「制度の目的やなくて制度を用いて権力欲を満たしたい連中をどう遠ざけて目的を達するか」:増田聡氏
2019/1/2 6:10
おはようございます。たびたび失礼いたします。
何かまた風邪引いたみたいで、年始早々夜明けから鼻水が止まらず、風呂に入ったら鼻水は止まったのですが、今度は薄く頭が痛くて、ずっと寝ていました。
先月末にまた七草までに片付けろという無理筋の作業が飛び込んできていまして、あまりぐったりしている閑もないのですが、どうも体の方はいいかげんに休むべき時期が来たと判断したようなので、一日従っていました。
その後起き出してご飯を食べて、ぼんやりと考え事をしながら、昨年は自分にしては珍しくいい仕事をしたなと思えるものがちょっとだけあったので、そんなことを思い出したりしていました。
その間、例の音楽を聴いていたのですが、二つめの曲について、どうも御紹介した文章に対して腹が立って仕方なく、また愚痴らせていただこうとお伺いいたしました。
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どうも、「日本では、「やめる」ことが最大の「抵抗」になってしまっている:今野晴貴氏」におっしゃる
「法政大学のボナソアードタワー。
その巨大な塔の下に、空き缶を拾う老人の姿が。
あまりのコントラストに、「学問とはなにか」を、考えさせられた」
ところにいるような人たちは、対米関係のような大きなものの真相については、自分たちだけが見えているものであり、「大衆」はそのようなものは見えず、ただまごまごしておろおろして過ごしているものだと、勝手にそう思っているようだという様子がよく見える文章で、先日屑野郎と申しましたが、どうしても糞野郎と言いたくなり、お邪魔した次第です。
そのために、どうも頭が痛かったようで切り上げた部分について、補足を申し上げます。
件の曲の歌詞については、先日申し上げましたが、恐らく世間では上述の人の言うところに納得する人が多いんだろうと思います。
「能天気にアメリカ礼賛ってのもこの時代どうなんだろう」というコメントも見かけましたので、多分そうなんだろうと思うんです。
自分は、件の曲の歌詞は、かなり屈折した形のものを抱えているように見え、駐留軍でもこの曲が流れたと聞いて、余程気付かれにくいものがあるんではないかと思ったものです。
「学力は点数化・序列化してもおおむね無害だが、人間力を点数化したら地獄だぞ:小田嶋隆氏」におっしゃる
「日本人に対して「おまいら、こういうの好きだろ?」って言ってる感じ」
なんですが、先方は自分たちが流している物が何なのか判ってやってるのか何なのかなと思っています。
そりゃあ、件の曲の歌詞には、糞野郎どもや屑野郎どもの好きな「民主主義」も無ければ「主権在民」もありませんし、「立憲主義」も無ければ「三権分立」もありませんし、「自主独立」も無ければ「戦争反対」もありませんよ。
でもね、そんなもん乗っけられるわけが無いことくらい、判れよ、糞野郎がと。
自分が何を言わんとしているかと申しますと、あの歌を件の歌手の方が歌う時、それも、
「憧れてたTeenagerが」
「競合してくZipangで」
と歌った時、自分の頭には、例えば「かなしい訴え 「もう無理! もう限界!!」:鈴木 耕氏」におっしゃる
「白と黒の服をまとって、無言で米軍司令部前で抗議する人々」
や、
「比嘉まりんさんという方が、80歳の女性の意見を引用したもの。
私が一番望んでいることは、県内の基地撤去だが、それができないなら、全国の47分の1だけを沖縄におくべき。地上戦をくぐり抜けているから80歳になった今も基地撤去を訴えなければならないと思っている。子や孫が安心して暮らしていけたらと思う」
或いは、「最後のチャンスなんて言葉を軽々に、使ってはいけない、と思う:岩上安身氏」に伺う
「負けたらどうする?という質問に、海に出て実力で阻止する、という答えが何人からも返ってきた。
相当なご年配の方からも、だ。
おじい、おばあがまず座り、若者がついてゆくと。
おじい、おばあは、なんのために、そんな危険をおかして座り込みをするのか?
失礼ながらご自身の人生は残り少なくなっているのに?
