晴耕雨読

淡々と日々の暮らしを立てるために働き続け、木々の緑、雨音、枯れ枝に架かる雪を密かに楽しむ。
老いては老いを楽しみ、若者の成長に目を細め、良い人生だったと感謝しつつ旅立つ。
こんな当たり前の人生が許されない世にはして欲しくありません。

 

おすすめ

それぞれ属するカテゴリーに関連記事が有ります。 ============================== 日本はなぜ負債大国になったか 平和時に政府が借金を増やす理由は、富に対する課税を怠ったことに起因する。 ... .. ============================== 年金問題」の本質:“高齢化社会”が問題なのではなく“供給活動投資額”が問題 “少子高齢化社会”という人口構成の変化は、「年金問題」とはまったく無関係なのである。 ... .. ============================== 寄生性と知的謀略 寄生者は、自分たちが寄生者ではないこと、自分たちが求める取引形態は正当であること、自分たちの価値観はまともなものであることなどを宿主に認めさせよう(錯誤させよう)と努力します。 ... .. ============================== 抜け出す第一歩は「隷属の認識」 国際寄生者は、巧妙に「知的謀略」を駆使して、宿主構成員(我々)が奴隷であることや隷属していることを感じたり認識しないよう... .. ============================== 今後の世界と日本 “新世界秩序”は米国の一極支配をめざすものではない  戦後世界こそが米国の一極支配構造であり、“脱戦後世界”は、それとは違った新しい支配構造がプランされているはずです。 ... .. ============================== 米国政府の対外債務返済能力  米国政府が、個々の債務証書に書かれた内容ではなく、グロスの債務について日銀やその他の経済主体に返済することはできないと.. ..

過去ログ

RSS
この記事へのコメント一覧
※投稿されたコメントは管理人の承認後反映されます。
投稿者
メール

 
コメント
URL
コメントは新しいものから表示されます。
コメント本文中とURL欄にURLを記入すると、自動的にリンクされます。
投稿者:北斗七星
訂正


ローマの信徒への手紙13-1
神に由来する権威は無く、


神に由来しない権威は無く、
投稿者:北斗七星
神聖なものと真珠は大切に!

神聖なものを犬に与えてはならず、また、真珠を豚に投げてはならない。それを足で踏みにじり、向き直ってあなた方に噛みついてくるだろう。(マタイ7-6)

なんて解りやすい言葉だろうか!。

投稿者:北斗七星
シオニスト会議から国家建設までの50年とは?
中東・イスラム初級講座・第17回(WEB 教えて!尚子先生)より

 シオニスト会議の開催から実際に国家建設がなされていく約50年間は、世界的にみても2つの大戦が発生し、重要な事件が多発する複雑な時期です。少しでもわかりやすくするために、この時期をおおまかに3つの年代に分けて、1)第一次世界大戦からヒトラー政権成立まで(1914〜33年)、2)ヒトラー政権成立からバルフォア宣言の撤回といわれるイギリスのマクドナルド白書発表まで(1933〜39年)、3)イギリスからアメリカへと「主役」が交代する1939年から国家成立まで(1939〜48年)を説明してみたいと思います。
1)第一次世界大戦からヒトラー政権成立まで(1914〜33年)
 第1期である第一次世界大戦からヒトラーのナチス政権成立までは(1914〜33年)、国家建設を模索するシオニストでさえ、それが実現するとはだれも予測しえない状況だったといえるでしょう。この時期には国家建設の萌芽とも、もしくはその後のパレスチナ問題の萌芽ともいえる重要な宣言や条約が発表されています。

 イギリスは第一次世界大戦に必要な莫大な戦費をユダヤの富豪ロスチャイルド家から得るために、そして各国に離散しているユダヤ人からの支援を取りつけるために、パレスチナの地に「ユダヤ人の民族的郷土(National Home)」の建設を支持するとしたバルフォア宣言(1917年)を発表します。

