2014/6/17

人は双手の音を知る  福島の猫たち

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さえぎる緑の向こうに見える鳥居



前回のブログ記事の続きです。



空ぶりでした。




にゃんこはうすには具合の悪い子が複数いるので、
捕獲器をかける場所を国有地化が予定されているところに限ってかけたのですが。

先月、思いがけない場所に付けたモーションカメラに首輪付きの三毛猫が映っていたので、
なんとかその子を保護したいと前回とは少し違った工夫をしたのですが。


震災前はその子は何歳だったのだろう。

猫にとって1年は4年分の歳月というから、あの子は3年間(あの子にとっては12年間分?)、人がいなくなった場所で過ごしてきたのかと思うと。


暗闇の中で。

金属製の捕獲器の周りにしばらくいて。くんくんとにおいをかぎ回って。


捕獲器に入るのは怖いのだろうな…。

小柄で。



おいで、一緒に行こう。と、ずっと心の中で話しかけているのですが。



最善、最高のタイミングというのがあると信じて。


*****

写真は、以前新聞記事に載っていた大熊町の神社です。

うっそうとした緑に隠れてわかりにくいですが、木の鳥居が見えるでしょうか。

一年に2回だけ、春分と秋分のその日、その神社から「日隠山(ひがくれやま)」に向かって日が沈む様を見ることができるのだそうです。


参道すらよくわからない場所。


地図を見てもよくわからないところを、ゆきちゃんが連れていってくれました。ありがとう。


自然を敬い、神社をつくり、まつるということ。

そこに住まわせてもらっていることへの感謝の気持ち。

昔からの営み。

それらすべてが、封印され、忘れ去られようとしていること。


このあたり一帯が、汚染された土のごみ置き場になろうとしているのか。



とても不遜で、おそろしいこと。

人間がしでかしたことの重大さ。


その集落が40世帯足らずだから? 

話し合おうにも、あちらこちら散り散りになり、それぞれの思いが
以前、そこに共に暮らしていたときとは異なってしまっていることを見透かすかのように。

血の通わない政策。


それでも、一度暴走したら人間の力ではどうしようもない入れ物をなおも作り、再稼働しようとしているのなら。

自分たちが住むところにつくればいい。

自分たちが住んでみればいい。



緑をかき分けて上るのはためらわれたので、鳥居の前で柏手を打ってみました。


誰もいなくなってしまった場所で、響く音。


柏手には意味があること。神社がその場所にあることにも意味があること。



次回こそ。


*****


※前の記事ですが、タイトルと中身がまったく関係がなくてすみません。

にゃんこはうすにいるときに「アナと雪の女王」の「ありのままで」をYouTubeで聴いて
ついiTunesで買ってしまったのでした。なんてパワフルな歌声。


人は愚かで弱くもあるけれど、こうして人の心を動かすこともできるのだから。


こうしたポジティブでまっすぐなパワーがあるものが、真逆なものを駆逐できないものかしら…

なんて、いろんなことを考えたり。


(散漫な文章ですみません)














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タグ:  ペット 被災



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