この二日間の話をどこから書き始めたらいいか迷っている。
つくづく、今手伝っているクリニックへ行って良かったと思う。ここには今の日本を最も極端に象徴する患者が集まってきている。
ここは典型的な日本の地方都市、政令指定都市の一番の外れにある場所、すなわち田舎である。ここで今生じている事が、今の日本社会が持つ最も重い病理が表現されている場所だという事を、いまから書こうと思う。
「私が人生に退屈を感じないように、生きている感覚を取り戻せるように、一緒に探してくれる?」
その町は、造船業が産業に中心で、過去の製造業が日本経済の主幹をなしていた頃は、活気にあふれた町であった。町は造船業を中心に経済が形成され、住民は殆どがその関連企業、もしくはその下請けで政経を立てていた。都市部とは一本の国道で結ばれてはいるが、その町の入り口は峠によってある種隔絶されており、峠を越えるとその先に港町が姿を表す。峠の手前の住民は山間部を中心に、主に農業を営み、市街部から車でのアクセスにはわずか30分程度しかかからないものの、学校は過疎化が進み、小学校の全学年で10人程度しかいない学校もあるという。
まず最初にこのクリニックに赴任して、直面したのはその町に唯一ある医療専門学校の生徒達であった。彼らに共通するのは、抑鬱感、焦燥感、勉強についてゆけない事に対する自責感、そして自傷行為、希死念虜であった。他にも多数の神経症的なヒステリー症状や解離などを起こしていたが、いずれも診断的には適応障害、もしくはやや自己愛的なパーソナリティー障害に関連し、勉学への挫折を契機とした症例と考えられた。そのなかで彼らに共通していたのは、いずれの患者もこの土地出身の人ではなく、比較的京阪神、関東などの都市部からきた若者達であった。
次に訪れ始めたのは、高校生の女子生徒達であった。彼らは主として、不登校を主訴としており、学校での対人関係に問題を抱えており、症状として皆一応にリストカットなどの自傷行為があった。症状は比較的多彩で、明らかな抑鬱や、精神病ライクな異常体験ではなく、混乱や、興奮、情緒不安定さ、解離、などが主体であった。発達段階の少女としての性の問題も大きいように見えた。また一様に日常の退屈さ空虚さ、適応を果たしている友人達への軽蔑や嫉妬、醒めた感覚の中に未来への絶望をどこかで感じていたと思う。その空虚さはこの土地の文化や風景と密接に関連しているように見えた。
ある少女がの診察についての相談があった。
中学2年生。上下男兄弟に挟まれた第2子。父親は造船所勤務の職人。母親は対人恐怖が強く、引きこもりがち。幼い頃から一人遊びの好きなマイペースな子供。特にいじめられた記憶は無く、成績は優秀。
ある日騒いでいたクラスの不良の男の子に突然掴み掛かり、顔面を壁に叩き付ける。バスケットボールの試合中、パスを上手く出来なかった事に突然自責的となり、何度も自分の顔にボールをぶつける。スク−ルカウンセラーのカウンセリングの中で自傷行為存在が明らかになる。その自傷行為とは針を自分の指に貫通させるという激しいもの。本人はストレス発散のためだと淡々と話す。
昨日母親に連れられて診察に訪れた。
一人で入室して来た彼女はまだ小学生時代のあどけなさの残る、まだ子供の風貌ののこる顔立ち。笑顔を絶やさず面談の椅子に座るが、彼女に対面したその瞬間に、刃物をのど元に突きつけられるような、緊張感が走った。この笑顔が強い抑圧の仮面でありその背後に激しい攻撃性を隠している事を瞬間的に理解した。それからの面接は、一見和やかな面接風景に見えるものの、のど元に刃物を突きつけられた状態での、一瞬の隙も許されない、真剣勝負の診察になった。彼女は親に連れられ嫌々診察に訪れており、大人が自分を救えるとは一切期待していない無関心な態度を表面的にはとっている。しかしこの真剣さは明らかに目の前の人間が、自分にとって救いとなる人物か、他の大人と同じ、生きている価値のない他者かを査定しようとしてる。多少安心させるような語りかけを何度か行うが、話は一気に確信を突かなければならない。そうしないと彼女は自分の前の人間が今までであった他者と同じ、彼女の闇への想像力を持たない、無価値な人間と断罪するであろう。しかしどんな言葉が、彼女の一瞬の隙をついて心を開かせるというのか。いままで聞いていた既往歴を確認しながら、じっとその瞬間を伺う。
「もの凄く警戒しているよね」「わかる?」「どしてここへ来たと思う?」「自傷行為をすると親を心配させるからからな」「違うね。自分の欲求不満をどう爆発させたらいいのかわからなくて、困ったるから来たんだよね」「・・・・・YES」。
