2010/3/30

37階には男も部屋も無かった・・・超が付いた幸福な時代  火曜:街ぶら・街ネタ


お知らせ

明日(10年3月31日)のブログはサーバーのメンテと更新時間が重なるのでお休みとします。
また、午前3時頃から午前10時過ぎまではサーバーメンテのため御利用いただけませんので予め御承知おきください。


さてさて、09年度最後の更新は・・・

。。。

首都高を走っていると、いつも気になるものがあります。
それは都心環状線の沿線。

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僕は子供の頃からビル好き。
小さい頃「将来の夢は」と聞かれると「設計士」「建築士」と言ってたくらいだ。
少なくとも小学校5年でジャズに出会うまでは。

ビルの工事現場を見ているだけで面白かった。
子供の頃に実家の周りが一斉にビルに建て変わったからかもしれない。
実家もビルに建替えた。
なんせビルが好きだ。

写真に建物が入るとカッコよく撮ってやろうとする。
どんな形の造形物にもカッコよく見えるポイントがある。
そういうのを子供の頃からのビル好きは知っているんだ。

東京と言って「東京タワー」が頭に浮かぶ人もいるでしょう。
今や第二東京タワー(スカイツリー)が完成しつつあるのだから、時代は繰り返すものですねぇ。
確かに「東京タワー」も入るけど僕は、とてもピンポイント的に、ある建造物に反応する。

きっとそれは僕らの世代の証しであるのと同時に、本当にごく限られたエリアに共通するものだと思う。

僕らの世代はタワーよりも「超高層ビル」。

中でも“霞ヶ関ビル”に異常な反応を示す人なら、きっと僕と同じ世代だ。

「霞ヶ関ビル? 知らないなぁー。サンシャインやランドマークじゃないの?」

そういう人がいて当たり前。

1968年4月、日本に初めての“超”高層ビルが完成した。
それが“霞ヶ関ビル”

霞ヶ関ビル・HP→http://www.kasumigaseki36.com/index.html

後にも先にも、ココから日本の超高層ビルの歴史が始まったわけだ。
階数はたったの36階。147m。
(現在の最高層は横浜ランドマークタワーで296m)

50階や60階が当たり前となった現在からすれば、何とも中途半端な高さ。
しかし、当時の東京では高くても15,6階の建物ばかりで、その中で一際聳え立っていたのが東京タワーという光景。

そこに突如として登場した30階を越す建物は当然ながら人目を引いた。巨大な壁のような形をしたビルディング。

東京タワーは確かに高いが、あれはタワーという鉄塔だ。
積み上げて行けばそれなりになるし、特別過ぎて比較対象がない。
つまり特殊構造物なんだ。

それに比べると“霞ヶ関ビル”はインパクトがあった。
なんせその頃の他のビルと比べると何から何までケタ違いだった。

建物の幅、これが異様にデカイ。
高さ、これはもう他には東京タワーしか東京の空に突き出した物が無いのだもの。
エレベーターがまた速い。
デパートでエレベーターガールがいた時代ののんびりしたエレベーターや東京タワーのゆっくり上昇エレベーターしか知らないと高速で耳ツンがあるエレベーターなんてこの他にはなかった。

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今や首都高速の周りは高層ビルだらけ・・・

ものの本や写真ではマンハッタンに100階を越えるエンパイアー・ステートビルがある事や「摩天楼」と呼ばれる高層ビル群がある事は知っていた。その内に日本にも「摩天楼」が登場するのかも・・・
そんな空想にも近い事がこれから始まろうとしている予感が霞が関ビルにはあった。

バカとナントカは(全然伏せてねぇー!)高いところがお好き!

何と言われようといい。好きなんだもんな。

霞ヶ関ビルが完成した1968年、この夏に早速霞ヶ関ビルに上っている。
家族で夏休みに東京へ行った時「話題の」超高層ビルにも行ったのだ。

四国の松山じゃなかなか超高層ビルはおろか、高層ビルもたかが知れていた。

耳ツンのエレベーターも、36階からの眺望も、「夢のような出来事」だったな。

探してみたら、その時の写真が出て来た。

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はとバス『夜の東京コース』記念写真/1968年8月

これは後楽園での記念写真だ。
なんでコカコーラのネオンの前で撮っているのか不思議だが・・・

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片ひざ立てたサスペンダーが僕で隣りに母親、最後方の真ん中に父親が写っている

拡大してみたら足元が濡れている。どうやら夕立で大屋根のあるところで写したら後ろがコカコーラのネオンだった、という事らしい。
思い出した。この時はやたらと夕立が多く、日光からの帰りの東武特急の中でもずーっと雷が光って怖かった。東京=雷という印象の夏だった。

この頃はちゃんと「霞ヶ関ビル」が観光コースに組み込まれていたわけだ。
日本初の超高層ビルだものね。

そんなだから首都高を走っているとついつい探してしまうんだ。
「おーい、何処行ったー?」って。

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いたいた。
今日もちゃんといました(当たり前ですが)。

今では周りに霞ヶ関ビルよりも高い建物がズラリ、で本当に探さないと見えなくなりました。

霞ヶ関ビルが日本の超高層ビルのエポックだったのは、新宿に京王プラザホテル(47階・178m)が日本初の超高層ホテルとして開業する1971年6月までの僅か3年ちょっと。
でも、その3年と言う時間は、とてつもなく大きな未来へと繋がる夢の時間でした。

ちなみに何で37階とか男とかタイトルしたかと言えば、超高層ビルにあやかって当時ドラマで「37階の男」というのがあった。子供心にイカさないタイトルと内容だと思ったけど、霞ヶ関ビルを広く国民が認識するのには一役かっていた。

その後の京王プラザビルの夕陽に向って吠える刑事ドラマと同じように。

今の日本に無くなってしまったもの・・・
“超”がつくほど抜きん出たモノ

超高層ビル、超特急、・・・超音波という言い方は残っているのかな?
もっとも「チョーさいてー」のチョーはパスだけどね。

目指せ、超人間、超生活、超音楽、超美術、超書物、超テレビ、超ラジオ、超ネット、超経済、超食物、超病院、超介護、、、、

超政権が出て来て、これらの超文化をポンポンと弾き出して・・・・・
ううん。。。はたして超が付くレベルの政治やってるんだろうか??

ナントカ手当とかで現金をバラまいた後で超課税だけは勘弁よー!


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チェキラ!



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