2012/1/19

寂しさをしっかりと噛み締める時に聴くといい・・・  木曜:Jazz & Classic Library


ネットニュースのタイトルで気になる文字が飛び込んできた。

「へそで声を出せ」

あるプロ野球球団の新監督の就任後のコメントなのだけど、まったく野球には興味が沸かないながら、他人事とは言えいささか心配だ。

確かに、そういう表現は昔からある。
それを否定はしないが、今の時代で真意が伝わるかは大いに疑問だ。

それはケーキのモンブランの黄色いクリームが栗ではなく芋である事など全然気付かないでモンブラン=マロンクリームと疑う余地もなく頬張って幸せだった時代の話。そう、1970年代の感覚だ。

僕は1970年代をとても楽しく過ごした世代だと思っている。
子供〜思春期から大人の一歩手前までが僕の1970年代だ。
ちょうど上京して1980年からがヴィブラフォン奏者としてのプロ生活だし。

その自分なりの人生事典のはじめの方、1970年代の項目の中にちゃんと「へそで声を出せ」というのはある。

もちろんその例えを否定はしないが、今の時代に使う表現ではないと感じた。

今はもっと複雑だ。放置していてもいろんなところから勝手に情報が入って来る。
昔なら探しても捜しても見つからなくて想像に頼るしかなかった事が、今や数秒できっちりとした情報を得られる。
人間って不思議なもので、苦労して待ち焦がれて入手したものには一生を捧げられるほどの愛着が沸くのに、探してすぐに入手出来たものには一瞬の感激こそあれ、一生を捧げたくなるほどの愛着は沸かない。

音楽屋が他人の音楽を資料のように扱うのは間違った姿だ。
音楽を教えていて生徒に口を酸っぱくして言うのが「CDコピーは御法度。音楽はちゃんと買って聴け」だ。音楽で飯を食って行きたいなら音楽への投資を惜しまない事、と。
「もしも君たちが将来自分のアルバムを出す立場になった時に、目の前でそれをコピーされたらどう思う?」と。
随分世知辛い時代になったものだ。

思えば1970年代って「探し物」がたくさんあった時代で、その答えが今ごろになって見つかったりするほど大きな探し物を、国民的行事のようにみんながしていた時代で、それが凄く楽しめた時代だった。

ディスカバー・ジャパンなんてまさにそのものさ。

そんな時に「へそで声を出せ」とか言われると、みんながいろんな探し物に沸いていた時代だから「なるほど!それは上手い例えだ! 」と思う余白くらいは生活の中にあった。だって情報は限られているし、まだまだ不便な時代だったもの。

それが今では全国津々浦々までコンビニ文化が押し寄せ、どこからでもネットに接続して調べたい時に調べる環境を得られる時代だ。精神論では答えにならない。

もしも今風に「へそで声を出せ」を表現するとすれば、「へそから声を出すつもりで声を出せ」となる。
何の事はない。当たり前の事を当たり前に表現するのが今の時代感覚なのだ。

音楽でもそれは言える。

今は世の中の仕組みが全て女性向きにセットされている。
テレビのワイドショー(見ないけど朝聞こえる)を筆頭に、たぶん世の中で自分が触れる事の八割は女性向きにセットされている。

いや、それを不服としているんじゃないよ(笑)
ただ、音楽の世界と仕組みがあまりにも女性向きにセットされた事への反動が、そろそろあちこちで起こり始めているんだよ。良い事もあるけど、残念ながら悪い事もある。

良い事は日々実感する事が出来るから触れないけど、残念な事には触れておこう。
そうじゃないと、この先、ポッカリと空洞が出来てしまうもの。


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『DREAM SEQUENCE/Kenny Wheeler』(psi/2003年)

なぜその話がこのケニー・ホイーラーのアルバムと結びつくのか?

まぁ、もう少し読んでくださいな。

音楽は人間に潤いを与えるものだと思っている。
少なくともこの地球上では人間ほど音楽を生活に取り入れている動物はいない。
潤うというのは音楽によって生活の中の何かが後押しされる錯覚状態だと思う。
実際には音は何も後押しなんかしていないのに、聴いて勝手にそう思ってもらえるものなんだ。

だから音楽を聴いて興奮した状態の事を、ある人は「勇気」と例えたり、ある人は「絆」と答えたりする。

自分を振り返ってみても良いコンサートやライブを観た時は、一目散に帰って「意味もなく楽器を練習したくなる」とか、胸が熱くなって涙がこみ上げて来そうになる、とか、そんな感じだ。

自分のライブを見た人が、かつての自分と同じような反応を示してくれるのを見たり聞いたりすると、とても幸せな気持ちになる。きっとそれは良い時間だったに違いないからだ。

でも、音楽にはもう一つの反応もある。

寂しさと同居してくれる音楽の事だ。

世の中「元気」と「勇気を」が毎日蔓延しているわけではない。
「悲しさ」や「虚しさ」、その他多くの、ひょっとするとどんな人でも一日の半分は「不安」で埋められているかもしれない。

