2008/6/19

サックスとヴィブラフォンの組み合せと言えば・・・Stan Getz  木曜:Jazz & Classic Library

CDというのは音源の制作よりも過去に蓄積したものを一挙に放出する傾向があり、それは新たな音源を作るよりも遥かに低コストでCDを販売出来るという事の他に、音楽が今よりも人生の指針に影響力を持っていた時代に、音楽に触れた人達が現代に思う「物足りなさ」を満たしてくれる側面もあると思う。

たかが音楽、されど音楽。

たとえ音源が古くても新しくても、出会った時が「全ての始まり」。
毎日の習慣のような音楽もいいけど、いつまでも新鮮であり続けられる音楽をミュージシャンは残さなければいけない。

何だか文学的な出だしで、この梅雨のべったりとした空気の中で読むと「ウザイ」感じですが、こんな風に思ったのは、最近予期しないタイミングで突然リリースされたこのアルバムを手にしたからです。

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『THE VANCOUVER CONCERT 1965/Stan Getz』(gambit/2008年)

テナーサックスの大御所スタン・ゲッツは過去に何度も紹介してきましたが、数あるゲッツのアルバムの中でもヴィブラフォンのゲイリー・バートンが在籍していた時代の音源は極めて少数。

僕がヴィブラフォンを始める動機を持った頃には2枚しかありませんでした(『Getz Au Go Go』と『Getz/Gilberto #2』)。そのころはギターのラリー・コリエルの入ったゲイリーのアルバムに夢中でしたからそれで満足してたんですが、実際にこの世界でヴィブラフォンで仕事をするようになると、このゲッツとバートンが残した音源はなによりもバイブルとなりました。
それと同時に、僕がスタンダードジャズを演奏する楽しみを知る切っ掛けにもなったのです。
当時まだ中学生に毛が生えた程度だったので演奏はオリジナルありきで、スタンダードジャズはもっぱら大人が演奏して聞くもの、と断言していたフシもあります。

そんな中でゲッツとゲイリーが繰り広げる音の世界はジャズもどきを始めた比較的早い段階で僕の気持ちを揉み解してくれたのですね。だからこの組合せにはどこか甘酸っぱい郷愁を今でも持っています。

手元にあるゲッツとゲイリーの組合せが聴けるアルバムはこれだけでした。

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上から
『NOBODY ELSE BUT ME/Stan Getz』(1964年3月4日録音)
『GETZ/GILBERTO #2』(1964年10月9日録音)
『GETZ Au Go Go』(1964年8月19日録音)
『A SONG AFTER SUNDOWN/Stan Getz w/Arthr Fidler』(1966年8月2,3日録音)
『GETZ IN PARIS』(1966年11月13日録音)

左横は63〜67年当時のCD化されていないゲイリーのアルバム音源が一部分入ったRCA時代のダイジェスト盤『Artist's Choice Gary Burton』(bluebird/1987年)

面白いのは64年と66年に固まってゲッツのアルバムが作られていますが、この間にゲッツ・カルテットは当時のボサノヴァブームの火付け役、アストラッド・ジルベルトの伴奏で世界中を駆け巡っています。その合間を縫ってカルテットでもツアーをしていたので録音されていてもほとんどがライブ録音。

また、メンバーも64年はGetz(ts)Burton(vib)の不動メンバーの他はGene Cherico(b)Joe Hunt(ds)ですが、66年になるとSteve Swallow(b)Roy Haynes(ds)に代わっています。

さて、今回の『THE VANCOUVER CONCERT 1965』は1965年1月30日にカナダのバンクーバーで録音されたもの。なのでこれまでに聴けたゲッツ〜バートンの組み合わせの空白を埋めるもの。
コンサートと名打っていますが、実際にはラジオ局で番組として収録されたものなのでライブコンサートではありません。
曲間はゲッツの解説で繋がっているので、放送された番組をそのままCD化したのでしょう。

音質は、はっきり言って良くないです。
これは放送局の原盤を使ったのだと思うのですが、まぁ、保存状態はレコード会社と比べるまでも無く、テープが伸びているのかピッチも怪しいものです。
だから音楽音源というよりも記録音源と割り切って聴ける人向け。

しかし僕のように、この時期のゲッツ〜バートンの組合せに少しでも興味を持つ人にはお薦め。

メンバーは64年チームのジーン・チェリコ(b)とジョー・ハント(ds)。
恐らくこのチームとしては最後の録音でしょう。
そもそもこの64年チームは「NOBODY ELSE BUT ME」セッションで結成され(但しこのアルバムは94年までお蔵入りでLPでは発売されなかった)、当時ゲッツがジョアン・ジルベルトとヒットさせたボサノヴァの名盤『GETZ〜GILBERTO』の勢いに乗ってシングル盤として発売した『WALTZ FOR A LOVERY WIFE/Stan Getz Quartet』(Verve)をプッシュする為のバンドだったようです。

その新しいバンドにピアノかギターを探していたゲッツにゲイリーを紹介したのはベースのチャック・イスラエル。当初はこのゲッツのバンドにゲイリーと共にチャックが加わる予定だったのが、紹介した本人はちゃっかりとピアノのビル・エバンスのトリオに入ってしまったという逸話があります。

サックスとヴィブラフォンにベースとドラムという組合せは当時誰も考えなかったもので、当のゲッツもどうなるかわからないがやってみたら面白いのでこれをレギュラーバンドにしたとの事。
それまで伴奏楽器としてはあまり注目されていなかったヴィブラフォンの価値観がココで一変したのですね。

面白いのは、翌66年に録音されるゲイリーの初期の意欲作『THE TIME MACHINE』(rca/1966年4月/非CD化)の最終曲“My Funny Valentine”の原型がここで披露されている辺り。LPでは4オクターブのヴィブラフォンを使ってベースのスワロウと幻想的なデュオを聞かせていたのですが、ここでは通常の3オクターブのヴィブラフォンを使ってチェリコとのデュオ。
「THE TIME MACHINE」のテイクは僕の最も好きなヴィブラフォンの独奏なのですが、その原型が今になって聴けるとは思いませんでした。

ゲッツの66年組みがSteve Swallow(b)Roy Haynes(ds)となるのも実は「THE TIME MACHINE」(但しドラムはLarry Bunker)が影響しているのですね。

My Romance、When The World Was Young、などのスタンダードでのゲッツのスペーシーなソロとヴィブラフォンの組合せは絶品。

Waltz For A Lovery Wifeはまだバークリーに行く前、東京であった同校夏季セミナーの時に初めてゲイリー本人から指示されて目の前で演奏した思い出の曲。

様々な思いもあって、このゲッツのアルバムを聴きながら、冒頭のような事を思ったのです。

また、このアルバムのボーナス・トラックには1961年のゲッツ・カルテットの演奏がSteve Kuhn(p)Scott LaFaro(b)Roy Haynes(ds)とによる3曲他も納められており、この61年という時点でスティーブ・キューンが如何に斬新でモダンなピアニストであったかも聞けます。
いや〜、キューン、やっぱり凄いわ〜!


今は音だけじゃないよ。
赤松敏弘MySpace
チェキラ!
未来に向かって僕らも“これから”を残そう。

おしまい



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