2006/9/28  10:08

肩書きや学歴が必要なタイプもいる  自閉症

ころすけさん、コメント(7/12)有難うございます(^^)/

リリーは、大学は二年浪人してやっと受かったのです。二浪させてあげようと決意し父親を説得したのは私でした。

リリーには女子大生である(いずれは4大卒である)という学歴が必要だと思いました。何故なら見た目(母親に似て)ボーっとしていて如何にも頼りなさ気だから(^^; 自己アピールが苦手なので、肩書きみたいなものが一生に渡って本人の役に立つと考えたのです。

二浪目に受かったのは本人の努力のたまものでしょうね。が、実は二浪させる羽目に陥ったのは母親の私がリリーの成績を買いかぶり過ぎていて、本人の実力よりもレベルの高いところばかり受けさせていたせい、とも言えるのですが(>_<) 勉強を嫌がらずよく頑張ってくれたと思います。

そしてアルバイトの面接の方も、リリーはいくつ落ちてもくじけずにただ「バイトをしてみたい」という熱意の元に懸命に探し続け、やはり本人の努力が実り今ではいくつかのバイトをこなしている様です。この点はリリーは私(←怠け者)とは全く違うと我が子ながら本当に感心しています。

親としては、大学に入ったら学生生活を謳歌してサークルなどを楽しんでもらいたかったのですが(学生時代の同好会活動は時間がある分有意義に過ごせるし後々の人生にも大いに役立つと思う)、「バイトをしたい」の一点張りで、そこは本人に任せていました。

ところが三年になってから大学のサークルにも入れてもらった様で、授業にバイトにサークルに、と本当に今は楽しそうです。

来年就職活動が始まると、また人生の厳しさも味わうことになるのでしょうね…くじけず、これからも頑張って♪ >リリー、そして若い皆さん!

2006/9/26  13:17

誰もが後輩達の「希望の星」になり得る  自閉症

うみおくれクラブさん、コメント(7/4,7/5)有難うございます(^^)/

>>リリーさんの生き方が自閉症の方の未来を変えていくことができることを期待しています。

とても嬉しい励ましのお言葉です。

そして障害や問題を抱えている全ての人が、後輩達の希望や目標になり得るんですよね! お互いに頑張りましょう♪>皆さん

               * * *

「障害児者にとってどんな社会が幸福か」という点につきましては、障害者が自立出来る様になる為の教育環境を整えるべきだという気持ちが先ずあります。

障害者条例等にしてみても、障害者特権が強くなったり一部の障害者や団体が得したりする「逆差別」が起こっては困ります。

健常者との共栄共存というバランスが損なわれることの無い、健常者や全ての人の権利も守られた形の条例や法律を作ってもらいたいものですね。

2006/7/6  8:37

リリーの成長Y  自閉症

親バカ全開で、私の育て方は良かったのよ…と言わんばかりの鼻持ちならない展開になっていますが(^^;;、ここまで来るのに自信満々で何の迷いも無くリリーを育てて来た訳では決してありません。当時はもう暗中模索、試行錯誤の連続で、今思い出しながら「あれはあれで良かったのだ」…と確認しつつ、やっと納得して書いている状態なのです。

ご存知の方は少ないと思いますが、お子さんをあやめご自分の命も絶って無理心中した母子の中には、自閉症のお子さんとそのお母さんというパターンがかなり多いらしいのです。無理心中の理由が明らかにされていない場合は、殆どがそれではないでしょうか? 自殺したいなら自分だけ死ねば良いのに何故子供まで巻き込んで、と誰もが疑問に感じられる親子の無理心中…。それは、子供と共に自分の存在をもこの世から抹殺したいという気持ちが、そうさせるからに他なりません。自己存在否定との戦いですね。

こんなに他人様にご迷惑をかけてばかりいる私達親子に、一体存在する価値があるのか…? (今はかなり能天気で楽観的だと感じられる)私ですら、そんな風に日々悩んだり苦しんだり何かに助けを求めてみたり、実際に大切な友人による精神的支えで救われたくらいです。気分転換が上手く出来ないお母様方の中には、今もご本人にとっては地獄の毎日を送っている方がいらっしゃるのではないでしょうか。

そういう私と同じ思いを今もされているお母様方に、何とか先輩としてエールを送りたいという気持ちでここに書いている次第なのですが、先ず「この子を誰よりも理解しているのは自分」という自信を持って育児にあたって下さいね。あなたは、神様やあなたのお子様自身に親として選ばれた人なのだ、という自覚を持って下さい。

