2010/12/9

幼稚園終了  幼稚園・学校生活

日本の学校のように式のないこちらの学校。
入学式もなければ卒園式もありません。

学校も残すところあと2日だし、のんは今年の先生ととっても
相性がよかったようで大好きだったので、

ママン「そうだ、この前のスペクタクルのときに一緒に撮って
もらった写真をもらってもらうことにしよう」

ひと言添えようとのんに今年先生としたことで
何が楽しかった?どんなところが好き? 
といろいろきいてみたけど

のん「わかんない」
ママン「“あたしが先生ね“ってよくママンを生徒にして
    遊んでたじゃない」
のん「じゃぁそう書く」

そうね、のんの思いに近いかもね。

「大きくなったら先生みたいな先生になりたい」
と書きました。



今朝学校に行って渡すと
先生「まぁ、これ私に?ありがとう。まぁ、先生うれしいわ」
ととても喜んでくれました。

1日早いけど、と持って行ったんだけど数日前に亡くなった
ジャック・ラフラワー氏の葬儀のため、お役所・学校は明日
休日となります、という突然の知らせにより、
今日で今年の課程は終了してしまいました。
よかったわぁ、間に合って

ジャック・ラフラワー氏は80年代後半ニューカレドニアに
独立の波が押し寄せた頃、思い切った策をとれなかった当時の
総督に代わって独立推進派との交渉を重ね“住民による投票で
決めましょう”という案に独立推進派のリーダーを合意させた
平和の立役者だったそうです。その後も、フランスによって
すべてが決定されるいわゆる植民地から、ニューカレドニア独自の
議会を設立し、ここのことは基本ここの議会で決定できる自治領
への変換を支えた人で、独立を食い止めたフランス側からは
もちろん大部分のメラネシア系にとってもニューカレドニアの
ために貢献したカリスマ政治家(すでに引退されていましたが)
として尊敬されていたんだなぁと、今回認識を新たにしました。
そして肝心の独立・・・住民投票の結果、
10年後にもう一度投票しましょう、そして
さらに2014年から18年の間のいつかにもう一度投票しましょう、
と決定はどんどん先送りされて今に至っているわけですね。

それにしても、もしここが独立していたら私はもしかしたら
ここへ来ることはなかったかもしれないし、来てもすぐに
帰っていたかもしれない。
万が一今のように結婚して子育てしてても公用語はカナキー
という現地の言葉のひとつだったかも、いやそしたらやっぱり
日本に一緒に移住してたかな? 
いろいろ考えると不思議。政治(家)は不特定多数の人の
人生をほんとうに大きく左右するものですね。        

のんが小学校を終える頃、中学校を終える頃にはここはいったい
どうなっているのだろう・・・と考えてしまいます。
答えなんてでないけど。
何はともあれ、今日で(アッサリ)卒園です
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