晴耕雨読

淡々と日々の暮らしを立てるために働き続け、木々の緑、雨音、枯れ枝に架かる雪を密かに楽しむ。
老いては老いを楽しみ、若者の成長に目を細め、良い人生だったと感謝しつつ旅立つ。
こんな当たり前の人生が許されない世にはして欲しくありません。

 

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投稿者:早雲
経済の素人さま、こんばんは。
>GDPなどという数字は、地域の共同性と人間性の破綻に比例しているような気がします。
>日本にも、取れた農作物、魚などを、先ず、地域の人同士で交換しあい、お年寄りには無料で助け合い、残りを市場に出すような昔の生活が残っている地方が有ったので驚いたことがあります。

私もその様に思います。
現在の高い生産性を活用すれば、おっしゃるような社会を実現することは可能です。
その為には経済を手段として國民の幸福を目的とする様な意識の改革が必要です。
以下のカテゴリーに関連記事が有りますのでよろしければどうぞお読み下さい。


「近代」から一歩先を見据えて
http://sun.ap.teacup.com/applet/souun/msgcate16/archive
開かれた地域共同体
http://sun.ap.teacup.com/applet/souun/msgcate17/archive
投稿者:経済の素人
経済のことは良く分かりませんが、GDPなどという数字は、地域の共同性と人間性の破綻に比例しているような気がします。
なぜならば、人間一人生きていくための衣食住は、贅沢をしなければ、どこの国でもここ数千年変わっていないと思うんですが…
しかし、困ったときにお互いに助け合う互助の精神の無くなった集団では、足りなくなった衣食住を、全てお金で市場で購入しなければならないため、必然的にGDPが高くなるのではないでしょうか?
日本にも、取れた農作物、魚などを、先ず、地域の人同士で交換しあい、お年寄りには無料で助け合い、残りを市場に出すような昔の生活が残っている地方が有ったので驚いたことがあります。
生産性を上げ、このような精神の残った社会を実現できるといいのですが、難しそうですね。
あまりに高いGDPは、人間性をお金に換算した数字なような気もします。
GDPがあまりに高いことを恥ずかしく思うくらいがちょうど良いような気がします。
投稿者:早雲
農婦さま、こんばんは。
>ゲルマン民族の祖先は海賊をして北欧西欧に住み着いた
ゲルマンは元々黒海沿岸が発祥地のようで、後各地に広がりました。北ゲルマン、東ゲルマン、西ゲルマンなどヨーロッパ全域に進出したようで、おっしゃる部族は北ゲルマンに属します。
>努力をしないじぶんを 自分で許して、気楽に生きてゆこうと考えているのです。
私もそうですよ。出来る限り人生を楽しんでおもしろおかしく生きていきたいと思います。
投稿者:農婦
済みません。あまりにもわたくしは単純すぎて。間違ってたら御免なさいね。ゲルマン民族の祖先は海賊をして北欧西欧に住み着いたという認識は間違いですか?私は戦いをするのがすきではないので出来たらもう少し昔に戻れたらいいなと思ってます。だからといって現代を全否定しているわけでもないのです。考えていることと矛盾した生活をしている私です。私はきれいな服もほしい、旅行もしたい、贅沢もしたい、消費生活に慣れ親しんでます。でも時々、神は分相応の能力を与えたのでは?と努力をしないじぶんを 自分で許して、気楽に生きてゆこうと考えているのです。現代はあまりにも物欲に凝り固まり、弱肉強食という非人間的な人が増えてゆくのが怖い。貧しさを経験したは、情の深い人が多いです。然しまるで反対の人もいます。そこで私は「唯我独尊」にぶち当たるのですが、私には解かりません。
投稿者:早雲
農婦さま、こんばんは。
自給自足出来ない以上、生存するために必要な全てが貨幣を介在してしか手に入れることが出来ないのが現実です。
生存に最低限必要なものは自給し、遊ぶ金ほしさに(生き甲斐を求めてでも良いですが)外で働くというのが「開かれた地域共同体」での私の希望ですが。
投稿者:早雲
kaetzchenさま、こんばんは。
一神教云々については
http://sun.ap.teacup.com/souun/183.html
を参照してください。

