2008/10/24

ハムーンとダーリャ(’08)  イラン

昨日東京国際映画祭で、気になっていたイラン作品を見てきた。公開情報は見かけないので一応ここに。全席指定、インターネット予約で大まかに前方ブロックを選び、割り当てだったのが前から2列目中央、通常視力の関係もあって大体5列目中央辺りに座るけれど、今回先日の「buy a suit・・」の時より広い会場、大き目スクリーンで、やや前すぎな感、でも席の変更が出来るか聞きにロビーに降りるのも億劫で、結局その席で。ティーチインの時は間近で見られて良かった。

ある村の少年ハムーンと少女ダーリャの仄かな恋、いとこ同士らしかったけれど、少女の兄がその恋を嫌悪、頑として認めず、少年との接触に激怒され、せっかんされたり、というのも伝統的なイラン女性の不自由さ、が感じられ、やや遠くで楽器を弾く少年に、光のシグナルを送った小さな鏡、が無残にも、踏み潰されてしまった様が、この恋の困難な行く末の暗示のようでも。

少年の老婆と暮らす家の貧しさが、周囲の反対の原因のようでもあったけれど、少年がドタール、という琵琶のような楽器の弾き手であるのも一因のようで、兄とその仲間に暴行されたりの苦境、叔父の村に出稼ぎに行くことに。

前半、その村での、バラ水を作る元になる、ピンクのバラの花がついた木々や花弁の山、冒頭、少女が摘んで密かに少年に渡そうとする赤い果実、また、絨毯の元になる、色とりどりに染められた紐の束が風になびく様子、少女が母と織る複雑な模様の絨毯等は、「風の絨毯」('02)を思い出したり、女性達のまとう様々な色・柄のブルガと共に、エスニックな色彩の潤い。

紹介画面のバラの花弁の籠を抱えた少女は、ダーリャでなく、その村で少年に恋心を抱き、花占いなどしていたものの、少年の心はダーリャにあるので、報われない少女の方、だった。

後半、ダーリャが不治の病に冒され、占い師だか予言師だか、の老婆の、遠くの湖の黒い魚を生きたまま食べさせれば治る、という忠告に、少年や兄と仲間達が、徒歩やらくだで険しい道のりの旅に出る辺りから、寓話というか、おとぎ話色が強くなっていき、

途中サソリ、蛇、盗賊に出くわしながらの旅、荒涼とした砂漠のチャコール、少年や兄達の白いターバンや質素な身なりでの、索漠とした映像が続き、結局少年と兄だけが残り、兄が渇きから、苦労して手に入れた魚を入れた水まで飲んでしまうのに対して、これは彼女の命だ、と頑として自分の魚は守ろうとする少年の姿に、兄も心情的についに彼を認めた、と思うけれど、

娘も無事回復、でも少年は、結局自分は理解されず陰口を言われるだけ、と村を去っていく、というラスト。これにはやや違和感もあったけれど、ティーチインで最後に質問した女性が、原作もあると聞き、寓話によくあるようにハッピーエンドでないけれど、あえてこの結末にしたのは?と尋ね、エブラヒム・フルゼシュ監督は、「原作はハッピーエンドだったけれど、この少年はもっと戦わなければならない、と思い、この結末にした」、との答えだった。

また、何点か尋ねた人の質問の中に、音楽をする少年、という芸術家と周囲の摩擦、という意味があるのか?というようなニュアンスの問いもあり、その答えは、他の質問への答えと混じって、「7つの海の冒険の話のように、7つの試練を一つ一つ解決していく話を想定した」、のような内容で、通訳を通しての表現の難しさもあるのか、やや曖昧だったけれど、

