大部屋における机の使い方の作法  世の中のはなし

 今日は伏見港公園体育館で合同練習。近くて便利。
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 金正日総書記が「亡くなった」という言い方を、拉致被害者家族の前で口にしたテレビ司会者氏がいた。思わず口をついて出たのだろう。死者に鞭打つべきではないという日本的美徳なのか、あるいはまったく何も考えていなかったか。
 「ビンラディンが亡くなった」「フセインが亡くなった」「カダフィが亡くなった」とは言わなかったような気がするのだけど。

 ところで。
 研究室でプロジェクトのミーティングをしたときに気づいたのは、他の部屋でやったときもそうなのだが、「このイスは○○さんのだから座らないで」「その机はさわらないで」という、共同研究室であってもあくまで「個人研究スペース」なのであって「大部屋」ではない、ということだ。
 自分がいい加減なだけかもしれないが、いつも学校の職員室で、空いている机で勝手に仕事したり、話をするときに席を立っている人のイスを借りて座ったり、ちょっと採点用の赤ペンを拝借したりすることがあるので、なかなかこの感覚は新鮮であった。
 教科ごとの職員室を採用している学校の中には、なかなか教員集団としての連帯意識が生まれにくい面がある、という話を聞いたことがある。同僚意識を高めるというのは、「大職員室」の効用のひとつだといわれている。
 教師の仕事が一見個人戦のようでも、最後は団体戦であるのに対し、研究者の世界は、最後はあくまで孤独な戦い。職員室・研究室のつくりにも、そのことが表現されているのである。
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