2011/12/22

絶頂期と崩落のアンソロジー・・・  木曜:Jazz & Classic Library


2011年12月時点で74歳となるサックス、フルート奏者チャールス・ロイド。
つい先日も彼の最新版『ATHENS CONCERT』(ecm/2011年)を聴いたばかりで、そのイマジネーションは益々神秘めいた響きを放って聞こえるから不思議だ。

そんなチャールス・ロイドの絶頂期が偶然にも一つのレコード・レーベルと契約していた時期と重なり、Anthologyとして実に興味深くまとめられている。


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『THE CHARLES LLOYD ANTHOLOGY:The Atlantic Years 1966-1969』(warner/2008年)

気がつけば一人のミュージシャンを聴き始めた時期からトータルすると、僕の中ではとうにマイルス・デイビスを越えてしまった時間チャールス・ロイドを聴いている。

ピッチ(サックスやフルートのチューニング)はお世辞にも良いとは言えずいつも奇妙な音程から始まるのだけど、不思議な事にそれが知らぬ間に気にならなくなってしまう。ちょっと変だ。

リズムやフレージングもピッチ同様に結構ゆるゆるなんだけど、そのアバウトなところになぜかチャールス・ロイドという音楽が成立しているように思えてならない。やっぱりヘンだ。

正直なところ、僕が初めてチャールス・ロイドの音を聴いた1970年当時の日本のジャズ雑誌の論調では、ロイドに対して好意的な文面を見つけるのは難しかった。

今のような広告連動型の腰抜け文ばかりではなかったから、そこに半分超くらいの論者の“本心”が見え隠れしていたから信用してもいいだろう。

今当時の論評を読んでみると、紹介すべき作品を「まったく売るつもりがなく」、自分の主観的な目線のみで書き綴っている文面がたくさんあるので本来の「紹介者」としての役目では失格だけど、「目安」を立てる側からすると言わんとする事がダイレクトにわかって面白い。

まぁ、そういう「面白さ」が理解されなくなった時点でそういうジャンルは成長が止まってしまったのだろうとも思う。

そんな中、「ポスト・コルトレーン」という言葉の周りでチャールス・ロイドを論じようというのが本来無茶。
なぜなら、この人はサックスこそ吹いているが、サックスのプレーでジョン・コルトレーンの残像を追うよりも、当時のジャズが持っていたエネルギーをよりロックに近いカウンターカルチャーの中に投じるかのような形跡があり、その具体的な記録となっているのがこのアンソロジー。

ディスクは2枚組だけど、これが実に上手くバンドの経過と連動して分化している。


CD-1
1. Autumn Sequence
2. Dream Weaver: Meditation, Dervish Dance
3. Love Ship
4. Sombrero Sam
5. Forest Flower - Sunrise [Live@Monterey]
6. Forest Flower - Sunset [Live@Monterey]
7. Sorcery [Live@Monterey]
8. Little Wahid's Day
9. Wilpan's

CD-2
1. Tribal Dance [Live @ The Fillmore]
2. Temple Bells [Live @ The Fillmore]
3. Love In [Live @ The Fillmore]
4. Memphis Dues Again - Island Blues [Live @ The Fillmore]
5. Journey Within [Live @ The Fillmore]
6. Lonesome Child: Song / Dance [Live @ The Fillmore]
7. Love Song To A Baby [Live Estonia USSR]
8. Voice In The Night [at the Town Hall, New York City, November, 1968]

Charles Lloyd (ts,fl)
Keith Jarrett (p,el-p)
Jack DeJohnette (ds)
Cecil McBee (b)-CD1
Ron McClure (b)-CD2

チャールス・ロイド、キース・ジャレット、ジャック・ディジョネットの三人は不動。ベースのセシル・マクビーが在籍した時期を“第一期”とすれば、ロン・マックルーアに代わった時期を“第二期”とする事が出来て、その区切りは1966年秋のヨーロッパツアー後だ。
印象としてはあまりにもアルバム『FOREST FLOWER』(atlantic/1966年)の印象が強いのでこのチャールス・ロイド・クァルテットのベーシストはセシル・マクビーのインパクト(彼の曲“Song of Her”は第一期の主要レパートリーに聴こえる)が強いが、実際には後にマイク・ノックのバンド“ザ・ウォースウェイ”に参加するロン・マックルーアのほうが在籍期間は長い。

1966年という年はチャールス・ロイドにとって最も重要な年となったようで、この年の3月にこのバンドのデビュー作となるアルバム『DREAM WEAVER』がアトランティック・レコードで制作される。
このアンソロジーのCD-1はちょうどそのアルバムの3曲目“Bird Flight”を除いた4曲で冒頭を飾る。