自閉症児が100人居れば、その症状は100通りです。誰よりもあなたのやり方で、あなたの直感で、あなたのお子様に合った方法を模索して、育児に取り組んで下さい。私のやり方は、その中の一つです。

前置きが長くなりましたが、「やって良かった」第6弾は、中学に入ってからは母としてリリーのタイムキーパーを止めたことです。

私立中学受験に失敗し公立中学に入ったリリーでしたが、小学校時代はそれはそれは朝の目覚めが悪く、ベッドから引き摺り下ろしても、お尻をひっぱたいても、足を蹴飛ばしても(^^;;、まったく起き上がる気配を見せず、私は大声で「早くしなさい!もう○○時よっ!」「お母さんはあなたのタイムキーパーじゃないのよっっ!!」と怒鳴り散らしていたわけなのですが、毎朝大騒ぎをしていることにほとほと疲れ果て、‘中学に入ったら一切タイムキーパーはしない’と固く心に誓っていたのでした。

そして中学生。朝一度だけは「○○時よ」と起こすのですが、その後一切声をかけるのを止めました。そのせいで中学時代は遅刻の常習犯でしたが、高校に入ってからはきちんと自分で起き、土曜なんぞはまだ寝ている私に「お母さん、そろそろ起きて」と起こしてくれるまでに成長しました。

この方法は、かなりオススメですね d(^-^)

つづく…かな? また何か思い出したら書きますね。

8年ぶりのテポドンが恐ろしい。21世紀のこの時代に、なんで今だ前世紀の遺物みたいな独裁者体制を世界は許しているのでしょう? ソ連と同様、早く崩壊させるべきですよね。方法は…わ分かりませんが(>_<)

2006/7/5  13:40

リリーの成長X  自閉症

今思えば、「ちょっと天才!?(笑)」と親バカぶりを発揮できたあの楽しかった思い出は、神様が私たちに与えて下さった宝石の様にキラキラと輝く大切な記憶なのでしょうね。

何故なら自閉症児は大きくなるにつれて、逆に成長の退行が始まる(場合がある)から。

先ず、小学校に入学した途端に、‘自分だけが何か違うという疎外感’に本人が襲われてしまったせいか、リリーの場合はイマジナリー・コンパニオン(空想のお友達)が現れます。

※それは精神科のお医者様によると「リリーの成長にとっては必要なもの」なのだそうですので寧ろ良かったのでしょうが、疎外感のせいで、自閉症状が悪化するのは間違いないのです。

生まれつきの障害に加えて、周囲の反応や理解の無さ等に傷つくことによって起こる、二次的兆候の表出とも言えますね。

勿論、リリーの通った公立の小学校も、幼稚園や乳幼児体操教室と同じくらい理解があって、先生方も良くして下さいましたし、お友達やお母様方にも同じ様に大変お世話になりました(^-^) 本当に有難い思い出です。

しかし健常児の子供達の当然なる疑問:「リリーちゃんは、どうしてこうなの?」という当たり前の問いかけに対しては、やはり自分でもどうすることも出来ない‘遣り切れなさ’となって心を閉ざし始めるのでしょう。

自閉症児はかくして自閉症児らしくなって行くのでした…。

幼児時代には時には目を合わせてお話出来ていたりカメラ目線で写真を撮れていたものが、小学校高学年頃から全く視線を合わせなくなって自閉症特有の挙動不審な態度(他の自閉症の方々、ゴメンナサイ)が際立ってきますし(加えてリリーの場合は、近視の為に余計目つきが悪くなる)、感覚過敏(皮質機能障害)も始まって、身体に触られることを拒絶する様になります(>_<)

リリーの場合は未だ大丈夫ですが、自閉症児の中には二十歳を過ぎてから、てんかん質になる人も居るらしいです。そうやって色々な新たに現れる障害と闘っていかなければなりませんから、本人も家族にとっても、自閉症児の過去の「天才かもしれない」輝かしい思い出は、必須のものなのです。

では、自閉症児とその親はどうやって、その成長の退行と取り組めば良いのでしょうか? これはもう新たな才能の開拓に突き進むしかありませんよね?

