“悪魔の税制” 消費税よりの続きです。
消費税を間接税と称し「広く薄く負担する公平な税制」といった説明もされるが、頭が腐っているとしか言いようがない。
みなが可処分所得すべてを消費に使うのなら、その論も成り立つ。しかし、消費性向は平均的に所得額の増加につれて低下する。
消費しなくとも、貯蓄に回ってそれが貸し出しに使われるのなら固定資本形成に従事する人たちを通じて消費されるから問題はない。
しかし、「デフレ不況」では貸し出し残高が減少していることからわかるようにそれは期待できない。また、デフレ不況から脱却したとしても、輸出増加があまり期待できない世界経済では設備投資はそれほど増加しない。
株式市場で既発株式をいくら買おうと、それは、経済論理としての投資ではなく、株式保有者と通貨保有者の交換行為でしかない。
(このような取引に関わる課税は減少している)
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■ 付加価値税(消費税)の“罠”はツケ回しの負担方式
付加価値税(消費税)が給料関連費・減価償却費・法人税・配当・内部留保・支払利息といったものに使われる粗利益(付加価値)に対する課税であるにもかかわらず、所得税や法人税の“二重課税”だと気がつかない愚か者がはびこっているわけを考えてみたい。
課税・徴税が一体で、付加価値を生み出した企業自らが自分の分を納付する制度であれば、付加価値税(消費税)がどれほど酷い税制であるかすぐにわかるはずである。
付加価値税(消費税)なのだから、そのような課税・徴税方式の採用も難しくない。
メーカーA社→商業B社→消費者Cという取引過程だとすれば、A社はA社の付加価値×5%を納税し、B社はB社の付加価値×5%を納税すれば済むことである。
そうであっても、付加価値税(消費税)の負担で減少する粗利益を補うために、販売価格を高くしようとするはずだ。
しかし、販売価格を高くすれば、付加価値が増加することになるから、納税すべき消費税も増加するというジレンマに陥る。
(「販売価格1万円−仕入価格7千円」の3千円が付加価値であり、その5%は150円である。粗利益が150円減少するのがいやだからと販売価格を10,150円に引き上げると、付加価値は3,150円に増える。それにより、消費税5%は157円になる。そう、増える消費税が切捨て可能な1円未満になるまで無限循環的な粗利益の減少が避けられない課税方式なのである)
粗利益の減少が避けられないというこのジレンマこそが、付加価値税(消費税)の根源的な“悪”である。
ところが実際は、A社の付加価値税額はB社にツケ回しされ、B社の付加価値税額は消費者にツケ回しされる。
これにより、A社もB社も、付加価値税(消費税)で粗利益が減少したという判断をしなくなる。
しかし、そのような判断は正当であったり、そのように都合がいいことが起きるものだろうか?
判断は誤りであり、“天の恵み”のような都合のいいことも起こらない。
付加価値税(消費税)のツケ回しを最終的に受ける消費者の多くは、国内で供給活動に従事して給与所得を受け取る人たちである。
(前述したように、公務員の給与所得は民間部門の所得税・消費税・法人税などを原資にしているから、付加価値税(消費税)を負担しているとしても、受け取る俸給以内の負担であれば、経済論理的には“自己負担”ではない)
所得税改定や俸給水準の上昇で公務員の実質可処分所得が変わらないか消費税負担分ほど悪化しないのなら、国内で供給活動に従事して給与所得を得る人たちが、付加価値税(消費税)の多くを負担していることになる。
さらに言えば、勤労者家計が負担する付加価値税(消費税)は、給料関連費のみならず企業の営業利益をも含むものである。
なぜなら、企業の消費行動に伴う付加価値税(消費税)負担分は、企業が納付する付加価値税(消費税)から控除され、企業は納付すべき付加価値税(消費税)は販売先にツケ回しているから実質的な負担がないからである。
(政府部門の消費や資本形成への支出はもともと税金が原資であるから負担はなく、不足すれば増税や後の増税につながる国債(借り入れ)で補われることになる)
付加価値税(消費税)が「給与関連費+営業利益」に課税されるものという内実は、徴税方式で打ち消すことができないどころか、給与所得の“追加課税”のみならず企業の営業利益に対する“追加課税”分までもが最終消費者=家計から徴税されることで過大に達成されているのである。
どのみち“賃金奴隷”なのだから、このような暴挙に怒りの声を上げない状況は良しとしよう。
