2012/6/2

東松島へ  東松島の猫

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石巻湾。右手に野蒜(のびる)海岸


この週末は福島へ行く予定でしたが、
急きょ約7ヵ月ぶりに、宮城県東松島市へ行ってきました。
高速を走っている頃、3時半頃にはすでに夜は明けて、
4時半頃にはあたりはすっかり明るくなっていました。


石巻市に隣接し、日本三景のひとつ「松島」の一角をなす東松島市。
人口約4万3000人。
震災で亡くなった方は1000人を超えます。
全世帯の約7割が全壊、大規模半壊、半壊。
市街地の65%が浸水地域というのは、
全国の被災市町村の中では最大の規模なのだそうです。

町にある航空自衛隊の基地も甚大な被害に遭い、航空機28機が水没。
ただ、9機あったブルーインパルスのほとんどはイベントなどのため
基地を離れており、被害に遭ったのは1機のみだったそうです。


空蝉さんと初めて東松島へ行ったのは昨年4月11日のこと。
プチポン出身の姉妹猫の捜索のために。
あの時見た光景は今も忘れられません。
ぐにゃりとねじられたガードレール、半分に折れた電柱、運河に浮かぶ瓦屋根、
車、がれきの山。黙々と捜索を続ける自衛隊の人たち。
なぎ倒された松…。

久々に訪れた東松島は。
がれきは跡形もなく撤去され、更地になったところ、
解体を待つばかりの空き家、修復して住んでいる家。
なんだか不思議な光景でした。

ひとつの町内の中で、住み続ける人、離れる人がいて。
以前の街並みを取り戻すのにいったいどれだけの歳月を要するのだろうと。
いつも行く福島のあの区域とはまったく違う、
複雑な思いが交錯しました。

メロン&レモンの里親さんと落ち合い、ふたりで運河の向こう側、
以前里親さんの家があったあたりをしばし呆然と立ち尽くして見ました。
防潮堤が壊れたのと地盤沈下のせいで、
里親さんの家があったところは…海になっていました。

運河から海に近い側は建築許可の下りない居住禁止区域になっており。
かつてそこにいくつもの住宅が立ち並んでいたことが信じられないほど、何もなくて。

いっそ風力発電所をつくるとか何かを建てて役立ててほしいわと、里親さんが言いました。


好天だけれど風は比較的冷たい、海に近い町特有の風が吹いていて。

味噌汁まで用意して手作りの朝ごはんをもってきてくださった里親さんと
ふたりで車の中で食べて。おしゃべりをして。
「あの時」のことは去年お会いしたときも聞いていたのだけれど、
一年が過ぎて改めて「あの時」を語る里親さんの口調は、
一年前とはずいぶん違っていました。
去年お会いしたときはまだ、ショック状態にあったのだなあと思いました。

津波が到達するまで50分。
その間、車がない近所のお年寄りを車に乗せて、その方の親戚の家へ届け、
再び自宅に戻ったけれど猫たちの姿は見えず。
仕方なく、ひとりで車で避難することに。

運河に架かる小さな橋の一つは封鎖され、
残るふたつの橋も渋滞で車はほとんど進まず…。
それでもどうにか渋滞を抜け、とにかく車で遠くへ行こうと決めて。
(なぜか、石巻方面へ向かう車がけっこうあって、
どこか高台があるのかしらとも思ったけれど、
とにかく川沿いの道を遠くへ逃げようとしたの)

そうしたら。

交通整理をしていた警官が、「どこに行きますか?」と聞いてきたのだそう。
「とにかく遠くへ」と答えると、
「ああ、それがいい。あちらには行かないほうがいい」と、
その人はなぜか避難場所に指定されている方向を指さして言ったそうです。

(実際、その避難場所は津波に襲われ、命を落とした人がいたそうです…)

今思うと、警官が指定避難場所には行かないほうがいいなんて、言うのはおかしいわよね。
と、里親さんがつぶやきました。

なんだか…。
警官の姿を借りて、誰かが里親さんに警告を発したような。
守ってくれたような…。

そうなのよ。私、何かに守られている気がするの。
そう里親さんは言いました。

*****

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カモミール


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小判草(コバンソウ)



ハーブが大好きでいろいろな植物を育てていたというあるお宅の敷地裏には、
種が飛んできたのかポピー、矢車草など珍しい色の植物が咲いていました。
海水に浸った土地でも、こうして花が咲くなんてすごい。


そして夕方、里親さんの新居におじゃましました。

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左・レモンちゃん 右・メロンちゃん


先住のお兄ちゃん猫はさっさと雲隠れし、
逃げ遅れた姉妹猫がベッドの中で固まっていました。

久しぶり! 元気そうね。よかったねえ。

何を言っても固まったままのふたり…。

あきらめて、屋上に案内してもらっているうちに、
ふたりが逃げ去る首輪に付けた鈴の音が階下に聞こえました…。

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帰るまで、とうとう3匹とも姿を現しませんでした。



東松島市へは、ある猫一家を捜しに行ったのですが。
あたりがすっかり暗くなる夜8時頃に、ようやく母猫の姿だけ確認しました。ふう。

解体予定の空き家に残された布団には、
猫がくつろいだであろうくぼみがありました。
泥がたくさん落ちていて、足跡もあって。

土地柄か、砂のような地面のあちこちに猫の足跡がありました。

でも。

いつも行く福島のそれとは明らかに違う。

福島は…。
去年の3月11日から時が止まったまま。
けれど、確実に荒廃と腐敗、崩壊は進んでいて。
ゆっくりと、希望をまとう未来とは別のところへ時が進んでいるかのような…。

ここ、東松島は。
人が住まない家に猫の気配があったとしても、
それはとても行儀のいい。
なんというか。片づけられた家に寝床だけ求めて入ってきて。
確かにマーキングの跡もあったけれど、「荒廃」という感じはまったくなくて。

なんだか。

うまくいえないけれど。

被災地とひと言で言うにはあまりに広範囲で複雑で。

ただ、かわいそうな猫をなんとかしたいと思って動いていても。

なんだか空回りしているだけのような。

里親さんとたくさん、楽しくおしゃべりできてメロンレモン姉妹に
一瞬だったけど会えたのが救いだったなあ。




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タグ:  里親募集 東北



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