トランス・サイエンスとイラン経済制裁と原子力発電所  読書メモ(09.6〜)

 EUもイランへの経済制裁に踏み切ることになった。イランはホルムズ海峡封鎖をちらつかせている。海峡封鎖が行われれば、原油の8割を中東に頼る日本にとってダメージは明らかだ。
 ギリギリまで腹の探り合いが行われるのだろうが、万が一、ということもある。実際に海峡封鎖が行われなくても、保険料や輸送費の高騰は避けられまい。
 どうしても原発を動かしたいという人たちは、電力供給を過小評価して電力不足を煽るという姑息なことをやったそうで、どうやらまだ全然反省していないらしいし、原子力はまだ人間がコントロールできる技術ではないということは百も承知で、そしていつ次の大震災が来てもおかしくないということもわかった上で、海峡封鎖に備えて原発を動かす可能性について議論することは、必死になって新エネルギー開発を進めることと並行して、夏までに必要なことではないかと思う。これこそ国民投票にふさわしいテーマではないのだろうか。
 これは、原発の技術論ではなく、どのような社会のあり方が望ましいかという、きわめて政治的な問題である。

小林傳司(2007)『トランス・サイエンスの時代』NTT出版
 BSE問題や原発問題を例にあげて、科学と政治の交錯する「トランス・サイエンス」という「科学にとって問うことはできるが、科学によっては答えることのできない問題郡からなる領域」(ワインバーグ)について、私たちがどう向き合うことができるかを論じる。
 ここでは「市民性の育成」がキーワードのひとつとして登場する。つまり、科学者・専門家に解答を求めることはできず、その責任を科学者の負わせることも困難であり、また手続的な瑕疵がなければ合法とする現在の司法判断の限界も踏まえ、考える「素人市民」の政策過程への参加が期待される。
 静岡県の河川改修をめぐる会議をリードしたNPOによれば、「日本の総合学習のねらいは、どちらかといえば、個性を生かす教育の延長線上で、個人としての「生きる力」に重点が置かれている。アメリカのサービスラーニングは、むしろ「市民性の育成」という社会性に重点が置かれている」と指摘される(p.210)。
 これが「シティスンシップ教育」のゴールと考えてよいのだろうか?
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