政策立案に役に立つ教育学  教育社会学

 最近、「政策立案に役に立つ教育学」というのが一部で志向されているようだが、それが何なのか、正直あまりよくわかっていない。
 少し前のことだが、あるシンポジウムに参加して、学校に入って調査していた大学院生さんの報告に、どこかの教育委員会の人が質問をした。そのときの院生氏の回答が、「自分が現場に入って調査して、そこで考えた結果がこれです!」みたいな開き直りをしたので、驚いたことがある。もちろんそれは彼個人の資質なのだと信じたい。
 たとえば、新薬をつくるとき、膨大な実験を重ねてようやく安全性が確認されてから承認がなされる。その際のデータは、p値が小数点以下6桁でも7桁でもまだ「大きい」と判断されるはずだ。
 それが、社会科学の世界では、5%水準で有意であれば、つまり20回に19回というレベルで、クリアされることがある。そんなデータに基づいて世の中を動かせば、薬の世界と同じく、間違いなく「副作用」が表れる。
 もちろん、「○○をもっと学校教育に!」「○○を学校の中心に!」とかいうロマンにあふれた政策提言もあってもよい。しかし、これもまた、その副作用についてはたいてい答えてはいない。
 となると、「政策立案に役に立つ教育学」というのは、あくまで教育技術の向上というレベルに止めておくのが、「副作用からの安全性」ということから考えると、好ましいということなのだろうか?
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