「ミソもクソもいっしょにせず、識別すること、分節化することは重要です」
「近代」から一歩先を見据えて
>フランス革命は、偽のリベラリズムです。本当は、悪性ファシズムの発露です。
>フランス革命は、人々をアンシャンレジュームから解放するという、大義名分を掲げたけど、結果的には、新しいより悪性のファシズムを確立させただけだったのだから。
フランス革命は、より悪性の国家社会を確立したかもしれないが、それを「ファシズムの発露」というのは言葉の濫用です。
思想的には、「啓蒙主義」の究極的発露がジャコバン的恐怖政治やナポレオン的「解放戦争」を支えたと思っています。
コスモポリタニズム・社会契約論・抽象的リベラリズム・無神論は、民族的有機体国家観を基礎とするファシズムとは相容れないものです。
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「ファシズム」の濫用です。せめて、「啓蒙主義」の究極的発露に...投稿者 小魚骨 日時 2004 年 6 月 08 日
ミソもクソもいっしょにせず、識別すること、分節化することは重要です。投稿者 小魚骨 日時 2004 年 6 月 08 日
> それって、やっぱり、ファシズムじゃないの
>だってさぁ、その時代の「啓蒙主義」って要するに、「思想」じゃないの。
>「思想」を基礎としているんだから、やっぱり、ファシズムの一種でしょう。
>フランス革命って言うのも、ようくみれば、人々を扇動したり、強制したりした面はあるんじゃないの。それって、押しつけの一種じゃないの。
リベラリズム・個人主義・社会主義などの「思想」を並べてあれこれ語っている方のレスだとは思えませんね。
「思想」=ファシズムなのですか?
「人々を扇動したり、強制したり」、「押しつけ」をすることがファシズムなんですか?
もし、そうだとお考えなら、やり取りする意味はないと思います。
ミソもクソもいっしょにせず、できるだけ、識別すること分節化することが概念的思考にとって重要だと考えているからです。
ファシズム・リベラリズム・啓蒙主義など思想の特性を弁別することは意味があると思っています。
大きく減らすことはできるはずです。投稿者 小魚骨 日時 2004 年 6 月 08 日
>>「人々を扇動したり、強制したり」、「押しつけ」をすることがファシズムなんですか?
>>もし、そうだとお考えなら、やり取りする意味はないと思います。
>そういうものを、伴わない政治というのは、本当にあり得ないのだろうか。
他者関係的活動を基礎にして生きていくということから、共同体(国家社会)には「強制」や「押しつけ」は微弱ながらも残ると考えています。
ただ、現在のような“横行”は、「国家と社会への分裂」や「支配―被支配の関係構造」を解消すること、すなわち政治の存在意義性を希薄化することでなくせると思っています。
それについては、「
「思想」を不要にする現実を!」を参照してください。
>それはそれとして(割り込み失敬)、私立大学を認めないフランスとは、いかなる国なのかよ〜く考えよう。
>啓蒙主義を敷延すると、アルジェリアの悲劇や原住民を犠牲にした核実験にたどり着くのかな。
Re: それはそれとして投稿者 小魚骨 日時 2004 年 6 月 08 日
>私立大学を認めないフランスとは、いかなる国なのかよ〜く考えよう。
啓蒙主義的無神論が、“私立大学”を潰した歴史的経緯があります。
フランス革命までの教育機関はカソリック組織に付随するもので、フランス革命は、カソリック組織及び聖職者の権威失墜、カソリック組織の財産剥奪を執拗に追求しました。
教育こそ啓蒙の最大の手段ですから、啓蒙主義の伝統的意識がフランスに根強く生き残っていると言えます。
教育の啓蒙主義的無神論やリベラリズムを確保するために、私的な(得体の知れない)大学を認めないという考えなのかもしれません。
イスラムの教育機関などは認められていますから、「大学」でなければいいのかもしれません。
>啓蒙主義を敷延すると、アルジェリアの悲劇や原住民を犠牲にした核実験にたどり着くのかな。
それらは、フランスの国家主義の現れだと思っています。
もちろん、啓蒙主義や人権思想がそのような国家主義的判断を許容するインチキでウソの思想だということにはつながります。
「思想」は支配の道具です。

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