兵庫県教育要覧  教育のはなし

 先日、京都府立総合資料館で「京都府教育便覧」を書庫から出してもらって、主に府北部の学校に注目しながら、新制高校がスタートして軌道に乗り始めた1950年代から60年代の公私立高校の変化について、一日中眺めてみた。
 京都府北部には「丹波」と「丹後」の2つの国があるわけだが、丹波は明治政府によって京都府と兵庫県とに分断されたわけだし、丹後だって但馬との関係はとても深かったはずだ。となると、京都府北部のことを考える上で、兵庫県北部について知らないわけにはいかない。
 というわけで、兵庫県立図書館に行って、「兵庫県教育要覧」を見せてもらってきた。残念ながら1960年以降の所属が途切れてしまうので、そこから後は「全国学校総覧」でつなぐことにしようと思うが、いちばん古い1952年版には、生徒数は書かれていないが、分校がどの小中学校に間借りしているかが記載されており、なかなか興味深い資料であった。
 阪神間における私学の隆盛については、湯田拓史『都市の学校設置過程の研究 阪神間文教地区の成立』(同時代社、2010)という歴史研究があって、また中山間部の分校については、山岸治男『農村における後期中等教育の展開 新制高等学校分校制度を中心に』(学術出版会、2009)において新潟や大分の事例が紹介されている。しかし、高校教育全般として考えた場合、この両方の「学校設置」を架橋することができていないので、これができればおもしろいのだけれど、なかなかうまくいっていないのが現状である。
 京都府と兵庫県の中山間部がつながっているのであれば、同様に、京阪神都市圏もまた鉄道によってひとつのブロックを形成している。となると、次は大阪府立中之島図書館に行く必要があるというわけだ。
 夏休みの自由研究といったところか。
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