2008/7/5

ミリキタニの猫(’06)  アメリカ

日本では昨年公開のリンダ・ハッテンドーフ監督作品。今日赤坂区民センターホールで、秋の東京国際映画祭のプレイベントでこの作品上映会、招待券が来ており、丁度見て来られた。NYの路上画家、日系人ジミー・ミリキタニの姿を追ったドキュメンタリー。一昨年同祭の日本映画・ある視点部門賞で最優秀賞だったそうで、公開時やや気になった作品。

当初、ラフな画風的にはそう好みではない、と思ったけれど、見ていく内に、ミリキタニ氏のキャラクターに馴染む、というか慣れてくるにつれて、絵にも味わいを感じてきた。路上のテーブルで製作、悠々と日々を過ごす中、9.11テロが起こり、さすがに路上にいられず、ハッテンドーフ監督宅に身を寄せることになり、

TVで事件を静かに眺める眼差し、描いたWTCの絵に、故郷の広島の原爆ドームの絵と同じような真っ赤な色、立ち込める黒い輪郭の煙。テロ自体については語られることがなかったけれど、NYでの彼の路上生活の中の出来事として、「その日」の喧騒も、まさにドキュメンタリーで映し出されていたのが、印象的。

居候生活、ではあるけれど、同監督が遅く帰宅すると、女性のする事じゃない、と説教したり等、という飄々とした憎めない物腰に、たまに笑いが起こったり。モチーフによく猫を描いていてタイトルにもなったようだけれど、同監督宅の猫もよく画面に登場していた。

一筋縄でいかない反骨精神、絵は5才から独学で始め、170人に絵を売った、と胸を張り、画家としてのプライドを持つこの人物と、同監督の、アーティスト同士、という部分でも、程好いバランスの人間関係的な部分が、そのまま作品になった肌身の温かさ、のような感触も。

また戦時中の日系人収容所での経験が、かなりしこりになってか、絵にも描かれていたけれど、言葉の端々にアメリカ、という国への反感、反動的に日本への愛着、鼻歌も日本の歌ばかりだった。

当時の収容所は「ヒマラヤ杉に降る雪」で描かれていたり、チャップリンの秘書だった高野虎市紹介番組等で触れられていたけれど、同氏はそこで姉と生き別れたまま、またその後、料理人という職を得ながらも、雇用主が死亡して結局路上生活に、という経緯も、当時の日系人の波乱の状況の断片が伺えたりも。終盤収容所の慰霊ツアーで想いのしがらみが溶けていく様子、エンドロールでの短くさり気ない、姉との再会シーンも目に残った。

’01年撮影当時80才、昨年70年ぶりに日本に帰省したり、いまだ元気なようで、赤いベレー帽に髭の風貌、波乱の人生を秘めて、陽気に淡々と過ごす、最近見た中では「胡同(フートン)の理髪師」の90才の老人等もいたけれど、朗々とした活力ぶりも。異色画家にスポットの作品、ではあるけれど、予想よりは、彼の周囲の人々含め、ほっこりとした人間味の余韻の味わいだった。(http://www.amazon.co.jp/%E3%83%9F%E3%83%AA%E3%82%AD%E3%82%http://www.uplink.co.jp/thecatsofmirikitani/

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