晴耕雨読

淡々と日々の暮らしを立てるために働き続け、木々の緑、雨音、枯れ枝に架かる雪を密かに楽しむ。
老いては老いを楽しみ、若者の成長に目を細め、良い人生だったと感謝しつつ旅立つ。
こんな当たり前の人生が許されない世にはして欲しくありません。

 

おすすめ

それぞれ属するカテゴリーに関連記事が有ります。 ============================== 日本はなぜ負債大国になったか 平和時に政府が借金を増やす理由は、富に対する課税を怠ったことに起因する。 ... .. ============================== 年金問題」の本質:“高齢化社会”が問題なのではなく“供給活動投資額”が問題 “少子高齢化社会”という人口構成の変化は、「年金問題」とはまったく無関係なのである。 ... .. ============================== 寄生性と知的謀略 寄生者は、自分たちが寄生者ではないこと、自分たちが求める取引形態は正当であること、自分たちの価値観はまともなものであることなどを宿主に認めさせよう(錯誤させよう)と努力します。 ... .. ============================== 抜け出す第一歩は「隷属の認識」 国際寄生者は、巧妙に「知的謀略」を駆使して、宿主構成員(我々)が奴隷であることや隷属していることを感じたり認識しないよう... .. ============================== 今後の世界と日本 “新世界秩序”は米国の一極支配をめざすものではない  戦後世界こそが米国の一極支配構造であり、“脱戦後世界”は、それとは違った新しい支配構造がプランされているはずです。 ... .. ============================== 米国政府の対外債務返済能力  米国政府が、個々の債務証書に書かれた内容ではなく、グロスの債務について日銀やその他の経済主体に返済することはできないと.. ..

過去ログ

RSS
この記事へのコメント一覧
※投稿されたコメントは管理人の承認後反映されます。
投稿者
メール

 
コメント
URL
コメントは新しいものから表示されます。
コメント本文中とURL欄にURLを記入すると、自動的にリンクされます。
投稿者:
佐久間ダム建設記録(間組、昭和28〜31年)
http://www.youtube.com/watch?v=PwcSdsmT2Vg
投稿者:北斗七星
にいのり様

後押しのつもりで書きました。

日本の神については

神国王御書(日蓮)にこうかかれています。
(A4紙で7枚の内の抜粋)
国主をたづぬれば神世十二代、天神七代・地神五代なり。天神七代の第一は国常立尊、乃至第七は伊奘諾尊男なり。伊奘冊尊妻なり。地神五代の第一は天照太神、伊勢大神宮日の神是れなり。いざなぎいざなみの御女なり。乃至第五は彦波瀲武□草葺不合尊。此の神は第四のひこほ(彦火)の御子なり。母は竜女なり。已上地神五代。已上十二代は神世なり。

人王は大体百代なるべきか。其の第一の王は神武天皇、此れはひこなぎさ(彦波瀲)の御子なり。乃至第十四は仲哀天皇〈八幡御父なり〉。第十五は神功皇后〈八幡御母なり〉。第十六は応神天皇にして仲哀と神功の御子、今の八幡大菩薩なり。乃至第二十九代は宣化天皇なり。此の時までは月氏漢土には仏法ありしかども、日本国にはいまだわたらず。

第三十代は欽明天皇。此の皇は第二十七代の継体の御嫡子なり。治三十二年。此の皇の治十三年〈壬申〉十月十三日〈辛酉〉、百済国の聖明皇、金銅の釈迦仏を渡し奉る。今日本国の上下万人一同に阿弥陀仏と申す此れなり。其の表文に云く「臣聞く万法の中には仏法最も善し。世間の道にも仏法最上なり。天皇陛下亦修行あるべし。故に敬ひて仏像・経教・法師を捧げて使ひに附して貢献す。宜しく信行あるべき者なり」〈已上〉。然りといへども欽明・敏達・用明の三代三十余年は崇め給ふ事なし。其の間の事さまざまなりといへども、其の時の天変地夭は今の代にこそにて候へども、今は亦其の代にはにるべくもなき変夭なり。

以上抜粋終り。

と言う様な事です。コメントでご紹介するには長文ですのでこの辺で切りますが、要は国主が何を頼りとして国家安泰を祈れば良いのかを書いてあります。

国主の安泰ではなくて国家国民の安泰です。

聖人の基本思想は「神に逃げられてしまった日本」にありますから、神社神を崇める人の祈りは天変地夭を治めるどころか返って激烈になるというものです。

人ごとでは無いのですが、どれ程の事態になることやら・・・。せめて原発だけは。

i
投稿者:にいのり
北斗七星さま

深く同感します。
また、拙文を後押ししていただいたような気がして、心強く思います。

原子力、原発の問題は、人間圏のみならず、生命圏全体の問題として考察するのがやはり必須かと思います。

人間の生活も大切ですが、人間のみならず生命全てに生活、すなわち営みがある。

神道というのは、私の見方では、近代知的なアプローチでは当然ないが、仏教とともに、人間のみならずありとあらゆる生命を視野の中におさめるタイプの宗教なのではないのかと思うのですが、一度神道の権威(が本当にいるのなら)にうかがってみたいものです。