以後は以下の記事をお読みください。

中東・イスラム初級講座・第17回(WEB 教えて!尚子先生)より
https://diamond.jp/articles/-/62396
投稿者:北斗七星
1933年 7/14 ナチス一党独裁政権樹立

7/20 ローマ法王とのコンコルダート(政教条約)を結ぶ。これによってバチカンがナチズムを承認したと宣伝した。

1933年 8月  ハアヴァラ協定がドイツとパレスチナのユダヤ人当局の間で締結され、パレスチナへのユダヤ人移民を促進。 (資本家を優先して3年間で16万4千人程が移住という陰謀のような協定。)

1936年 8月  パレスチナで反ユダヤ暴動激化(〜1939年)

1938年 11/9 この二日前に起こったパリのドイツ大使館員がユダヤ系ポーランド人少年17歳に暗殺された事件をきっかけに「水晶の夜」事件が起こる。一夜のうちにドイツ全土のシナゴーグが焼かれ、大規模な迫害が勃発した。

1939年 9/1 第二次世界大戦始まる
1939年 10月 イギリスは、ユダヤ人のパレスチナ移民と土地取得制限(マクドナルド白書)をするも、違法な移住計画を通じて、限定された人数のユダヤ人が戦争中にもパレスチナへ入国していた。

1941年 12/8 日本真珠湾攻撃、太平洋戦争。
1945年 8/15 日本、無条件降伏敗戦。9/2降伏文書に調印。

1948年 5/14 イスラエル共和国成立、パレスチナ戦争始まる。
この後、十四万人ものホロコースト生存者がイスラエルに入国。

つづく。
投稿者:北斗七星
バルフォア宣言からイスラエル共和国成立までの歴史年表

1914年 7/28 第一次世界大戦始まる。

1915年 5/13 ポルトガルのファティマ上空に聖母マリヤが出現(UFO現象)、3回目の出現の日、7/13に3人の子供の内、10歳のルシア・ドス・サントスに三つの主要な預言である戦争についての預言を託して1960年までは公開しないように命じる。(後にルシアは修道女になる。)
第一次大戦の収束、更に過酷な第二次大戦預言、更に第三次大戦とロシアが戒めの鞭となるという預言を残す。

1917年 3/11 ロシア2月革命

1917年 11/2 イギリスは戦費調達のため、ユダヤ人にパレスティナでのユダヤ国家建設を支持すると約束(バルフォア宣言)。一方、同時にオスマン帝国からの独立を目指すアラブ民族主義をも利用すべく、メッカの太守フセインに対して、イギリスへの協力の代わりに「アラブの独立支持を約束する。(フセイン・マクマホン協定) 
さらに、同盟国であるフランスとは、戦争終結後は分割するという協定を秘密裏に結ぶ(サイクス・ピコ協定)

1917年 11/6 ロシア10月革命 8日 ソヴィエト政権成立

1918年 7/17 ロシア皇帝ニコライ二世一家惨殺される。

1919年 6/28 ヴェルサイユ条約調印、ドイツに過酷な賠償を科す。

1932年 1/9  ドイツ、賠償支払い不能宣言。

1932年 12/27ソ連 富農追放令
1933年 1/30 ヒトラーがドイツ首相となる。
1933年 3/24 全権付与法成立、ナチス独裁の芽。
4月  ユダヤ人弾圧始まる。
  
つづく。
投稿者:北斗七星
敵はのろわれよと説くパウロ

コリントの信徒への手紙一16:21
21:わたしパウロの挨拶を自分の手で{ここに記します}。
22:もし主に対する愛情を持っていない人が居れば、その人はのろわれるべきです。

敵を愛せと説くイエス
マタイ福5-44
敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい。45:あなた方の天の父の子となる為である。父は悪人にも善人にも太陽を昇らせ、正しい者にも正しくない者にも雨を降らせてくれるからである。


