晴耕雨読

淡々と日々の暮らしを立てるために働き続け、木々の緑、雨音、枯れ枝に架かる雪を密かに楽しむ。
老いては老いを楽しみ、若者の成長に目を細め、良い人生だったと感謝しつつ旅立つ。
こんな当たり前の人生が許されない世にはして欲しくありません。

 

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投稿者:早雲
参考LINKです。

安楽死/尊厳死に関する基礎資料|Center for Biomedical Ethics and Law
http://square.umin.ac.jp/CBEL/bioethics_data/euthanasia_death_with_dignity.html

安楽死・尊厳死法制化を阻止する会
http://soshisuru.fc2web.com/



http://sun.ap.teacup.com/souun/
投稿者:早雲
日本国憲法擁護連合さま、こんにちは。
こちらこそよろしくおねがいします。
遅くなりましたが、トラックバックありがとうございました。長く充電してましたが、昨日から更新を再開しました。
これからもよろしくお願いします。
戦後体制の解体が恐ろしく進行し、反動的・翼賛化の嵐が吹き荒れています。
こうした情勢に危機感をもつ人たちが連帯して、新保守自由主義に対抗していきましょう。

http://navy.ap.teacup.com/union/
投稿者:早雲
>かくまきさま、こんばんは。
自己決定の危うさは、かくまきさまご指摘の通りですね。
終末期医療の質的充実をこそ最初に問題とすべきだと思います。
医療現場も、ベット数削減やら、入院期間の短縮など、期待とは逆行する話ばかり聞こえてきます。
医療は市場原理が原理的に働かない分野であることを念頭に置いて対策すべきなのですが。
>tetsuさま、こんばんは。
困難、苦しみの中で何とかして生き続けようと努め続けること、たとえ死が避けられずとも、その努力を止めないことに私は生命の尊厳を感じます。
知性は、生命に関われないと感じています。
bbukerさま、こんばんは。
#もし、終末医療の体制が整っていない状態で法制化され、尊厳死を希望する人が増えたとしたら、人ははたして尊厳を持って死を受け入れる事が出来るのか
経済的な理由で希望せざるを得ないとしたら、、、
生にこそ尊厳が有ると思います。
>変人キャズさま、こんばんは。
コメントありがとうございます。
貴ブログ:航空機事故、
イプサム・ブログ、[食べる事も、息する事も出来ない生]、
拝読いたしました。
残念ながら、生きるに値しなくなったときには、尊厳死(安楽死:苦痛無く死ぬ)したほうがよいと書かれているだけにしか私には読み取れませんでした。
もしそうであれば、私は記事中の西原祐治氏と同様の理由で同意できません。
私の理解が足りないのではないかと思いますが、よろしければ、ご趣意をご説明いただければと思います。















投稿者:変人キャズ
2005/6/15イプサム・ブログ、[食べる事も、息する事も出来ない生]、へのコメント、を此処にも転記致します。
意見が相違して申訳ないが、人数の少ない老人ブロガー同士のこと、ご寛容下さい:
@40年ほども前に、私が安楽死運動に首を突っ込む切っ掛けとなった体験談「航空機事故:http://kyaz.at.webry.info/200508/article_30.html」をTBさせて戴きました。安楽死運動自身に就いてのブログ記事はないので。 
安楽死協会が尊厳死協会に切り替わった時に、積極的安楽死を切り落としたのが不満で、私は運動から手を引いたのでした。
A尊厳死という言葉を使って話が出来るようになっただけでも、時代の進歩を感じます。
昔、安楽死協会の運動をしていた頃、厚生省の役人はこれを嫌って、法人格を認可しなかったため、任意団体の活動に限定され、行き詰まった。 仕方がないので、消極的安楽死に限定して、「尊厳死協会」が発足し、法人になれたため、現在の活動が可能になった。
日本では役人の存在が、文明世界への移行を、何時でも妨げる。

http://kyaz.at.webry.info/
投稿者:bbuker
早雲さんへ

こんばんは。

今まで尊厳死についてちゃんと考えた事がなかったです。

<「尊厳死の宣言書」の内容は、

(1)不治で死期が迫っていると診断された場合には徒(いたずら)に死期を引き延ばす延命措置は一切断る
(2)苦痛を和らげる処置は最大限に実施するよう求める
(3)数カ月以上いわゆる植物状態に陥ったときは一切の生命維持措置をやめる>