実際には、本来の神道に対して、それこそ自傷的、自虐的なものこそ「国家神道」というものなのではないか。

まぁ、問いの形にしていますが、神道がこのまま、たかだか世俗政治に過ぎないものに敗北し続けるのなら、神道なるものは、もはや終わっているわけですよね。

私自身は神道の日本的な漠然とした信者なのかどうか分からないものの、ただ一人の日本人としては忸怩たる思いがあるのは確かです。
投稿者:北斗七星
再生可能な循環エネルギー

これ、炭素系エネルギーのことですよね。
欲深い人間が増え過ぎて過剰消費社会を築き上げ、緑のコンビナートのバランスを破壊してしまい、人間自ら創った業に苦しむはめに陥ってしまった状況を文明だとか進歩だと言いつのる科学万能主義者達。

原子力もせめて「炭酸ガスに葉緑素、水、光」という組み合わせを創ってから利用すれば少しはマシであったかもしれない。
生物が生命活動をするうえで炭素と酸素は欠かせないものとして存在している訳であり、生命活動というものは実に巧く出来ている。そう言う存在を「創造神」と言おうが「自然法則」と言おうが「虚無」と言おうが「陰陽の二道」と言おうが「空」と言おうが「妙法」と言おうが、それは一つの究極的な、何かは知らねども尊く不可思議で犯すべからざる存在であると昔の賢者は知っていた。

私は核融合炉は太陽だけでよいと思う。










i
投稿者:にいのり(追記です)
スミマセン、まだ、言い足りなくて付け加えます。

私が好きだった吉本隆明は、原子力の平和利用に対して好意的でした。
彼は、近代主義の必然というような言い方で、原子核からエネルギーを取り出せるのなら、その反対も(つまり核廃棄物の無害化といって良いでしょう)出来るはずだし、この研究を放棄してはならないと言っていました。
私も、研究は継続されるべきと思いますが、やはり、核分裂エネルギーの利用は、どう考えても時期尚早だと結論せざるを得ないと思うようになりました。
「再生可能エネルギー」の対語は「枯渇性エネルギー」との事ですが、どちらにしても、肝心な点は地球上で発生した生命の持続可能性環境の中で生命の連鎖を決定的に破壊しない種類のエネルギーである点が重要だと考えます。
「枯渇性エネルギー」とは炭素由来のもので、「炭素」は近年毛嫌いされていますが、生命とはそもそもが炭素化合物であり、「枯渇性エネルギー」も主としてその生命由来のものであってみれば、長期的には「人間」がいなくなっても「再生可能物質」である事に違いはない。それらは全て生命による利用や分解が可能なものだ。
だが、放射性物質だけは違う。「人間」など絶滅しても生命圏は残さなければならない。
投稿者:【偏狭な(科学的)パラダイムにより、太古から連綿と続く地球の(科学的)生命生息圏が取るに足らぬ人為によって取り返しのつかない汚染に見舞われる可能性を拡大する事は、「科学的な」事態とみなせるか?】1 byにいのり
(腹が立って仕方がないので、長文を書いてしまいました。よろしければお読み下さい)


