2009/10/30

La Danse A Cent Temps  お稽古事

さていよいよ初日。のんは相変わらず薬のお世話になりながら参加。
大丈夫かなぁ、熱で倒れないかしら、薬のせいかおなかゆるめだったけど
途中でトイレ行きたくならないかしら、機嫌悪くて泣き出さないかしら・・・
と演技以前の心配がいろいろ
だったらやめた方が・・・と今日も迷いながらのむりやり参加です。

普段の練習はもちろん、全体のリハーサルの時も
先生「びっくりさせたいからご両親は退場!」
と追い払われていたので内容を見られるのは今日が初めて。
学校のspectacleのときにも思ったけど、フランス語には学芸会・
発表会といった単語はなくみんなspectacle とお知らせがきます。
学校のスペクタクルは小さい子から順に各クラスの出し物のダンスを
していたのでまさしく学芸会のイメージだったの。今回も生徒たちの
発表の場だから、日本でいう発表会をイメージして行ったらちょっと
違いました。

La Danse A Cent Temps  ダンスの100年
というスペクタクルの名前どおりちゃんとひとつの
ショーになっていたのです。

帝政ロシアで発展したクラシックバレエから抜け出てモダンバレエへの
扉を開いたバレエリュス (ロシアバレエ団)という20世紀初頭に
ヨーロッパを中心に活動した一大バレエ団がテーマ。ディアギレフという
演出家が率いたこの一団は、発足からまもなくフランスに本拠地を移し、
パリでの初公演を果たしたのが1909年。

以下プログラムからの抜粋
“ロシアのアカデミックなバレエ技術の基礎を持ちながらも、
それまでの伝統的なバレエの常識を打ち破った新しい振り付けで
観客を驚かせ、次々と新作を発表”
“ニジンスキーの時代”
“第1次世界大戦とともにフォーキン(振付師)が一団を去る”
“世界大戦の波を逃れてスペインへ移動後新しい振付師マシーン
 を迎え、スペイン舞踏を意欲的に取り入れる”
“ピカソやコクトーなど当時の他芸術の天才たちとのコラボレーションを
 果たし、新境地をひらく“
“戦争の悪夢に背を向けるかのようなチャールストンの大流行”
“ニジンスキーの姉ニジンスカの影響をうけた新作の発表”
“1929年、創始者の突然の死とともに解散“

とロシアバレエ団のパリ公演から100年、というテーマにそって、
一座の演目や当時の生活や流行を組み込んだ振り付けになっています。

そもそものんの通うこの教室はクラシックの先生一人、ジャズ・
タップダンスの先生一人、とジャンルの違う先生二人でやっているので、
合同発表会はすでにコラボ。ジャンルを越えたダンスの祭典として
みんなにスポットをあてながら、観客にバレエ史の一部を紹介して
しまうなんてすごく考えられているなぁと感心しました。

生徒の進歩の度合いとか体力とか、そいうことを考えて2年に1度
なのではなく、テーマを決め、ショー全体の構想をし、演目の選択、
どのクラスにどれを振り当てて振付し、年齢さまざまな生徒たちに
習得させ、衣装を考えて、作って、実際にすべてを総合して
踊らせるまでにそれぐらいの時間とエネルギーの蓄積が必要なのだと、
先生のおっしゃってた本当の意味がようやくわかりました。

こう書いてくるとなにやらすごいショーのようですが、
もちろん技術的にはかなり大きい生徒たちでもフリを間違えちゃったり、
ふらついちゃったり、するんですけどもね
でも何年も努力してきている子達がこうなんだから、どんな時でも演技の
表情を崩さずに踊り続けるプロってやっぱりすごいんだな、と再認識。

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そうそう、肝心ののんは、
ちゃんとやりましたよ。
いじらしいくらい一所懸命。





さてのんはどこにいるでしょう?
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