(1)、(2)を読んで、日本のターミナル・ケアの現状はどの様になっているのか(ホスピスなどの制度が整っているのか。誰でもが希望すればそこでケアが受けられるのか。どんな内容のケアをしているのか。)など、ふと思いました。

もし、終末医療の体制が整っていない状態で法制化され、尊厳死を希望する人が増えたとしたら、人ははたして尊厳を持って死を受け入れる事が出来るのか疑問に思いました。

T.Bありがとうございました。<(_ _)>

これから、いろいろ考えていこうと思います。

http://bbuk.cocolog-nifty.com/axyz/
投稿者:tetsu
いつもTBをありがとうございます。

沖縄に行ったとき、玉砕の対義語である「瓦全」という言葉を教えてもらったことを思いだします。尊厳死に憧れた時期が私にもあったのですが「生きながらえる値うち」を今は考えるようになりました。知性は信頼に値するけれど、万能ではないと思います。

http://orange.ap.teacup.com/tettyann2004/
投稿者:かくまき
 TBありがとうございます。少し前に、いつも聞いている朝のNHKラジオで、終末期医療を考えるという内容の話がありました。お話しされた方は政府の審議会の医師の方だったと思うのですが、名前は覚えておりません。その話のなかで、「苦しい思いをして病院で最後を迎える」「終末期のムダな医療」という言葉があったのです。これにはかなり違和感を感じました。(お話全部に違和感があったわけではありませんが)ことばが一人歩きすれば助かる命は捨てられ、よりよき終末を迎えるための医学的援助も金次第ということになりかねません。以前にもコメントしましたが、人間の決断はマスコミに植え込まれた「常識」とやらに結構左右されるのです。老人医療費が世間で攻撃されていた頃、年寄りだからと肺炎で自宅で死んでしまった人を思い出します。どんな年であろうが苦しいのは苦しいし、生きたいと強く思うのも年令に関係ないと思います。また、「苦しむようなことは何もしないで」と御願いしたつもりが、「まったく何もしないで」と受け取られて今でも本人の希望に添えなかったと苦しい思いをしています。終末期を病院でしか実際は迎えられないが、病院も忙しすぎですよね。そんな余裕あるとは思えません。

http:// http://inakadehoel.cocolog-nifty.com/kenpouomamoru/
投稿者:早雲
>ましまさま、こんばんは。
不可侵のはずの人の命が、少しずつ、少しずつ侵されて行く。
どこまで行ってしまうのでしょう?
>アルバイシンの丘さま、こんばんは。
サーバーおかしいかも知れません。TBに関する設定を全てクリアーしてみましたが、だめでしょうか?
#「先駆者」「パイオニア」たちの「勇気ある第一歩」からなのでしょう.
困ったものです。新自由主義の背景にはダウイニズムがありますが、ダウイニズムは優生思想と高い親和性があります。
弱い者が滅びてしまえば、強い者達だけの優れた世界になると本気で思っているのでしょう。
>農婦のなげきさま、こんばんは。
お話の様な例は、特に年少者には時々あるようです。
心停止中の回りの様子が聞こえていたという証言も有ります。
残された人々への負担、特に金銭的な理由で尊厳死を望む方も多いと聞きます。
生きられる限り生き続けることが「生命」としての義務と思いますが。その様に生き続ける命にこそ「尊厳」を感じるのではないでしょうか?
>ヘリオトロープの小部屋さま、こんばんは。
#尊厳死(安楽死とは違いますが)
元々は「安楽死」協会でしたが、途中改名しています。
私は、自分の意志で死を決定すると言うことには深く疑義を覚えます。
投稿者:ヘリオトロープの小部屋
TBありがとうございます。
私は安楽死を認めているオランダに移住したいくらいだと思っておりましたが(その考え自体が間違っていたかどうかには今は言及しないとして)、今の日本の風潮を見、奥田さんのような人が尊厳死(安楽死とは違いますが)協会顧問と聞くと、なにか嫌な感じを打ち消すことができません。「自己責任」がどこまで本当に自分のせいなのかと同様、「自己決定」が本当に本人が望んでいることなのか?
数ヶ月以上植物状態でも意識が戻った例もありそうに思いますが…
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