情報問屋の報道によると、『原子力規制委員会は、19日(※2016年4月19日)、四国電力伊方原発3号機(愛媛県伊方町)の運転や事故等の対応手順を定めた「保安規定」を認可した。これで再稼働の前提となる三つの許認可の審査が全て終わった……半島に住む住民は重大事故時に対岸の大分県に避難する計画だ』
とのこと。
よりによって今このタイミングで…。「科学的根拠」とやらを連呼する脳のかわいそうな人々が"任命"されて舞い上がっちゃっているらしい「原子力規制委員会」とやらが実施している「審査」とやらの実態がこれだ。
(任命された者たちは、なぜ「原子力規制委員会」なる新組織が我が国に設けられたのか、その経緯を"科学的に"おさらいしてみた方が良いのではないか)
ブラックジョークを地で行きながら当人たちは大真面目なのだろうから、これなら確かに、すぐに政治的要求を忖度して"政治化された科学"に屈従する脆弱な人間脳よりも、「人工知能(AI)」に「安全学」を学ばせた上で審査させた方がまだましかも知れないと、ブラックジョークの上塗りもしたくなろうというものだ。
投稿者:【偏狭な(科学的)パラダイムにより、太古から連綿と続く地球の(科学的)生命生息圏が取るに足らぬ人為によって取り返しのつかない汚染に見舞われる可能性を拡大する事は、「科学的な」事態とみなせるか?】2 byにいのり
安倍周辺に参集する才能なき一味は、ジョークの才能も欠落しているゆえ、大真面目に言った発言が悉くブラックジョーク化している。またそれを指摘すると、この人たちには「無根拠な被害者意識をベースに持つ」ため、反応の悉くが「言い訳とはぐらかしとごまかしとヒステリー」になってしまう。
問題は、この人たちは、そんな自分たちの感情や情動の異常性にすら無自覚という特徴的性向を有しているのではないかとすら思えてくる点にある。
精神医学にはアレキシサイミアという概念があるとの事。アレキシサイミアとは、自らの感情を自覚・認知したり表現することが不得意で、空想力・想像力に欠ける傾向のことをさすという。
人間は感情の動物でもあるが、感情的豊かさと理性的な思考能力とは相反する性質のものではないはずだ。とりわけ「不安」のような感情は、予測や推測といった知性の存在ゆえにもたらされるものだろう。
ここを無視するから経済も悉く主観では英雄的行為であるはずの施策も悉く空を斬ることになる。
人間の「不安心理」に配慮できない"科学的予断"は、非知性的な態度であり、想像力に欠落した病的なものに見えたとしても不思議ではない。むしろ当然の感想だと言える。
投稿者:【偏狭な(科学的)パラダイムにより、太古から連綿と続く地球の(科学的)生命生息圏が取るに足らぬ人為によって取り返しのつかない汚染に見舞われる可能性を拡大する事は、「科学的な」事態とみなせるか?】3 byにいのり
なぜ、このような事態が生じてしまうのだろうか。
これは、最先端のはずの「AI」が、ネット上で"偏見"ばかりを教え込まれ、ネトウヨ化したという笑えないエピソードと無関係ではあるまい。
(今ではある種のパラダイムの限界を露呈していると普通に認識されるべき)デカルト由来の心身二元論にあっては、感情は、身体の側に由来する現象だと思われていた。それはある意味誤りではないだろうが、問題は、心身に対してヒエラルキーが持ち込まれ、「心」が優であり「身」が劣であるような非常識が常識化していた点にある。
こういう前時代的な心身二元論を引きずったまま、記号化・数値化された情報を単に学習的に処理するというレベルで「AI」をプログラミングするなら、プログラマーの意図に反して、一定の意図を有した者がそれを「ネトウヨ化」させる事などある意味容易いはずだ。
なぜなら、痛みや快感、それに密接に関連した喜怒哀楽(死への恐怖と生の謳歌、あるいは生への執着)といった身体性に密接に関連する中から生じる知性なしに自律的「倫理」など発生しようもないはずだから。
結局、「脳」も「身体」の一部であるのは当然の事で、それは単なる情報処理機械ではないという事だ。
投稿者:【偏狭な(科学的)パラダイムにより、太古から連綿と続く地球の(科学的)生命生息圏が取るに足らぬ人為によって取り返しのつかない汚染に見舞われる可能性を拡大する事は、「科学的な」事態とみなせるか?】4 byにいのり
「自分がやられて嫌だと思うことを他人になすことなかれ」
これは何を原典とする格言だったろうか。
逆(は必ずしも真ならずといえども)に言えば「自分がしてもらって気持ちの良い事は、他人にもやってあげればよい」ということにもなろう。
前者は今日のセンサー技術によってAIにも擬似感覚を持たせられるかも知れないが、後者はなかなか難しいのではないか。
まぁ、AIの事はおいておくにしても、問題は、AIよりも形式主義的な人間が権限を与えられ、たまたま与えられたに過ぎない権限を特権か何かと勘違いしながら闇雲に振り回してみせるという言うに言われぬ悲喜劇とそれに続く可能性の高い惨劇だ。
恐らくこれも「快感」が関連している。「オレの振り回す権限で人々が一喜一憂しながら右往左往するのを見るのが快感」なのだろう。
「望ましき快楽とは何か」
あのムヒカ元大統領が国連会議での演説で快楽主義者として誤解にもさらされやすいエピクロスの名をあげていたのは象徴的だと思った。

前時代的な「科学主義者」とうよりも「工学主義者」によって、"特権的に"口にされる政治化された科学主義を強制されれば、タイトルにしたような問いが生じる事の方が自然だろう。
(終わり)

ランキング

応援ありがとうございます

にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ
にほんブログ村
こちらもよろしく

最近の記事

最近のコメント

ページ・ビュー

自由項目8

teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