岩淵水門  暮らし、生活

東京の実家へ母(93歳)の様子を見に行って来ました。
生まれ育った故郷は、ブラタモリでも紹介されていた東京北区の通称「赤水門」のすぐ側です。
ここの岩淵小学校に通っていたので、学校から帰ると毎日この水門の土手で遊んでいました。
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荒川、新河岸川、荒川放水路、隅田川の合流分岐の重要な場所です。
建設省の敷地にもよく潜り込んで遊んでいました。
現在は国土交通省岩淵水門資料館のような立派な建物があって見学自由なようです。
写真は少し先にある現在の「岩淵水門」です。
右側のマンション奥にスカイツリーが見えました!!
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ここで遊んでいたのは昭和33年〜44年ごろで、対岸の埼玉県川口の鋳物工場のキューポラからもくもくと排煙があがり夕暮れになると赤い炎も見えていました。
そしてここは、映画やテレビドラマの撮影場所でした。なにしろ毎日ここで遊んでいるのだから、撮影にもよく行き会いました。吉永小百合さんは当然ですけど、東映のヤクザ物の撮影で鶴田浩二さん、鉄道公安36号というドラマ、吉沢京子さん桜木健一さんの柔道一直線もよくここで撮っていました。

土手で足リ回った後は、ビー玉やベーゴマが遊びの定番でした。このベーゴマは川口の鋳物工場が作ってたんですね!
そして現在、キューポラのあった街は工場跡がマンション郡になっています。
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