2009/2/10

採点は難しい  
 某〇キー連盟の検〇の責任者を10年余り務めた。就任した当初はスキーのバブル時代といっていい頃で、〇定には大勢の〇キーヤーが受検しにきた。最初に取り組んだのは検〇会の運営であった。その運営方法が軌道に乗ってそしてその次に取り組んだのが〇定員の採点そのものだった。だがこれは難題だった。
 検〇員は準〇導員と指〇員が検〇員資格C級・B級を取得できる。検定は3名の検定員で採点してその平均点が点数となる。構成は1名の主任検〇員と2名の検定〇である。B級は指導員資格取得者が取得できて主任検〇員資格を持つ。C級は準〇〇導員が取得でき検〇員資格を取得できる。ちなみに私はA級検定〇の資格を取得していた。A級は準〇導員検定や指〇員検定などの検定が出来る資格ではあるが地区の連盟での活動では殆ど無用の資格である。
 実際にはどんなに資格を持っていてもその採点が出来る資格者は限られていたのである。採点者によってその採点はばらばらであった。また経験のない指〇員もいっぱいいた。講習は出来ても評価が出来ない。これでは一人前の指〇者とはならない。出来るだけ多くの指〇員に検定を経験させ勉強をしてもらうことにしたのであった。しかしそれは様々なトラブルが起きたりパッシングも受けた。批判を受けてもそれでもその方針をつづけていった。ここで一部の指導〇に検定をゆだねたらこの組織の全体のレベルは上がらないと考えていたし一人でも多くの一人前の指導者を養成したかった。更には勉強会や採点の模擬も行った。
 しかし、今でも採点をすることは非常に難しいことだと思う。指導することはたえず上達を目指す事である。だが、採点はそのレベルがどこまで進んでいるかのバロメーターである。私がここまでと思っていても他の指導者の評価が違えば点数は変わってくる。更には人の人情も加わる。自分の教え子にはどうしても甘くなる。厳しい指導はしても採点は甘くなるのである。
 タイムレースのような採点なら検定眼も人情も何もない。太鼓の採点はス〇ーよりももっと複雑だろう。採点者を批判するのは余りにも気の毒というほかない。どの採点者も納得いく太鼓を演奏するしかない。
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