過去の思い出を支えに「この子にも才能はあるんだ」と信じつつ、何か特技があればそれを伸ばしてあげることに精を出しましょう♪

リリーはピアノの練習も嫌いで、クラシックバレーや水泳教室も(集団指導なので)1,2ヶ月で弾き出され、絵も大して上手くはならず…。という訳で、特技と言うと国語の漢字を覚えたり、算数の計算だったりしましたので、学習塾に通わせ私立中学受験を目指すことになりました。

つづく

2006/7/4  17:57

リリーの成長W  自閉症

自閉症児の躾けは、一言でいって‘壮絶’です。もう必死(>_<)

前回、「幸か不幸か」と書きましたが、私にとってはリリーが障害児であることが中1になるまで判明しなかったことは、実は良かったことだと思っているのです。何故なら、障害があると小さい頃から分かっていたなら、私の場合、「理解してあげなくては…」という意識が先に立ってあまりキツく叱れなかったと思うから。

現に教育研究所でも「あまり叱らない様に」とか「叱るときは穏やかに〜」とおっしゃるので、結構気が短い私は、何か違う…と戸惑いを感じてしまったのでした。

※教育研究所の方針と、私の勝手な育児感覚との違い…2点目は、成長の五角形グラフの捉え方です。研究所の先生方は小さくても美しい五角形を保てる様にと、劣っている部分に注目してそれを直してあげようと努力なさろうとする。けれども私の考え方は、(このサイトを見て下さっている方ならご存知の通り)長所に注目して、その才能をより素晴らしく発揮できる様に伸ばしてあげたい…。

というワケで、当時は療育という言葉も知りませんでしたし、そもそも自閉症の何たるかを分かっていない方も(私を含めて)多い時代でしたし、リリーを障害児だと思っていない私は、恐れ多くも教育研究所を勝手に離れ、自分の思うままに(躾けという名の)壮絶なる戦いを始めたのでした。

きちんと躾けたいという信念の下で、間違ったことをしたと思った時は、怒鳴るひっぱたく蹴飛ばす…とても他人様には見せられないものがあったかもしれません。児童虐待防止法案が当時あったら、下手をするとしょっ引かれそうな勢いです(^^;

けれども「お母さんが必死で怒っている」ということを肌で感じた子供は、本能的に「これはしてはいけないんだ…」と分かってくれますし、良い子の時は思い切り褒めてあげて優しくする、という‘飴と鞭’的育児が功を奏して、自閉症特有の(語弊があったらごめんなさい)我が儘は、リリーの場合は随分抑えられているのではないでしょうか?…と親バカな気持ちが、今はあります。

「やって良かった」第4弾は、悪いことをしたら体罰を使ってでも(時には感情的になってでも)キチンと叱りつける…ことですね。障害児でなくても、育児や教育は綺麗ごとだけでは済まされないと思っています。

つづく

2006/7/2  8:07

リリーの成長V  自閉症

その後、3年保育の私立幼稚園に通わせましたが、乳幼児体操教室にしても幼稚園にしても普通の健常児のお子さんが通うところでしたから、今思えば、本当に良くして頂いた、大変お世話になったと、先生方や仲良くして下さったお友達、お母様方に感謝の気持ちでいっぱいになります。

体操教室の先生方の中にはリリーを自閉症だとお気づきの方もいらっしゃったと思いますが、乳幼児が目が離せなくて手がかかるのは、健常児も自閉症児も大して変わらない…という心意気(?)で、他のお子さん達と同じようにリリーの面倒も見て下さったのでしょう。

幼稚園にしても、悪戯っ子や甘えん坊、恥かしがり屋さん等、幼児それぞれが色々な問題を抱えていて、お行儀の良いかしこいお子さんばかりではありませんから、どんな手のかかる幼児でも、子供は無限の可能性を秘めていて立派な大人に成長すると知ってらっしゃるからなのか、はたまた本当にお子さん好きの方が幼稚園の経営者や先生になるからなのか、やはり大きな心でリリーを包んで下さったと思います。

幼稚園の先生に勧められて行った教育研究所では、なぜか「自閉症」とは言われずに「知恵遅れ」と言われてしまいましたので、それは私には受け入れることが出来ませんでした。何故ならそこで受けたテストは就学時前の幼児用のもので、当時4歳なのに「2歳半程度の知能」と言われましたが、その時すでにひらがなは勿論アルファベットも数字も読め、簡単な足し算引き算等も出来ていたので(それについてのテストは無かったし)、知恵遅れである筈がないと思ったからです。

幸か不幸か、そういう訳でリリーが障害児であるという事実にはまだ気づかず(受け入れられず)に、少し変わった子…程度の認識で私の子育てが進んで行きました。

集団で教わる音楽教室は、リリーが自由奔放なため向かない…と数ヶ月通ったあと諦めて、個人指導をして下さるピアノのレッスンを受け始めました。このピアノの先生がまたお優しい方で根気良く教えて下さったので、人並みに発表会も幾度か経験させることが出来、大変感謝しております。

ピアノレッスンのお陰で絶対音感が身についた様でしたので、ある日テレビのコマーシャルソングを聴いていて何気にリリーに「これ何調?」といたずらに訊いてみたら、間髪容れず「変ロ長調」と答えた時のエピソードは忘れられません(笑)。急いで主人とピアノのある部屋に飛んで行き、確かめ、「…合ってる!」と驚き顔を見合わせたのでした。