支配者への従順を説くパウロ

ローマの信徒への手紙13-1
人は皆、上に立つ権威に従うべきです。神に由来する権威は無く、今ある権威は全て神によってたてられたものだからです。2:従って、権威に逆らう者は、神のに定めに背くことになり、背くものは自分の身に裁きを招くでしょう。

パウロの教えとは正反対に、仕える者になりなさいと説くイエス

マタイ福20-26
あなた方の中では、偉くなりたい者は、皆に仕える者になり、27:いちばん上に成りたいものは、皆の僕(しもべ)になりなさい。、

パウロの思想とユダヤ教の思想には共通性が見られ、価値観を共有できる可能性はあるとはいえ、パウロには偽キリスト教徒の疑いが残る。
何故ならば、略解に指摘があるように、パウロの思想はカトリック、プロテスタント双方の共通の拠り所となってきたのであり、その上に血にまみれたキリスト教徒の歴史が築かれてきた事実は隠しようが無い。また、聖書は、イエスはそれをあらかじめ知っていたのだと読む読み方も出来る。

イエスは自らの文字を残さなかったし、聖書は人騒がせな書ではあるが、わたしはイエス・キリストを聖者として尊敬している。
そして、自ら文字を残さなかったのは釈尊も同じである。

これで終わります。有り難うございました。

この後は、バルフォア宣言からイスラエル建国までの歴史を簡単に追ってみます。歴史のからくり夢芝居。
投稿者:北斗七星
敵に食べさせ、飲ませれば、敵の頭に燃える炭火を置くことになる、と言い放つパウロ

ローマの信徒への手紙12-17
誰に対しても、悪に悪を返さず、すべての人の前で善を行うように心がけなさい。
18:できれば、せめてあなた方は、すべての人と平和に暮らしなさい。
19:愛する人たち、自分で復讐せず、神の怒りにまかせなさい。『復讐はわたしのすること、わたしが報復する、と主は言われる』と書いてあります。
20:あなたの敵が飢えていたら食べさせ、乾いていたら飲ませよ。そうすれば、燃える炭火を彼の頭に積むことになる。21:悪に負けることなく善をもって悪に勝ちなさい。

申命記32-35(p.334)
わたしが報復し報いをする、彼らの足がよろめく時まで。
ナホム書1-2(p.1459)
主は熱情の神、報復を行われる方。主は報復し、激しく怒られる。

私見
このような『主』が国王になった時、世界はどうなるのか?

箴言25-21
あなたを憎む者が飢えているならパンを与えよ。渇いているなら水を飲ませよ。
22:こうしてあなたは、炭火を彼の頭に積む。そして主があなたに報いられる。

旧約聖書略解 箴言25-22  p.629
【火を彼のこうべに積む】=悪人の悔い改めの苦難である(→ローマ12-20)

私見
わたしが、彼らにパンをめぐんでもらうとき、水を飲ませてもらうとき、彼らのこころの内には、こんな思いが有るのか!。

つづく。
投稿者:北斗七星
偽預言者に対する注意を呼び掛けるイエス

マタイ福7-15(同ルカ6-43〜)
にせ預言者を警戒しなさい。彼らは、羊の衣を着てあなたがたのところに来るが、その内側は強欲なおおかみである。16:あなたがたは、その実で彼らを見分ける。茨からぶどうが、あざみからイチジクが採れるだろうか。

マタイ福7-21
わたしに向って、『主よ、主よ』という者が皆、天の国に入る訳ではない。わたしの天の父の御心を行う者だけが入るのである。22:かの日には、大勢の者がわたしに、『主よ、主よ、私たちは御名によって預言し、御名によって悪霊を追い出し、御名によって奇跡をいろいろ行ったではありませんか』と言うであろう。23:その時、わたしはきっぱりこう言おう。あなた達の事は全然知らない。

