晴耕雨読

淡々と日々の暮らしを立てるために働き続け、木々の緑、雨音、枯れ枝に架かる雪を密かに楽しむ。
老いては老いを楽しみ、若者の成長に目を細め、良い人生だったと感謝しつつ旅立つ。
こんな当たり前の人生が許されない世にはして欲しくありません。

 

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投稿者:北斗七星
にいのり様

>言いたい事は言って行こうと・・・

これは大事なことだと思います。語るということは一つの行為であり、考えながら語り、語りながら考え、足りないことを学ぶ。歩みは牛(亀かも)歩のようではありますが着実に歩むことが出来ます。たとえ休んでも後戻りはしませんし、熟成の期間になることもあります。
(これは私の経験ですが)

>過剰な期待はせずに

過剰な期待は絶望につながりますから。
私は失望から蘇生に向かって歩いているところです。
投稿者:にいのり >北斗七星さま
北斗七星さまは、少なくとも(私流の表現で言うなら)、単なる文科省製造知識人ではないことは確かであり、権力/反権力の二項対立の中には単純に入らずに、「知」に真剣に向き合おうとする姿勢を感じさせてくれますので、勉強になります。

私のハンドルネームなど、何のひねりもない固有名詞の読み替えで、まったくの俗物ですが、文科省製造知識人の集合にはまらない面があるとすれば、若い頃からいわゆるサブカルチャーに耽溺してきたような人間だからでしょうか。
そういう意味では、今のネットに耽溺するぐうたらな若者に近い側の人間ですが、そうだからこそ今の若者に言いたいのは、ぐうたらならぐうたらなりの矜恃を持てよということですね。
ぐうたらであることを許してもらう(見逃してもらう)ために権力に媚びを売るような事は、少なくとも一昔前ならなかったはずだと、それが悔しくて、いろんなところに顔を出すようになってしまった次第です(笑)
通常ならば交叉することは少ないかも知れない北斗七星さまと私のような者が交叉し得るのがネットの利点かも知れませんが、まぁネットというものには過剰な期待はせずに、言いたい事は言って行こうと思っております。
投稿者:北斗七星
論語 里仁篇04-12

子曰、放於利而行、多怨、

子の曰わく、利に放(よ)りて行えば、怨み多し。

先生がいわれた、「利益ばかりにもたれて行動をしていると、怨まれることが多い」

ここに、「怨=うらむ」と「悪=にくむ」の違いがはっきりと現れているように思います。
「怨=うらむ」のは、君子、大人のすることではないのでしょうけど。

にいのり様へ
このお名前は「・・・に祈り」という意味でしょうか。

私は全く浅識の者です。儒教、聖書、仏典を読み尽くした訳ではありませんし、全て断片中の断片です。
しかしながら、その断片のなかにこそ重要な事柄が凝縮されていると思うようになりました。

口(言葉)と心(意)と身(行動)とを一致させることはとても難しいのですが。
投稿者:にいのり
組織としての「理研」の対応に擁護すべき余地は殆どありませんが、だからといって、この今野氏のような杜撰な論理を弄ばれても鼻白むだけですね。
マスコミの中、もしくは側の人が「理研にメディアを批判する資格はない」と言ってしまうのは、それこそ今野氏の言う東電やブラック企業や理研の用いる内向的論理そのものです。
それを言うなら、「メディアに理研を批判する資格もありはしない」のです。
こっちを見ても、あっちを向いても、組織防衛のための内向的論理を弄んでいる組織ばかりでどうするのかという話なのであり、
もし、極力客観的な言い方をするなら「メディアは理研を槍玉に上げないバーターとして、小保方氏をスケープゴートにすることに決めてたんでしょ?」という話ですよ。そうではないのですか?
小保方氏いじめの急先鋒、自称サイエンスライターの片瀬久美子なる人物は、いみじくも「笹井さんが死ぬことなかったのに」とかなんとかつぶやいたとのこと。つまり、魔女狩りであったことを自ら告白したようなものだ。
ブラック放送事業者NHKを始めとして、横並びメディアが免罪される余地など一切ないのであり、そんな事すら自覚していないのは笑止千万。

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