「変ロ長調だと分かる為には、絶対音感だけではなく相対的な音感のセンスも必要だよね〜」「凄いっ」「この子は天才!」等と親バカぶりを発揮できた、楽しかったあの頃。

私の心の平和が保たれていたのは、この時期まででしたね…。

つづく

2006/7/1  8:28

リリーの成長U  自閉症

公園デビューは一応してみたものの、せっかく話しかけてくれたお友達にお返事も出来ずマイペースで自由奔放に遊び続ける娘リリー。それでなくても虚弱体質な私には、そんなリリーと一緒に毎日お外で過ごすのは、精神的にもかなりキツイものがありましたので、プロにお任せしようと乳幼児向け体操教室に入れました。

育児で「やって良かった」第2弾は、これですね。毎日身体を動かせてあげる努力をすること。

そしてお母様方は一人だけで頑張ろうとせずに、誰かやプロの力もお借りしてみること。

来る日も来る日も公園等で思い切り身体を使って遊ばせてあげるほどの体力も気力も無いお母様方は、是非、体操スクールや水泳教室等のスポーツ系のお教室に入れてあげて下さいね。幼児時代は、知能系のお教室よりスポーツ系の方を重視した方が絶対に良いと思います。

身体を動かすことによって幼児なりのストレスも解消され疲れ果て夜は良く眠るようになりますし、そうやって身体の基礎力や知力(脳)の基本が作られていくのだと思うのです。

お陰でリリーはかなり健康体です(健常児ではないかもしれませんが(>_<))。人並みにおたふく風邪や麻疹、風疹など色々と経験していますが、成人した今では風邪を引いても直ぐに治る丈夫な身体で、病気などで私を心配させたことが殆ど無い点は本当に親孝行な娘だと思っています(^-^) 病弱でいつも親を心配させていた私とは、大違い。

ただ、火傷(来客中で少し目を離した瞬間)や怪我(小学校通学時の交通事故)などは少なからずあったんですけどね。多動で落ち着きが無かったせいでしょうか。家の中でリリーの後を追っかけ回しているだけでも、ホント大変でした…。

つづく

2006/6/30  11:14

リリーの成長T  自閉症

カテゴリーをまた追加しました d(^-^)

今は大学3年生で心理学を専攻し、授業に、サークルに、アルバイトに…と毎日元気で頑張っている私の愛娘ですが、そんなリリーも中学1年で(先天的)自閉症との診断が下った(軽度の)障害児なのです。

が、家でも買い物に行ったり料理を作ったりもしてくれますし、十分に生活力も備えた成人になってくれたと言えそうですので、他の自閉症児をお持ちのお母様方に少しでも参考になるように、リリーのこれまでを少しずつ(忘れないうちに)書いていこうと思います。

リリーは丁度、同じ時期に生まれた実家の(健常児の)姪と比較できる良い機会を得られましたので、赤ちゃん時代から「この子は普通とは少し違う不思議な子」と感じていました。人にはあまり興味がないみたいで視線を合わせず、自分の世界を持っていて楽しんでいる感じですね。ですから赤ちゃん時代は良く眠るし一人遊びが上手で、あまり手がかからない子だったかもしれません。

しかし生後1,2ヶ月で外耳炎になったり、生まれつき涙腺が詰まっていて眼科で涙腺を通す手術を受けたり、原因不明でよく吐いたり高熱を出したり〜で、病院通いは(人並みに?)頻繁にあったと思います。

2,3歳の頃は、(人の話しかけには応じませんでしたが)自分からは色々としゃべっていました。文字やマークに興味があると分かったので、私はリリーを膝に乗せて、よく紙に色鉛筆やクレヨンで色々な絵と字を書いて遊んでいましたね。例えば林檎の絵を描いたら、そのそばに「りんご」と声を出しながら書く…という風です。それで直ぐに文字を覚えたので、2,3歳で既にひらがなとローマ字を読むことが出来ました。

お出かけの時は必ずメモ用紙と小さな色鉛筆セットを持参しましたので、レストラン等で食事が終わったらママがお友達とおしゃべりしている間も、ひたすら大人しく一人で絵を描き続けていたと思います。絵は私がいつも描いているものを真似るので、幼児にしてはかなり上手かったのではないでしょうか?

今までの育児で「やって良かった」と思えることは、先ず↑このことです。続きはまた次回に♪

興味のある方は、こちらの頁もご覧下さい。
自閉症の世界から学ぶ



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