1曲目“Autumn Sequence”は秋にちなんだ曲を三曲メドレーしたもので真ん中に挟んだのはよく知られたシャンソンの“枯葉”だ。ロイドのフルートがリードして始まるリリカルなイントロが“Autumn Prelude”と名付けられ、そのままリズム・インしてアップテンポに“枯葉”が始まる。
とにかくここで凄いのはジャック・ディジョネットのグルーヴ感。
録音の迫力にもよると思うのだけど1966年の段階でこのドラミングは飛び抜けている。
また、こうやってCDで聴くとこの録音は実に臨場感があり、それぞれの楽器のエッジがクリアーに録音されていて好ましい。
続くキース・ジャレットのソロは様々なアイデアが次から次へと展開されて新鮮。(もちろん唸り声もない)
ベースのセシル・マクビーは独特のソロ・ラインを形成する人のようで少しアクの強いイントネーションを放ったソロを聴かせる。
ロイドがテーマへと導きそのまま三曲目の“Autumn Echo”へと入るのだけど、曲と言うよりもスペイシーなエンディングと言ったほうがよさそう。

2曲目“Dream Weaver: Meditation, Dervish Dance”は10分を超える大作。
このアルバムではスペース=アヴァンギャルドという方程式を用いているようで、この曲は一種のコルトレーン・スタイルのスピリチュアル・ソング的な展開を持つ“Meditation”で始まる。1966年という時代の「衝動」とコルトレーンの音楽は僕もイコールに近いと思う。
しかしこのバンドに人気があったのは、それだけに終始しなかった事だと思う。
その典型がこの曲の後半7分を超える1コードの展開による“Dervish Dance”。キャッチーな短いフレーズによるテーマからロイドのソロへ。それはやがて自由な発想のキース・ジャレットのソロへとリレーし、再びロイドのソロへと戻るというスタイル。曲としては一番“おいしい”ところをキース・ジャレットの柔軟な発想に任せ、それをまるで極ジャンプするように自分のソロへと取り込むという頭脳プレイ。
このグループがコルトレーン・スピリチュアルから当時のカウンター・カルチャーへと容易く飛び越えていた記録に聴こえて面白い。

3曲目“Love Ship”もコルトレーン・スピリチュアルなバラード。こういうテーマを吹くとチャールス・ロイドがコルトレーン派のテナー吹きである事を実感させられる。
キース・ジャレットのデリケートで感情の起伏をそのままピアノにぶつけたようなドラマチックなソロが美しい。
この翌年にリリースされたキース・ジャレットの初リーダー作『LIFE BETWEEN THE EXIT SIGNS』(vortex/1967年)を御存知の人ならその美しさを想像出来るでしょう。

4曲目“Sombrero Sam”はロイドのキャッチーな部分の典型で当時のロックに近いライト・ビート、ライト・ソング。彼のフルートで演奏する曲にはこういうタイプが多い。今聴くとセシル・マクビーの弾くベースラインのイントネーションがこんな風に作為的なブレスを用いてビート感を出していたとは、ちょっと発見だった。

5曲目から7曲目はロイド・クァルテットの人気を決定付けた歴史的な名演だと思う1966年9月16日のモンタレー・ジャズフェスティバルで収録されたアルバム『FOREST FLOWER』から。

5曲目“Forest Flower - Sunrise” 
6曲目“Forest Flower - Sunset”
7曲目“Sorcery”

これらに関しては今さら紹介の必要がないくらい完璧なグループ・パフォーマンスが記録されている。
ちなみに7曲目は当日のステージでは演奏されておらず、10日ほど前にニューヨークのスタジオで録音されたものに拍手を合成してアルバムとして統一感を演出している。
おそらく第一期メンバーによるベスト・パフォーマンスだろう。

8曲目“Little Wahid's Day”と9曲目“Wilpan's”はこのアンソロジーで僕は初めて耳に出来た演奏。実質上の第一期チャールス・ロイド・クァルテットのレコード音源としてはラストを飾るヨーロッパでのライブ録音。1966年10月29日にオスロのアウラン・ホールで録音されている。
特筆したいのは9曲目“Wilpan's”の斬新さ。
作曲はベースのセシル・マクビー。彼は作曲センスに長けたベーシストで、先に挙げた“Song of Her”もアンサンブルの構成がしっかりした曲で、曲によって成立する斬新さが50%を超えた曲だと思う。
その中でキース・ジャレットのスピード感に溢れたソロには度肝を抜かれる。
制約がある中で爆発する彼のイマジネーションとエネルギーには脱帽だ。