100人と賑やかに過ごしている時もあれば、二三人で静かに過ごす時もある。
そして一人で過ごす時間だってある。

では、100人でガヤガヤと賑やかに過ごしているのが幸せか? と問われるとそうではない。
二三人で「あまり明るくもない話題」に浸っているのが不幸かと言えば、そうではない。

一人で「寂しさ」と向き合っている時間が悲しいかと言えば、そうじゃない。

最近欠除しているのがそういうエリアだよ。

何でも「賑やか」「元気に」、そうじゃなければ「悲しく」「暗く」、、、、
人間のニュートラルな状態は「元気」でも「悲しさ」でもないんだよね。
「元気」には元気モード、「悲しさ」には悲しさモードのスイッチをオンにしなけりゃならないものだ。
もちろんそのスイッチを入れるのがあなたとは限らないところが人生のドラマチックなところでもあるんだけどね。
でも、今、目に飛び込んで来たり、耳に聴こえてきたりするものの大半以上がこのどちらかのモードにオンしたもの。

「楽しいでしょう?っね?」
「悲しいでしょう?っうんうん?」

ホントに?

「寂しさ」を噛みしめながら幸せに過ごす時間もあるもんだよ。

1970年代の音楽を聞くと今でも「寂しさ」を噛みしめながら音楽を聞いて過ごしている感じがしてならないんだ。
それは、どちらかと言えば世の中の仕組みも音楽の環境も男性向き。
そしてそれは明らかに1960年代の男性向けの社会とは一線を画していた。

ケニー・ホイーラーの音楽を聴いていると、僕はいつも1970年代の香りが心地よくて時間を忘れてしまう。
このアルバムは、「よし! 飛びきりの最新作を作るとするか!!」という意図で作られたアルバムではない。
いや、たぶんそう思うだけなのだけどね。

8曲の内古い物では1995年9月録音のセクステット1曲(Kenny Wheeler/fg Ray Warleigh/sax,fl Stan Sulzmann/ts John Parricelli/g Chris Laurence/b Tony Levin/ds )、1996年1月のクインテット2曲(fg+fl+g+b+ds)とカルテット2曲(fg+g+b+ds)、1999年1月録音のトリオ1曲(fg+ts+g)、2003年1月録音のデュオ1曲(fg+ds)とソロ1曲。

ちなみにトニー・レヴィンはドラマーで、“あの”ベースのトニー・レヴィンではない。
最初僕もハッとしたが・・・・(笑)

録音された時期はバラバラだ。
メンバーは同じで編成はその時々で異なるが、なぜこんな事になったのかは不明。
ただ、スタジオはロンドンのゲートウェイ・スタジオに固定されており、これは僕らもよくやっていたのだけど、他の仕事のレコーディングでスタジオを何日間かロックアウトし、仕事が早く片付くとせっかくスタジオもミュージシャンも揃っているのだから何か録音して残そう、というレコーディング・セッション。メンバーは気心知れてるし・・・・。
そうでなければ、これらは他のアルバムからこぼれたテイク集という事に。

どちらであれ、時期がこんなに分散されるとガチガチのコンセプトを提示するアルバムではなく、むしろアフターアワーズのようなリラックスした録音になる。

でも、だんだんメンバーが減って最後は二人、一人・・・・まぁ、冗談だが(笑)

1.Unti
2.Drum Sequence
3.Deram Sequence
4.Cousin Marie
5.Nonetheless
6.A Flower Is a Lovesome Thing
7.Hearken
8.Kind Folks


曲はいづれも、いつものホイーラー。
1970年代のECMで輝いていた頃のままの空気感だ。

ヨーロッパで活躍するジャズメンに共通する傾向がある。
アメリカのジャズを追っかけるタイプのミュージシャン以外から聞こえて来る音楽に、タンゴやハバネラなど、決してパッと明るくない、どちらかと言えば陰影を湛えるような情熱的な音楽が強く押し出されている事。
ケニー・ホイーラーはイギリスを拠点としているが、生れ故郷のカナダといい、アンチ・アメリカな地域との結び付きが強いように見える。
そんな中、アメリカのジャズメンが少なからずともルーツとするブルースと同じように、タンゴやハバネラなどのエキゾチックな音楽を根底に感じさせた曲作りや演奏が多い。
陰影のある音楽は人間のルーツに近付けるのだろうか。

やや変拍子が作為的でもある1.Untiはホイーラーの曲。ピアノレスでの変拍子はなかなかチェンジが難しく、ここでもやや混乱気味に聴こえるのだけど、コード・ブログレッションにいつものホイーラーらしい浮遊感があるので救われる。
「寂しさ」と向き合うにはちょうどよい隙間に溢れている。

2.Drum Sequenceはフリューゲルとドラムのデュオ。僕はあまりこのドラマーは得意ではないなぁ。1960年代のトニー・ウィリアムスのサウンドからちっとも飛躍していないので。

