で“ふと”気が付く事っていっぱいあります。
今なら桜はどうかな?とか・・・

どうも鉄分が多めのこのブログ、まぁ、鉄分移動だからご容赦ください。でも、みなさんもちょっとネタに沿って窓の外を眺めながら移動すると飽きないかもですよ。

鉄塔。
これはもう日本の風景の一部と化していますね。
どんな辺境に行ってもこの“お姿”は目にします。

鉄柱。
文字の通りテツのハシラ。
これも案外街の景色の中に遠近法の素材としては欠かせない存在かもしれません。
道路の電柱とかのコンクリート柱に混ざって街路灯などは今でも鉄柱(あるいは銅かもしれませんが)は造形が容易なので、その街のアクセントとして個性を現している場合が多いです。

まぁ、電柱はどんどん地下ケーブル化されて街の景色からは消えつつありますから、その内に街路灯の鉄柱(銅柱)のみが残るのではないでしょうか。

道路からコンクリート柱が消えているのと対称に、コンクリート柱が増えているものもあります。

それが・・・・

架線柱。
みなさんが使う電車の線路沿いには必ずある、あれですよ、アレ。

これにも鉄柱とコンクリート柱があります。
元々架線柱は鉄柱か木柱と相場が決まっていました。

僕の記憶の中では主に私鉄は鉄柱が多く、JR(旧・国鉄)は都心部を除くと木柱が目立ちました。だから知らない道路を車で走っていても鉄柱が見えれば何処かの私鉄だろうという察しもつきました。

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標準的な私鉄の鉄柱の例(京成電鉄)

大都市圏に限らず、僕の生まれた松山の私鉄でも古い路線はこの鉄柱で、後に電化された路線はコンクリート柱と明白に分かれていました。

この“アミアミ”鉄柱ってなかなか印象的じゃないですか?
いい感じで昭和の造形だと思うのですね。
私鉄らしく、子供の頃はこの鉄柱1本1本に広告板が掲げられていたのを覚えています。たしか「ヒラミン」という薬の広告板でした。
だから下り電車に乗って先頭車両の“カブリツキ”をしていると、「ヒラミン」「ヒラミン」「ヒラミン」「ヒラミン」・・・とまるでサブリミナル効果の如くに賑やか(笑)。また上り側には「ノザキのコンビーフ」というこれまた広告板があって、「ノザキ」「ノザキ」「ノザキ」・・・・すごい発想です。
「ノーシン」もあった気がします。。
でも「ヒラミン」って・・?飲んだ記憶がありませんが・・・(笑)


ところが・・・・

やはり鉄は風化するのでしょうね、最近急激にこの“アミアミ”鉄柱が減ってコンクリート柱や最新式のステンレス柱(または銅柱)に変わっているようです。

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JR東海道線川崎付近

大都市圏のJRも同様で、古いこの“アミアミ”鉄柱は広い駅の構内などにはまだ残っていますが、大半がコンクリート柱に変わっています。

幾重にも支柱が立てられた区間はこの“アミアミ”鉄柱が健在のようなので、複雑な配線にはコンクリート柱よりも向いているのでしょう。
確かに溶接さえすれば高さの変更も容易なように見えます。

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隙間があるので風にも強いのでしょう。
折れても修理が効くのかもしれませんね。
それが証拠に鉄橋になると途端に“アミアミ”鉄柱が・・

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JR東海道線・相模川

いずれは最近都心で見かけるステンレス円柱に変わるのでしょうが、それまではまだまだ現役。昭和の英知の姿を見ることが出来ます。

かつて「ヒラミン」鉄柱街道だった地方の私鉄もコンクリート柱化が進んでちょっと味わいが無くなりつつあります。

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伊予鉄道高浜線・三津〜港山間

それでもまだ少しは「ヒラミン」街道の名残る“アミアミ”鉄柱区間も健在

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同上。この鉄柱1本毎に長方形の広告板が掲げられていた

それにしても、あの「ヒラミン」や「ノザキ」の広告板は誰が考えたのでしょうねぇ。架線柱1つ1つに広告ですから、物凄いアイデアだった事は確かです。
昭和ってそういうアイデアの時代だったのですね。

今や車内のダイオード・スクロールや液晶広告ですが、アイデアの大胆さから言えば「ヒラミン」「ノザキ」にかなわないですね。

おしまい



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