前回、立禅における構造能力の獲得において、前鋸筋は重要なパーツであると書いた。
意拳、太氣拳の修行者に腕に触れると異常な重さ、強靭さを感じるのは、前鋸筋で肩甲骨を肋骨に対して強力にロックする機能を使いこなせているためであると考えられるが、今回は何故、前鋸筋にその様な役割が備わっているのかを考察してみたい。
二足歩行である人間は、進化の過程で四足歩行であった頃の名残りを残している。
前鋸筋もそのひとつである。
動物にも当然、前鋸筋に相当する筋肉がある。
人間の腕が動物の場合では前足で、前鋸筋の役割は人間の場合は肩甲骨の可動であるが、動物の場合、前足による骨格の支持である。
犬でも猫でも動物の行動を見ていると、歩いたりと云った四足で行動する時、前足が体幹の荷重を受け支える役割を担っている。
つまり、日常の行動の中での骨格を支えるだけの強さ、特性をあらかじめ持っていると言える。
特に走る時は、後ろ足で地面をキックして、前に大きく飛び出した身体を前足が受け止めつつ身体を縮め、次に後ろ足でキックして身体を伸ばし、前足で受け止めつつ身体を縮め・・・の繰り返しとなる。
それだけの強い負荷をある程度繰り返しても、それに耐え得る強さを備えているということである。
前方に激しく移動していく身体全部の大きな荷重負荷を前足が受け止める場合、股関節の様に骨盤に大腿骨が直接連結していると、その衝撃も大きなものになって前足の損傷も甚大であり得ると思われる。
これが肩甲骨が肋骨に直接連結されることなく、前鋸筋によって間接的に連結されていることで、肋骨上を滑るように可動する構造になっており、これが前足にかかる急激な負荷を自在にコントロールできる様な構造上の特徴となっている。
人間の場合でも、肩、肩甲骨は大きな負荷を受け止めつつも、上腕骨は自在に動くことを可能とする構造的な特徴をあらかじめ備えていると言える。
しかし、人間は四足歩行から二足歩行に進化して前足は腕としての役割に変化している。
そのため、通常は動物ほどの支持機能を引き出せていないと思われるが、前鋸筋を優先的に機能させることができれば、大きな労力を必要とせずに肩関節の根元を支えることができ得ると思われ、その様な特性を実はあらかじめ持ち合わせていると言える。
立禅の際に手首、あるいは手のひらあたりを肩の前に置く様にすることで、三角、三角力と言われる強靭な形状を得るが、動物が立っている時も、前足は肩の真下であることを考えると、この腕の三角形、三角力は動物の前足としてすでに備わっているはずの構造力の特性を引き出しているとも言える。
動物の肋椎はやや縦長なのに対して人間の肋椎はやや横長なので、腕立て伏せの様な体勢では意図的に肩甲骨を前に移動させて動物のそれに近づける必要があると思われる。
その様にして動物本来の前足としての肩の骨格の支持機能を引き出しつつ、さらに強化していくのが立禅の形ではないかと考える。
その様な特性を認識して鍛錬された腕が、攻撃の道具にも防御の道具にも変化する。
さらに、肩甲骨が前側に移動した型は脊柱全体に備わっている構造力を引き出すことにも結びついていくが、次回は脊柱全体の構造力と、ハムストリングなどの運動機能のつながり等を考察してみたい。
うちの家族の一員にして、私の武術の師匠(?)でもある「みやちゃん」(♀)。
座っている時も歩いている時も、前足がその骨格をしっかり支えています。
太氣拳成道会
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