私見
自称クリスチャンの行いは、茨の棘のようであり、アザミの棘のようであった。いろいろな奇跡すら全然知らない事だ、ときっぱり言われてしまう。

つづく。

投稿者:北斗七星
五、著者と年代  p.316

エイレナイオス(古代教父)は、ルカによる福音書と使徒言行録の筆者をパウロの《協力者》
《愛する医者ルカ》としたが、本書の著者はあまりにもパウロの手紙を知らない。・・・略・・・
本書の筆者は医者ルカとは別人であろう。

本書の成立年代は、紀元70年代150年との間で議論されている。
 
使徒言行録 
注解  p.337
パウロは突然神によって回心させられたが、彼は(キリスト教徒を)迫害したことを悔いていない。
彼の神信仰は回心前後で、いささかも変わっていない。この点において、パウロの回心は私たちの回心と異なる。

私見:ここに書かれている「彼はキリスト教徒を迫害したことを悔いていない。彼の神信仰は回心前後でいささかも変わっていない」ということは極めて重大な意味を持つものである。明らかに神との旧い契約と新しい契約の内容には正反対と言える程の違いがあるのだから、それを混合すれば、殺せ、呪え、報復せよ等の命令と、報復するな、裁くな、敵を愛せと言う命令が葛藤を起こして揺れ動く。歴史が示す通りの悲劇が起こる。パウロには古い神との契約が消えずに残っていたと見ざるを得ない。そのパウロの亡霊をカトリック、プロテスタントの双方が受け継いだ。

ペトロの手紙二 諸論 
一、著者 p.698
本書は、権威づけのためにペトロの名を借りた偽名文書とみて間違いない。
三、成立年代・場所
成立年代はかなり遅い。二世紀のキリスト教文献と内容的に共通するものが見られるため、二世紀前半と言われることが多いが、確かなことはわからない。

私見
以上に見て来たように、聖書は神ではなく人間の営為によって作られた神話文学作品である。そうで有ればこそ、神話解釈としての神学、あるいは神智学が必要になって来ざるを得ない。その中には善論も有れば、そうでないものも有る。善いものは受け入れ、悪いものは排除しなければならないことになる。
つづく。
投稿者:北斗七星
ローマの信徒への手紙
  
注解  挨拶1-1〜7   抜粋
使徒の原意は「遣わされた者」。後代の教会では「十二使徒」と言った限定的な意味を持つにいたったが、初代の教会では原意に近い意味で用いられている。

パウロは生粋のユダヤ教徒またその巡回伝道者として、当時新興宗教であったキリスト教徒を迫害したが、劇的な回心を体験、キリスト教、特にユダヤ人社会周辺の人々(改宗者、信奉者=神を恐れる人々、異教徒)への巡回伝道者となり、大きな影響を与えると共に、保守的なユダヤ人の反感を買い、ローマで殉教した。

選びと召命の強調は、エルサレムやのアンティオキアのキリスト教徒たちと同じ道を行かなかったため「自薦の使徒」という非難に対するパウロの反論である。
パウロは生前のナザレのイエスを直接知らず、またイエスにまつわる物語や言葉伝承を無視しているかのように全く伝えない。むしろ元ユダヤ教巡回伝道者にトーラー(律法)が占めていた場所にこの体現者が取って代わったと言えるほどである。(p.385下)

 使徒言行録 
諸論  
一、書名、内容、構成   抜粋  p.314
「使徒言行録」という書名は、二世紀後半以後に付けられたもので、もともとついていた表題ではない。なぜなら、本書の著者(以下「ルカ」という)にとって使徒でないパウロの言動が、本書の後半部分を占めているからである。従って、パウロも一般に使徒と認められるに到った紀元二世紀後半から、この書名が付けられたものと思われる。

つづく。
1|23

ランキング

応援ありがとうございます

にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ
にほんブログ村
こちらもよろしく

最近の記事

最近のコメント

ページ・ビュー

自由項目8

teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