しかし、「給与関連費+営業利益」に課税される付加価値税(消費税)を家計が負担しているということは、家計の可処分所得がその分減少するということである。
総企業(総資本)は、自覚していないとしても、経営者を含む従業員に給与を支払うことで売上を確保し、さらに多く給与を支払うことで売上を増加させている。
そして、売上の増加が粗利益の増加につながるのは生産性上昇の成果である。
家計が付加価値税(消費税)を負担することで、企業が粗利益を得る条件である売上が減少することになる。
粗利益が減少すれば、利益ができないとしても企業が存続するためだけでも、抱え込んでいた余剰人員を解雇したり、給料関連費を切り下げようとする。
その結果は家計の可処分所得のさらなる減少である。それは、企業の売上と粗利益がさらに減少することを意味する。
このような論理が、ただでさえ「デフレ不況」であった98年に消費税が2%アップされたことで、日本経済がデフレ・スパイラルに陥った理由である。(98年に名目GDPは1.6%減少している)
付加価値税(消費税)のツケ回しを行っていることで、いったん逃れたかに思える粗利益=付加価値の減少に、結局は捕まってドツボにはまっているのである。
付加価値税(消費税)は、「経済的弱者いじめ」であることは確かだがそれで済む“軽い”ものではなく、国民経済そのものを瓦解させる“悪魔の税制”である。
日本経済がデフレ・スパイラルに入っていることでわかりやすく現象しているだけで、欧州諸国のように緩やかなインフレであっても“悪魔の税制”であることに変わりはない。
(付加価値税を導入していない米国支配層は賢明である)
付加価値税(消費税)の導入と同時に行われた税制変更は、高額所得者の減税や法人税の減税である。
付加価値税(消費税)を原資にして、高額所得者や利益を上げている企業の税負担を軽減しようとしたわけである。
その結果起きたことは、高額所得者の一部がそこから脱落する事態であり、法人税を支払える企業の減少なのである。
(輸出が増加することで企業が赤字から脱し、輸出が減少することで企業が赤字になるという変動になっている)
断言するが、付加価値税(消費税)の税率をアップしていけば、高額所得者の減税や法人税の減税の“恩恵”を享受できる絶対数は徐々に減少していく。
付加価値税(消費税)の税率をアップしていけば、中低所得者の生活はさらに困窮していくのだから、それは、日本全体が、経済活力を衰退させ、生活が困窮することを意味する。
日本は、経済活動の“ロシアンルーレット”で生き残った高額所得者や企業だけが我が世を謳歌できる国家社会になっていくことになる。
(デフレは、彼らにとって、保有通貨の実質価値を増加してくれる“恩恵”である。明日も生き残れるかどうかは別として...)
付加価値税(消費税)の税率アップは、日本全体の“緩慢な自殺行為”なのである。
消費税を間接税と称し「広く薄く負担する公平な税制」といった説明もされるが、頭が腐っているとしか言いようがない。
みなが可処分所得すべてを消費に使うのなら、その論も成り立つ。しかし、消費性向は平均的に所得額の増加につれて低下する。
消費しなくとも、貯蓄に回ってそれが貸し出しに使われるのなら固定資本形成に従事する人たちを通じて消費されるから問題はない。
しかし、「デフレ不況」では貸し出し残高が減少していることからわかるようにそれは期待できない。また、デフレ不況から脱却したとしても、輸出増加があまり期待できない世界経済では設備投資はそれほど増加しない。
株式市場で既発株式をいくら買おうと、それは、経済論理としての投資ではなく、株式保有者と通貨保有者の交換行為でしかない。
(このような取引に関わる課税は減少している)
付加価値税(消費税)の税率アップで財政難をなんとかしようというのは、“貧乏人の相互扶助”の強化であることはともかく、財政の基礎である日本経済の活動力を徐々に破壊することを通じて財政基盤を崩していく倒錯の極みの愚挙なのである。
小泉首相は、自殺増加に関するコメントで不況に対する“特効薬”はなかなか見つからないとエクスキューズを言っているが、消費税率のアップは、さらに日本経済を破壊する“毒薬”なのである。
消費税は、所得税の累進課税性強化の見直しと同時に、かつてのものより適用範囲を広げた物品税に転換するのが望ましい。
(物品税は、最終消費者が負担することに変わりはないが、前述のように生産性上昇をスムーズに享受できる税制である)
経団連が消費税に“固執”するわけへ続く
7/11/26

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