投稿者:kaetzchen
>農婦さん

昔,ジョージ秋山の「銭ゲバ」というマンガが私が小学生の頃,少年サンデーに載ってました。単行本は古本屋じゃプレミア扱いじゃないかな。これは東映でも映画化され,唐十郎が主演したんだけど,内容は今でもしっかり覚えてます。とにかく「カネのために人を殺しまくる」。ゴルゴ13みたいに格好良くはないけど(笑),映画ではゴルゴ13を意識してか,13人が殺されてました。あの頃は永山則夫が4人殺して死刑になったりして,そうか人を殺して金儲けになるのかと,子供ながらにヘンな妄想を感じ取ったものです。

難しいことはさておき,早雲さんが最初に書かれた【なぜ彼ら(金融家)はあのように冷酷に成れるのか】は,まさに「銭ゲバ」に尽きるのではないかなと,私は思います。


http://blog.goo.ne.jp/kaetzchen/
投稿者:農婦
今日は、またこちらは大嵐。でも目に見えぬ神が護ることを祈りつつ今日も生きます。銭とはいかなる物か私には理解できません。御免なさい。なんせ難しいことは解かりませんが、おっしゃることは、理解できそうです。30年一緒に暮らした姑に何かを感じているこの頃です。幸せを、は、金で買う?・・・・。ではないことを、知ってもらえれば、これ幸いなり。
投稿者:kaetzchen
さっきの続きです。

Karl Polanyi が『経済の文明史』『人間の経済』でいみじくも告白しているように,貨幣経済の転換点はやはり科学革命とプロテスタンティズムが結合して産業革命が起こったことが原因ではないかと思うのですよ。

いわば,産業革命以前のキリスト教はカトリックもプロテスタントも基本的に性悪説だったのに対して,産業革命以降は性強説へと変貌してしまった。つまり人間は貨幣の力にて何でも出来ると勘違いしてしまったことが原点にあるんじゃないかなぁと思います。

プロテスタンティズムが生まれる,つまり宗教改革が行われた(今月の10月31日がそうですけど……なぜかハロウィーンしか知らない人が多い)原点には,確かに早雲さんの書かれた「カトリック宗教者の超エリート意識」があったのは事実です。しかし,カトリック教会のシステムではギムナジウムつまりラテン語学校で優秀な成績をおさめ,聖職者として就職し,さらに教会の留学生として博士号を取得すれば,どんどん位が上がっていったという実力主義の側面もあった訳です。確かに陰で妾を囲ったり教会のカネに手をつける不届き者もいましたが,それは人間として有り得る話。いま読んでる岩波文庫の『アベラールとエロイーズ』なんかもそういう中で出た悲話ですよね。

要するに,人間としての罪を許すかどうかで,宗教改革におけるプロテスタンティズムの過激化が起こった訳で,あとは Max Weber の指摘する通りでしょう。ポランニーも基本的にはウェーバーの思想の延長線に乗って議論を展開しただけですから,彼の経済人類学は本当の貨幣の怖さにまで達していないのではないかという気がしてなりません。


http://blog.goo.ne.jp/kaetzchen/
投稿者:kaetzchen
早雲さん,こんにちは。

>ユダヤ教やイスラムといった超越神宗教が信仰される素地、というより、超越神宗教が創り出された基礎は、貨幣を軸とする商業活動から醸成される価値観だと考えています。

うーん,それは早計だと思いますよ。ユダヤ教やイスラム教やキリスト教は「一神教」だから,なんて不毛の屁理屈に陥ります。

旧約聖書でユダヤ教が用いている歴代誌までの文書は古代イスラエル民族が Baar と呼ばれる異教の神(古代パレスチナの住民が礼拝した土地・豊壌の神)を受け入れ追放してきた歴史が書かれているんです。要するに Baar でなく YHWH (ヤーウェまたはヤハウェ)というイスラエルの神だけを信仰しろというのがユダヤ教の考え方で,これは一神教だと言えるでしょう。但し,旧約聖書申命記15章では7年たったら負債を免除しなさいと明記してあります。つまり借金棒引きを守らないと神から天罰が下るという訳ですね。

イスラームでは少し考えが変わって,基本的に性弱説をとります。つまり人間というモノは弱いもので常に罪を犯す。だから唯一神のアッラーに忠誠を誓い,借金には基本的に利息をつけてはいけない。あくまで投資信託という形態で資本を増やすべきだとコラーンにあります。だから一神教だからと言って,資本主義の権化という見方は当たってないんじゃないかな。

http://blog.goo.ne.jp/kaetzchen/

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