3.Deram Sequenceもホイーラーの曲。ギターのイントロが正に「寂しさ」と向き合うシチュエーションを整えてくれる。いいねぇ、この憂いのある時間。ドラムもベースもいないのに、三人でこれだけ空間が維持できるのは。聞いていて幸せに寂しい。

4.Cousin Marieはクインテットで演奏されるホイーラーのバラード。1970年代から脈々と続くこのホイーラーの愁いを帯びたコード・チェンジ。ギターしかコード楽器が無いのに、何のストレスも感じない。

5.Nonethelessは伸びやかなフルートで始まるホイーラーの曲。僕はこのアルバムのピークがココにあると思う。愁いを湛えるホイーラーのコードチェンジとタンゴやハバネラをルーツとするベースラインのモチーフ。必要なものが全て揃って、そしてそれらが全て「寂しさ」を十分に幸福に演出してくれる。寂しさっていいなぁ、、、。きっとそう感じさせてくれるでしょう。

6.A Flower Is a Lovesome Thingはビリー・ストレイホーンの曲。そう言えばストレイホーンの音楽もいつもハッとするような「寂しさ」がある音楽だった。きっと寂しさが好きだったんじゃないかな。そんな事をこの位置で聞くと思ってしまうから不思議な発見だ。

ホイーラーのソロによる7.Hearken。自由な発想に展開しつつ曲の骨格を表現するホイーラーの歌心が聴ける。

最後の8.Kind Folksは実はこのアルバムでは一番古いセッション。一つのアルバムで八年もの開きがあるのは珍しいが、これがまた美しいくらいに「寂しさ」と向き合わせてくれる。
そして、メロディーの節目では、必ず「次はココだな」というコードチェンジに落ち着くホイーラー・ファンなら安心して身を任せられる曲。
どうかこの「寂しさ」の中を思いっきり楽しんでほしいものだ。

さて、女性の向きの時代に一番欠除している事。
それが「寂しさ」と向き合う事だ。
女性は「寂しさ」を何かで埋めようとする性分にあると思う。
すると、今の時代では「寂しさ」は「元気」で埋められるか、「悲しさ」に統合され兼ねない。

そんな時代にそろそろ喉の渇きを覚えて潤したくなるのは僕だけではないはずで、やがて来る次の時代に向けてケニー・ホイーラーでも聴きながら、、、、、

模索してみましょうか。





『2011年ベスト・ライブ(動画)』公開中!


2011年11月24日ブログ『超・満員御礼! 赤松敏弘(vib)meetsハクエイ・キム(p)25-25プロデュース第六弾』http://sun.ap.teacup.com/applet/vibstation/20111124/archive

TOSHIHIRO AKAMATSU(vib) meets HAKUEI KIM(p) w/TARO KOYAMA(ds) & KUNIO OINUMA(b) @ 25-25Presents Special Live Vol.6

25-25プレゼンツ・スペシャルライブVOL-6。
『“赤松敏弘meetsハクエイ・キム”with小山太郎+生沼邦夫』

・当日のセットリストは以下の通り

[1st set]

1.Trisoniqe......(by Hakuei Kim)
2..White Forest......(by Hakuei Kim)
3.Sound of Focus.....(by Toshihiro Akamatsu)
4.[duet] Newtown......(by Hakuei Kim)
5.Ruby, My Dear.....(arr Toshihiro Akamatsu)
6.Axis.....(by Toshihiro Akamatsu)

[2nd set]

1.The Gleaner.......(by Toshihiro.Akamatsu)
2.[Tribute to 1964's Miles]......So What
3.[Tribute to 1964's Miles]......Stella by Starlight

4.[Tribute to 1964's Miles]......Walkin'
5.[duet] Silent Butler.....(by Toshihiro Akamatsu)
6.Kuala Lumpur......(by Hakuei Kim)

[Encore]

1.Dear Old Stockholm
2.O Grande Amor

Toshihiro Akamatsu(vib)
Hakuei Kim(p)
Kunio Oinuma(b)
Taro Koyama(ds)

Recorded live at KAMOME in Yokohama. Nov/23/2011

・セットリストの赤文字の演奏をアップしています。
・動画は従来通りMySpace版と、プラグインの関係でMySpaceビデオがご覧になれなかった人向けにYouTube版もアップしています。
・MySpace版YouTUbe版とも、どちらも同じ内容です。


[YouTube版]※画像をクリックすると別窓で開きます

★第二部1曲目



★第二部二曲目[Tribute to 1964's Miles-vol.1]



★第二部三曲目[Tribute to 1964's Miles-Vol.2]




[MySpace版]※画像をクリックすると別窓で開きます

★第二部二曲目[Tribute to 1964's Miles-vol.1]



★第二部1曲目



★第二部三曲目[Tribute to 1964's Miles-Vol.2]






ガンバレ東北!

がんばろうニッポン!




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VGDBRZ-0044/3.000円(税込)

赤松敏弘(vib)The NewQuartet
guest:森川奈菜美(vo)

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CDレビュー→http://www.jazzfusion.com/cd2010/axis.htm

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