それは私も引っかかった所で、少年のドタールが兄一味に壊され焼かれてしまったシーンが、音楽をする芸術的な純粋さ、と周囲との摩擦の象徴、にも思えた。

主演の少年役のメヘラン・ゴルモハンマドザーデ君も、フルゼシュ監督と共にティーチインに登場、撮影当時16才、今17才らしく、スクリーンでよりも長身の感がしたけれど、目元すっきりの楚々とした少年で、折にはにかむような笑顔、司会の女性によると、舞台裏でも、お水はどうですか、等と女性に気を使う優しさが、と。

フルゼシュ監督が冒頭、キアロスタミ監督やジャリリ監督の名を挙げ、イラン作品のリアリズムに則って、今回も舞台のアフガンとの国境の町で、メヘラン君を見初めて起用、ミュージシャンでもあるそうで、全くの素人、というのではないかもしれないけれど、少なくとも演技は初めてのようだった。

今回の来日が初の海外体験で、渋谷に行ったそうで、感想を聞かれ、美しい街で、全く違う世界に来たと思った、等とコメント。イラン映画の俳優を直に見たのは4年程前のイラン映画祭のシンポジウムで、「ふたりのミナ」の主演女優ファタメ・モタメダリア位で、少年は初めてだったけれど、

スクリーンでの質素な民族衣装で後半土や砂にもまみれたり、の姿から、目の前のV字首のTシャツとズボン姿、髪型もオールバック風に整えて、の姿に、見る側も、異次元から空間移動してきた、というような気も。8才から歌を歌い、今回ドタールも自分で演奏した、と。

監督によると、彼が撮影が進むにつれて成長していき、実は相手役の少女に少し本気で恋していたので、病気を心配するシーン等は真剣だった、等のエピソードも。そう言えば「風の絨毯」の少年も、相手役の柳生美結に恋してしまい、文通していた等と聞いた覚え。後日談は聞かないけれど。

イラン人監督を直に見たのも、3年前東京フィルメックスでトークイベントでのジャリリ、ナデリ両監督位で、フルゼシュ監督は淡い口ひげがあり、穏やかそうな物腰ながら、毅然とした眼光というか、眼差しの人、という印象。日本では余り知られていないけれど、海外では寡作ながら評価されているベテラン、とのことで。

作品について、純粋さが真の愛情を生むと思うし、エロティックなシーンは入れないようにした、とのコメントだったけれど、多くを語り合わない(環境的に語り合えない)故の、余分な混じりもののない純愛の印象、でもあり、イスラムという文化風土の背景、もあって、純粋さと周囲との摩擦、それを超えるための苦難、という皮肉、とまでいかなくても、ある生き方をする人生の戦い、の象徴のようでもあり、

寓話的で筋的に最新劇場で見たイラン映画、ジャリリ作品「ハーフェズ ペルシャの詩」と重なるような部分もあったけれど、イラン版ロミオとジュリエット、との呼び声にしては何だか抽象的だった「ハーフェズ・・」よりは、こちらの方がそういう感もあって、

前半のイラン風物のカラフルな映像美+音楽や果実で気持ちを伝えあったり、いざとなったら相手のため危険を顧みない邪心のカケラもない恋心、巷の駆け引き劇には辟易、だと新鮮さも、という味わいのエスニックおとぎ話、という余韻だった。

アジアの風部門でイランの「少女ライダー」('07)もあったけれど、都合も厳しく、まあこの「ハムーン・・」の方が興味あって見られて良かった。昨日の映画祭デイリーニュース新聞の、コンペ部門の5新聞のジャーナリストによる星取表では、上映あった6作品中、「アンナと過ごした4日間」が一番星が多く、「コトバのない冬」「がんばればいいこともある」と続いていた。「がんばれば・・」は「イブラヒムおじさんとコーランの花たち」の監督作だったのだった。デイリーニュース新聞はバックナンバー在庫切れの初日18日分以外は持ち帰った。(http://www.tiff-jp.net/ja/lineup/works.php?id=9http://www.tiff-jp.net/ja/lineup/works105ハーフェズ ペルシャの詩http://www.stereosound.co.jp/hivi/detail

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