晴耕雨読

淡々と日々の暮らしを立てるために働き続け、木々の緑、雨音、枯れ枝に架かる雪を密かに楽しむ。
老いては老いを楽しみ、若者の成長に目を細め、良い人生だったと感謝しつつ旅立つ。
こんな当たり前の人生が許されない世にはして欲しくありません。

 

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投稿者:早雲
あやこさま、こんばんは。
ドイツ人の国民性に原因を求めることは当たらないと思います。
当時のカソリック教会の世俗勢力との間の力関係を考えるべきでしょう。
フランスでは国王が高位聖職者に対する任命権、教会に対する課税権、教会関係の司法権を手中に収めていましたし、イングランドやスペインでも同様でした。
しかし、ドイツは神聖ローマ皇帝の権限は小さく、選帝候などを始め有力諸侯は半ば独立国家の様相を呈していました。日本の室町−戦国期に近い状態です。
このため、他国のように強大な中央権力で、教皇の影響力を排除することは出来ませんでした。
教皇にとっては残された最大の収奪の的で有った訳ですから、ドイツにおいては教皇と教会に対する不満は他国と比べて一段と大きなものがありました。
付け入る隙が有ったわけです。
投稿者:あやこ
『「近代」から一歩先を見据えて』のシリーズを最近のエントリーからさかのぼって拝読させていただいております。

早雲様のおっしゃるとおり、プロテスタントはキリスト教の個人主義(強欲)化であり、それはユダヤ教化(逆行?)であったのではないかと想像しています。

そこで疑問に思っていることを質問させていただきたいのですが、ドイツという家族や共同体の価値を重んじる国から、プロテスタントのような個人主義宗教が誕生した訳について、早雲様はどのようにお考えでしょうか。もしもよろしかったお聞かせください。
投稿者:早雲
カルヴァンを代表に宗教改革指導者の背後には国際金融家が存在していたと考えています。
カソリックを見限り、より自由な利得活動を得るために宗教改革が行われたと思っています。

宗教改革が“新大陸”から欧州に大量の金銀が流入し始めた時点で始まったことが重要です。このため、欧州ではインフレが急速に進みます。“貨幣余剰”ですね。

せこい金貸しではなく、「近代システム」への移行をめざしたのが宗教改革です。
国王などに金を貸し出すだけではなく、人々の生産活動や生活にも金貸しを拡大するための価値観及び制度の変更が宗教改革です。

投稿者:☆‥ゝ

なるほど、その次元の話だったのですね。

それに対しては、前回のコメントに替えて、以下のようなコメントが適切になります。

もし、尊皇攘夷を思想的背景とする明治維新は、結果的に日本が、欧米の先進的資本主義国に追いつき、ある部分追い越すというその後の歴史的展開のスタートとなりました。

しかし、それをもって、欧米の評論家が、

『江戸時代末期に国民運動のごとく盛り上がった尊皇攘夷運動は、日本が世界に対して攻撃的な製品輸出をおこない、世界を経済的に席巻することを、倫理的に正当化するための運動であった。』

というような論陣を張ったら、やはり不当評価ということになるのではないでしょうか?

それと同型の理路で、プロテスタントの禁欲的倫理は資本主義経済を準備することになったと思います。

つまり、ある結果の原因であることは、その原因が、ある結果を目的として実行されたことを断定する根拠とならないという意味で不当という言葉を使っています。

もう一つ、例をあげると、

プロテスタントの宗教原理と、日本最大宗派である浄土真宗の宗教原理の相似性は、欧米や日本の宗教学者の多くが指摘するところです。

そして日本が、欧米以外の民族国家でありながら、唯一植民地化を逃れて日本的資本主義国家にテイクオフしたのは、『浄土真宗を最大宗派とする日本』がその理由の一つであったことは、否定出来ないと思います。

しかし、奈良仏教の宗教改革であった浄土真宗が、未来の日本の資本主義を正当化することを目的としたという論陣は、その人に常識的な日本史の知識がないことを意味すると思うのです。

