コクミンフザイ  政治のはなし

 大学3回生の政治過程論のゼミで、政界再編について議論していたときのこと。
 誰かが「国民の意見を云々・・・」「国民不在の云々・・・」と発言した。そのとき、間髪入れずに教授が「国民って、誰のこと?」と発言した学生に突っ込んだ。
 国民によって選ばれた政治家は、彼らの支持者の意見を重視する。巨大な利益集団を支持母体に持った国会議員もいれば、少数意見を背負って国会にやってきている議員もいる。民主党議員も自民党議員も社民党議員も共産党議員もみなそうであり、議会制民主主義とはそうした多種多様な「国民の声」を大前提とする。政治過程論というのは、そうしたものの基底にある構造を、アクターの行動を通してくみ上げていく学問なのである。
 それ以降、ぼくは「国民」という言葉を使わないで政治を考えるようにしてきている。20年近くそれでやってきて大丈夫なのだから、おそらく政党政治を語る上で「国民」概念はあまり必要ないということだ。定義も中身もはっきりしないマジックワードは、軽々に使うものではない。
 
 民主党代表選が行われ、もしかするとこのまま民主党は分裂してしまうのかもしれないし、また総理大臣が挿げ替えられることになるのかもしれない。
 今の民主党のドタバタぶりを評価するものではないが、2点だけ確認しておかなければならないことがある。
 第一に、民主党代表選はずっと前から決まっていたことなので、本来ならばここまで鳩山政権を引っ張るはずだったということ。それではなぜこうなったかというと、普天間問題や小沢氏の政治資金問題があったこともあるが、もっとも大きかったのは参院選を控えていたことである。つまり、衆議院議員選挙の4年に1回(実際には2〜3年に1回)に加え、最近では3年に1回の参議院議員選挙も政権選択選挙の様相を呈しているため、12年で最低7回の政権選択を行うのが現在の日本政治である。つまり、日本政治の安定のためには、まずは参議院議員制度改革が必要だということになる。
 第二に、小沢氏の「政治とカネ」の問題は、書類上の問題、あるいは解釈の相違の問題であるということで、しかも検察が強制捜査によって2度も不起訴とした事件であるということ。李下に冠を正さずというから、疑いをもたれることは恥じるべきであるかもしれないが、だからといって「疑わしきは罰せず」「推定無罪の原則」が適用されることについては、あれだけ冤罪事件が問題となったにもかかわらず、一向に主張されないということは、気持ち悪いということ。

 小沢氏が首相になったとしたら、直ちに、政権公約であった「記者クラブ制度の廃止」と「官房機密費の公開」を行っていただきたい。きっと大手マスコミは震え上がることだろう。
 ちなみに、鳩山氏が小沢氏を応援する理由が「実は小沢氏が鳩山氏を辞めさせたのだが、表向きは鳩山氏が小沢氏を道連れにしたから、その恩義があるから」と、したり顔で解説していた政治部記者がいた。「それならお前はなぜ今まで虚偽の報道を続け、本当のことを黙っていたのか」と突っ込む人は、スタジオには誰もいなかった。
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