ここでCD1は終わり第二期のCD2へと移る。



第一期の最後で触れたが、作曲のセンスが光ったセシル・マクビーが退団し、ロン・マックルーアへとバトンタッチ。
実は僕はこの入れ変わりがチャールス・ロイド・クァルテットの大きな分岐点になっていると思っている。

1967年1月14日サンフランシスコのフィルモア・オーディトリアムで行われたライブの録音が6曲連続する。

1曲目“Tribal Dance”
2曲目“Temple Bells”
3曲目“Love In”
4曲目“Memphis Dues Again - Island Blues”
5曲目“Journey Within”
6曲目“Lonesome Child: Song / Dance”

快調に、そして第一期にも増してパワーアップしたステージの音が一曲目から飛び出して来る。
バンドの中で誰かがアイデアを出すと、それが物凄いスピードでメンバー全員に浸透し、新たなアイデアを誘発する、という図式が見える。
これは客席から見ればバンドがエキサイトしてグルーヴしている風に見えるだろう。

この6曲を一つとして聴いてみてほしいのだけど、演奏が常に「ギリギリ」を目指すようになっている。
そのアイデアが面白いシーンもあれば、不完全燃焼な部分も無いとは言えない。

短い2曲目ではオリエンタルな思想が飛び出したり、完全にゴーゴーを意識したキャッチーな三曲目があったかと思えば、6曲目ではキース・ジャレットがソプラノ・サックスを吹いたりしている。

特に5曲目“Journey Within”では全員が叫び声をあげ、やがてそれは「雄叫び」のように伝心して行くというパフォーマンスが取り入れられている。
チャールス・ロイドがコルトレーン・スピリチュアルよりもカウンター・カルチャーに向かった証なのだけど、これを「面白い」と受け止められるか、「邪道」と受け止められるかで彼等の軌跡は大きく異なる。

僕は「面白い」と思うのだけど、それはたぶんステージの上の意見であると思う。
当時のカウンター・カルチャーの中心地フィルモアに集まった聴衆はどこまでそれに着いて来ているか怪しい雰囲気がする。

ステージパフォーマンス的にはたぶん「ウケ」たのだと思う。
ただ、バンドとしてはどうなのかが段々見えなくなっている。

バンドで第一期の要になっていたのは、ピアノのキース・ジャレットでもなく、ドラムのジャック・ディジョネットでもなく、ベースのセシル・マクビーだったのではないか?
そんな気がしてくる。

「ウケ」たかどうかは別として、セシル・マクビーの曲は良い意味でバンドをクールダウンさせ、さらにバンドの質をかなり上品位な位置にキープさせていたと思う。
つまりバンドとしての「箍(たが)」になっていた。

それが退団する事によって外れてしまった。
すると、バンドはどうなるか?

その典型をこの第二期のチャールス・ロイド・クァルテットは歩み始めたようだ。
メンバーそれぞれが毎回違ったアプローチを目指すようになり、昨日やった事を全て「過去」として葬り去ると、そこに残るのはもはや衝突しかない。

世界中のバンドが必ず直面する最も身近で困難な局面。
それをどのように回避するかでバンドの方向性は決まる。

もともとやや過激なパフォーマンス“も”「ウリ」の一つとしていたチャールス・ロイド・クァルテットは、バンドの中のクールダウンの要素を失って、まるで日めくりカレンダーのように過去をちぎり捨てて行くしか無くなった。
もちろんこの時期だからその中にはドラッグ的要素に頼った部分もあるだろうと思えるが、確実に「崩壊」への道を突き進んで行く。

ライブ・パフォーマンスだけを信じないのはそういうコンセプトの空洞化が無意識に繰り返されるからだ。
チャールス・ロイドの絶頂期がコンパクトにまとめられたこのアンソロジーは「崩壊」に至る寸前で終わっている。

1968年11月15日にニューヨークのタウンホールで録音された8曲目“Voice In The Night”はそのギリギリの姿を湛えた実に美しく情熱的なバラードになった。

しかし、このアンソロジーでは省かれているが、アルバム『SOUNDTRACK』(atlantic/1969年)として発売されたこの日の他の演奏、特にあのヒット曲“Forest Flower 69”には、もう、戻るに戻れないところにまで達したバンドの“あがき”が記録されている。

どのバンドでもバンドリーダーはそれをいち早く察知し、修復作業に入る。
ロイドはそれに東洋的なアプローチやステージパフォーマンスなどを用意して軌道修正を図ったがかえって火に油を注ぐ結果となっているように見える。

そして、このチャールス・ロイド・クァルテットは完全に崩壊し、チャールス・ロイド自身もどうやら嫌気がさして1980年代半ばまで雲隠れしてしまうのだ。

バンドリーダーでなければ、その心理を聴き取るのは難しいかもしれないけどね。



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