2008/4/21

良識を持った人格  
 自信を持てるものを持っている・持って無いでは大きな差がある。だがこの自信を持つ意味が間違ってしまったら、それは逆に不幸となる。
 観衆から沢山の賛辞をもらったり褒められて、自分は凄いプレーヤーだと自信を持つ。その気持ちを持つことはいいことだ。だが、それを鼻を高くして見栄を張ったり格好をつけたりでは、逆に自分の人格を下げていることになる。すばらしいプレーヤーは良識と人格を持った人であってほしいと思う。そんな人を育てるのが最終の目標である。
 先駆者達は見栄を張ってはならない。どんなにメンバーが凄い技術を持ってもそれを見せびらかす姿勢を持ってはならない。プレーヤーには自信や誇りは持ってもらいたい。そして同時に謙虚さと人を思いやる気持ちも持ってもらいたい。
 大人の権力で子供達を利用してほしくない。子供達の為の事業や出演機会を作っていくのが大人の役目だ。それが大人の見栄の為になったものがないだろうか。子供達は太鼓が好きだ。そんな太鼓が好きな純粋な気持ちを育て、人格を持った人を育てる事業が必要になる。
 25周年のこの年、式典や記念演奏会を開催することは大人の見栄とならないだろうかと感じている。だが、全く何もしないことにはならない。今の幼い子供達の為の25周年事業を考えたいと思う。それは具体的な事業とならないかもしれない。だが、25年の歴史の中にいるメンバーの一人と感じ取れるものにしたい。
 やりがいと自信と誇れるもの。難しい課題だ。だが、メンバーにはそれを持ってほしいと思う。そして良識を持った人格者になってほしい。
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