それと同型ではないかと。





http://homepage2.nifty.com/koizumi-8808/
投稿者:早雲
とらちゃん さま、はじめまして。
こちらこそよろしくお願いします。

建つ三介さま、☆‥ゝさま、こんばんは。
>僕には、ちんけな『がりがり亡者』には思えません。

そうではないと思いますが、引っかかっているのは、なぜプロテスタントなのかだと思います。
「資本主義の基盤であった禁欲的職業倫理を、内側から崩壊させていく。」
これこそが偽りで、そもそも「宗教改革」自体が「強欲」資本主義を正当可するための運動ではなかったのかという疑問です。
であれば「内側からの崩壊」は崩壊ではなく元々の原理の「顕在」であるわけです。
投稿者:☆‥ゝ
ヴェーバーの原著を通読してないための不当評価と感じられたので、以下にmixiに書いたものの関係部分をコピ&ぺしておきます。

ヴェーバーは宗教倫理的禁欲主義という情熱に支配された文化からしか、資本主義経済は誕生出来ないという驚く認識を提示した。

しかし、いったん資本主義経済が成立すれば、

「営利活動は宗教的・倫理的意味を取り去られ」て、
「競争の感情に結びつき、スポーツの性格を帯び」て、
「精神の無い専門人、心情の無い享楽人、かれらは人間性のかつて到達したことの無い段階に、すでに登りつめたと自惚れるであろう。」

そして資本主義社会は、「鋼鉄のように堅い檻」となって、
「その機構に入りこんでくる一切の諸個人の生活スタイルを決定し、おそらく将来も化石燃料の最後の一片が燃え尽きるまで決定し続けるであろう。」

と予言している。

石油を初めとする化石燃料を最後の一滴まで使い尽くしてでも、盲目的に経済成長しようとする現在の世界経済。1905年(日本では明治38年)の段階で、なんという的確な予言であろうか。

プロテスタントという禁欲的宗教が生み出した、天職という意識。そして天職という意識が生む、禁欲的職業倫理こそが資本主義の精神である。

そして、いったん資本主義経済社会が成立すれば、資本主義経済の非情なメカニズムが個人を外側から制約するので、資本主義の精神は必要なくなる。

同時に資本主義経済が生み出す豊かな物質文化は、資本主義の基盤であった禁欲的職業倫理を、内側から崩壊させていく。

経済的合理性による生存競争は、「鋼鉄のように堅い檻」となって、資本主義経済の中で生きる「一切の諸個人の生活スタイルを決定」する。ヴェーバーは、そう教えてくれた。


http://homepage2.nifty.com/koizumi-8808/
投稿者:建つ三介
>ウェーバーは、この「強欲」を隠蔽するために研究をしていたんじゃないんでしょうか? ふつふつと疑問が沸いてきます。

今晩は。
1917年のロシア革命後、ドイツの共産主義者らが、武装蜂起しようとしたとき、ウェーバーは『社会主義には時期尚早』たとえ革命が成功したとしても、力量不足ですぐ頓挫し、『社会主義の評判を落とす』という将来への悪影響さえある、と述べています。
彼のプロテスタンティズムの研究は、「彼が資本主義経済永続することを願っていたこと」を表していない、と思いますが・・。ウェーバーの「古代ユダヤ教」研究も、もっとラジカル[根源的]な人間探求だと思いますが・・。ベンサム的な『致富賛美』ではなくて・・。

『職業としての学問』は『反ファシズム』を呼びかけた20世紀最高の名著の1つと故・藤田省三氏は賞賛していました。僕には、ちんけな『がりがり亡者』には思えません。



http://blogs.dion.ne.jp/ivanat
投稿者:とらちゃん
はじめまして!
「晴天とら日和」のとらちゃんと申します。
TBお送り下さってありがとうございます。

色々とあるようで、会社によって・・・
これでいいんでしょうか?
無事、送られたら良いのですが?

今後とも、どうぞヨロシクお願い致します!

http://blog.livedoor.jp/hanatora53bann/

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