子供や孫のためだ、と皆さんおっしゃる。
糸数慶子議員は、体を張って現場に立ってきた人だ。
彼女もまた、同じようなことを言う。
孫のためにここを新たな基地の島にできないと、決然とおっしゃる。
お若く見えるが、還暦を超えてらっしゃる。
お孫さんがいる、という。
インタビューのあと、携帯に入っているお孫さんの写真を見せてもらった。
彼女も、おばあの一人なのだ」
ところの姿などが、浮かんでくるんですよ。
彼らが、彼らこそが、正にその「Teenager」じゃないかと。
そして、「Zipang」ですよ。
「Japan」を選ばず、古名である「Zipang」を選んだのにだって、意味があると思うんですよ。
「Japan」によって覆い隠されている「Zipang」で、かつて「無邪気」な「憧憬」を抱いたはずの「Teenager」は、「競合」しているんですよ。
「Come on, baby America」って。
「競合」という言葉の選び方に、今出来るぎりぎりの線を行こうとする意思を感じるんですよ。
これから事務次官とかやる官僚は「高等教育が高価な買い物になる過程」で育ってきた人たちです:増田聡氏
2019/1/2 6:11
東京もんが許されるぎりぎりの線に、沖縄の彼は判ってやってるのかどうか知りませんが、応えてくれたような気がするんですよ。
なので、自分はこの曲が流行ったのならそれは非常によいことであり、近来稀に見る勝事であると、涙が出るくらい、衷心より嬉しく思う次第だったんですよ。
それを、糞野郎が、「リトルネロ」だと、「昨今の日米関係の不安定化に怯(おび)える「子供」」だと。
何が「ディス・イズ・アメリカ」だ、「ドゥルーズ=ガタリ」だ。
糞でも食らいやがれ。
ふざけやがって。
人の心に糞をぶちまけやがって。
大阪市立大学など大阪府・大阪市もろとも跡も遺さずにこの世から消えて無くなれ。
ってな具合で、暮れなのに、激しいものが立ち上がるのを覚えましてね。
件の歌詞は、本当は物凄いことを言っているんだと思うんですよ。
「昨今の日米関係の不安定化に怯(おび)える」糞野郎どもなど及びも付かないほどに。
「Pacific Ocean 一飛び
HeratはいつもFirst class
夢というGrass交わし
Love and peace 誓うのさ」
どうせ論じるなら、この言葉に、「日米地位協定」および「日米安全保障条約」の廃棄と対米関係のあってしかるべき姿への見直しくらい、重ねてみせろ、屑野郎どもがと。
まだ「Grass」は交わしていないし、まだ「Love and peace」は誓っていないんですよ。
そう言っているじゃないかと。
会盟の盃も交わさず、愛と信義の協定も結んでいない。
そう言っているじゃないかと。
それを、糞野郎どもが。
件の糞野郎どもが、「「私は「役に立つ」という言葉がとっても社会をだめにしていると思っています。」:増田聡氏」におっしゃるような
「なんども言うけど2000年にノーベル賞とった白川さんは
「昔は基盤校費が潤沢だったので成果がでるかどうかわからん研究ができた。ノーベル賞はそのおかげ。今は外部資金とってこなあかんので長期的な研究ができない。今後やばい」
と繰り返し主張してたけど文科行政に黙殺されてるのは周知の通りです
この国が不思議なのはノーベル賞と前例が大好きなのに「ノーベル賞の研究者の研究環境」の前例を全く踏襲しないことだ。
何度もいうけど白川さんの「基盤経費が潤沢で好き勝手やれたからノーベル賞取れた。テーマ決めて競争的資金取らないと研究できない今の大学はやばい」という指摘は無視されたまま」
ご立派に聞こえるようなことを十年一日の如くに言ったとしても、自分は、「研究及び大学もろとも挙げて没落して、この世から永遠に消えて無くなれ」と、満腔からの呪詛を奉る次第です。
何かかっかしたら疲れてしまいました。
あまりにも気分が悪かったのですが、ちょっと落ち着いて休まないと体に響きそうなので、休みます。
風邪薬飲んだら変に調子よくなってしまったので、これはよくないと思っています。
またお邪魔します。
皆様お元気にお過ごしください。
いつも下らない愚痴をお聞かせいたしまして、どうもすみません。

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