「みんな五月蝿くてムカつく。静かにしておいてほしい。学校のアイツなんかぶん殴ってやれば良かった。ぶん殴るだけじゃ・・・・・」「刺したかった、でしょ?」「!!!」「・・・・・でもこれ以上は言えない」
「全てつまらない。生きてる感じがしない。全部いらいらする。皆殺してやりたい。。。。でも本当にやったら??」「普段何してる?」「寝てる」「音楽?」「聞かない」「映画」「観ない」「TV」「見ない」「ゲーム」「DS」「趣味」「無い」「本」「読む。サスペンス」
「親は」「嫌い」「お父さんとお母さんについて教えて」「プラスとマイナス」
「つまらないのは、生きてる感じがしないから。生きている感じが味わえたら、どんなに幸せかと思う」「それを探す場所がここなんだよね」
「私が情報を提供したら、なにか教えてくれる?一つは編み物・・・・なにかキレイなものが作りたい。もう一つはストレス発散・・・・・・破壊?・・・・・これ以上はいえない」
「私が人生に退屈を感じないように、生きている感覚を取り戻せるように、一緒に探してくれる?」
この緊張感、緊迫感が伝わるだろうか。この面接中、実は何回か、いまこの瞬間に刺し殺されるのではないかという、殺気を感じる瞬間があった。彼女の分析的理解はこの段階では困難だが、逆転移を利用して、彼女のこころを開く事はできた。その瞬間は感動的であったともいえるが、ここで伝えたいのは、これがいまの地方都市の、子供達に生じている現実だということだ。
もちろん昨今はやりのADHDやアスペルガーなどの診断類型を想起する事もできるが、そうやってある種の型にはめて、障害者として接する事が、本質的議論といえるのだろうか。
彼女の抑圧された強い怒りは一体何処からきているのだろうか。中学2年生が抱くにはあまりに強すぎる何か。。憎しみ?悲しみ?絶望?何に対してか?親?友人?大人?社会?生きている事を憎む、自分を針で貫くまでに感じている欲求不満の源は何か。俺はその怒りと、この土地の持つ力、今の日本の持つ問題点と無関係とは思えなかった。大量の情報が日本中地域格差無くタイムラグ無しに伝達されるなかで、TVの中では連日金、性、殺人と欲望の話が垂れ流しにされ、都会には絢爛豪華な摩天楼が広がり、ショービジネスは華やかなイメージを振りまく中で、現実的には経済的格差が中央と地方の間で拡大し、町は寂れ、若者は都会へ流出し、町には何も無くヤンキーしかいない。周りの風景は田んぼや、数キロおきにあるコンビニのみ。自分の生活している場所の現実と、バーチャルなしかし彼ら彼女等の頭にあるイメージされた現実の余りにも大きなギャップ。この空虚さの中で、いったい彼らにどんな物語が与えられるというのか。かれらはどんな物語も持てないのではないかと仮定してみる。物語がないなら、物語を作ればいい。殺人はもっとも簡単に世界をリアルに変える手段なのかもしれない。もしくはそういった選択肢しか、実はこの国は子供達に既に与えられていないのでないか。
これが今の日本の抱える大きな闇、それが日本のもっとも辺境である地方都市の片隅で花開こうとしているのではないだろうか。
しかしこの物語はここでまだ終わらない。
疲れた頭を抱えて入った近所の本屋で出会ってしまった以下の本。
帯を見て胸の興奮を抑えられなかった。
岡崎 隼人 / 講談社(2006/06/07)
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連続乳児誘拐事件に震撼する岡山市内で、コインランドリー管理の仕事をしながら、無為な日々を消化する北原結平・19歳。自らが犯した過去の“罪”に囚われ続け、後悔に塗れていた。だが、深夜のコンビニで出会ったセーラー服の少女・蒼以によって、孤独な日常が一変する。正体不明のシリアルキラー“ウサガワ”の出現。過去の出来事のフラッシュバック。暴走する感情。溢れ出す抑圧。一連の事件の奥に潜む更なる闇。結平も蒼以もあなたも、もう後戻りはできない!!第34回メフィスト賞受賞!子供たちのダークサイドを抉る青春ノワールの進化型デビュー。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
岡崎 隼人
1985年12月22日生まれ。岡山県在住。『少女は踊る暗い腹の中踊る』で第34回メフィスト賞を受賞しデビュー

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