4歳になった僕は相変わらず朝起きてから夜寝るまで一日中恐竜に夢中だった。
それ以外に何か目的を持って生きていたり、日課があったのかというとそんなものはまるでない。目が覚めたらおきて、夕飯を食べたらぼんやりと睡魔に任せて寝てしまうという自堕落な生活を送っていた。
両親は共働きだったため、近所に住んでいるおばあちゃんの家に預けられたり、我が家におばあちゃんが遊びに来て夕方まで一緒に過ごしていた。
普通ならば共働きなら保育園に預けてもよさそうなものである。
むろん僕の両親も、最初は僕と姉を保育園に入れていた。
しかし、そこで僕が園児に噛み付くという事件を起こし、退園となったと母親は語っている。
果たして、この件は本当のことなのだろうか?
当時の僕は父親にも人見知りして顔を見れないくらいの内気というかイジケた少年だった。近所のおばさんからもこれを裏付けるように「挨拶をしたら逃げられた」とか「笑いかけたら泣かれた」など当時の貴重な証言を得られた。
そんな少年というか幼児が保育園という知らない人間の集まる場所で他人を攻撃したりできるだろうか?
この事態の異常さに気づいたのはさすがというかなんというか、保育士をしていた母親であった。完全に理性が失われて、攻撃性が表面化するほどのストレスを感じているならば、さっさと退園させておばあちゃんのお世話になろうと決めたらしい。
まあ これが正しかったのかは別として、4歳の僕は日課と呼べる日課もなくただ毎日を死に向かって浪費する老人のごとく穏やかな生活を送っていた。
そんなある日のことである。
たぶん夏の日だったのだろう
うちでは親が冷え症なためクーラーを使う習慣がない。
暑ければ扇風機を回して窓を開ける。そして玄関も開けて風の通り道を作るのである。
4歳でも親のやり方を見てればわかったし、そもそもおばあちゃんもそういったことをたくさん教えてくれた。
その日も窓は網戸にしてあり、ドアは半開きの状態になっていた。
どんな人間でも容易に侵入可能な状態だったといえるだろう。
そして事件はおきた。
昼過ぎくらいに、なんだか玄関でばたばたと何かが動く音がする。
気になった僕は恐る恐る音のするほうに歩いていった。
すると玄関には思いもよらない珍客が紛れ込んでいた。
ものすごい高速で空中を動きながら壁を巧みによけて徐々にこちらに近づいてくる黒くて動く物体。
びっくりするほど大きな目と透き通るような羽を持つそいつは初めて生でみるトンボという生き物だった。
さすがの僕もトンボという生き物の存在は知っていたが、絵や図鑑でみるトンボはせいぜい指先に止まらせることができるくらいの手のひらよりも小さいものだと思っていた
しかし、今自分の目の前にいるこのエイリアン風の飛行生物はどうだ?
指なんかに止まらせようと差し出したら噛み千切られそうな勢いである。
サイズも4歳の男の子の手のひらサイズなんてもんじゃない。父親の手よりもはるかにでかいのだ(というふうに見えるのだ)
あわてて隣の部屋で涼んでいたおばあちゃんを呼びにいくと、おばあちゃんもひどくびっくりした様子だった。そして衝撃の言葉を口にしたのである
「あらこんなに大きいのは珍しいね」
「オニヤンマみたいだね」
「オニヤンマみたいだね」
何度もエコーして心に響くその名前…
なんとその生物はトンボではなかったのだ!
鬼…でヤマンバ?
なんだと!?
オスなのかメスなのかもわからないその名前はとにかく僕に恐怖を与えまくった。
しかしそれよりも衝撃的だったのは、おばあちゃんがそれをいとも簡単にひょいっと捕らえたことである。オニでヤマンバなこの凶悪生命体をやさしそうなおばあちゃんがつかんだかと思うと、その辺においてあった大きな虫かごにぽいっと入れてしまった。
当然「鬼ヤマンバ」は激しく抵抗し虫かごのなかで暴れまわっていた。
しかしやがて夕方になり、涼しくなってくると「鬼ヤマンバ」もつかれたのか虫かごの上の部分に捕まって休み動かなくなった。
しかしたまに目がぎょろっと動くのがとにかく怖くて、早く母親が帰ってこないものかとびくびくしながら待っていた。
やがて幼稚園から姉がもどり(言い忘れていたが姉はこの時点で5歳であり幼稚園に通っていた)僕と大体似たような反応をしたが、「鬼ヤマンバ」というネーミングにはビビらなかった。
そしてようやく母親が帰ってきて「オニヤンマは大きなトンボの仲間である」というようなことを説明し、僕の恐怖をぬぐってくれたのだった。
そして三人で捕まえたオニヤンマを放そうといって、虫かごをベランダにもって行き虫かごのふたを開けた
オニヤンマは再び自由をとりもどし、都会の大空へと羽ばたいていったのだった。
…この話を書くために思い出してみるとあいつは本当にでかかったなぁと思う一方で、あれって本当にオニヤンマだったのか?という疑問が出てきてしまう
単に子供の目から見たトンボは以外にデカかったというだけの話ではないだろうか?
今となっては確かめるすべもない
さてその事件からそんなに経っていないある日曜日。
家族が珍しくそろって昼飯を食べているとまたもや意外な翼をもった珍客が迷い込んでくるのである
パート2につづく

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