日本核武装によるアジア核戦争の恐怖−1 の続編です。
【5.兵器級プルトニウムを製造する方法】
兵器級Puを作ることのできる原子炉は、黒鉛炉、重水炉、高速炉である。
黒鉛炉は、同位体純度98%の兵器級Puを生産できる。アメリカやロシアなど世界の原爆のほとんどはこの黒鉛炉で作ったプルトニウムを用いている。日本最初の東海原発は、平和目的を大掛かりに宣伝していたが、実はこの原発で作ったプルトニウムはイギリスに売られて、イギリスはそれで原爆を作っていた。

重水炉も兵器級Puを作ることができる。インドの核実験は、カナダから購入した重水炉で得たプルトニウムを用いたものである。日本はこのカナダめ原子炉を買う予定であったが、アメリカの反対でこの原子炉を買うことができなかった。
高速炉とは、上図のように、炉心に他の原子炉で作った同位体純度60%の原子炉級Puを入れて、高速中性子を発生させ、これを周りに配置した天然ウランのブランケット(毛布)に当てて、同位体純度98%の兵器級Puを製造する原子炉である。つまり、プルトニウム濃縮用の原子炉である。
フランスは、この高速炉から得た兵器級Puで原爆を作り、ムルロア環礁で核実験した。この核実験はアメリカの所有しない高純度Puによる核実験であったから、アメリカ・エネルギー省はこの核実験に立ち会った。イギリスとドイツはこの核実験の完全なデータを入手した。この核実験は白人諸国の連合実験だったのである。フランスは、高速炉から得たこの兵器級Puで、原爆をすでに400発製造したという。
フランス原爆製造工場のフラマトムは、ドイツのシーメンスと合併し、また軍隊も統合したから、この原爆はドイツのものでもある。
ロシアは、アメリカと同様に黒鉛炉で兵器級Puを作ってきたが、高速炉から得られる高性能のPuにも関心を持っていると伝えられる。
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核開発に反対する核物理研究者の会通信 第42号 2006年12月
日本核武装によるアジア核戦争の恐怖 槌田 敦 よりの転載です。
【6.増殖炉というもんじゅのウソ】
高速炉もんじゅでは、Puが1個核分裂すると、1.2個のPuができるから、Puの増殖だという。しかし、こうしてできたPuを再処理して抽出しなければならない。その作業時間を考えると、Puが倍増するまでに、50年〜90年かかってしまう。つまり、この増殖は意味がない。
そのうえ、プルトニウムは圧倒的に高速炉の使用済み炉心燃料に存在する。しかし、高速炉の炉心には核分裂で貴金属が大量に作られている。これは硝酸では溶けないから、大量のPuは貴金属の中に残渣として残ってしまう。実際には、Puは増殖しないのである。夢の原子炉は夢だったのに、このウソをまだ日本人の多くは信じている。
【7.日本はすでに核兵器製造の準備をしている】
日本はこの常陽ともんじゅでこの原爆材料をすでに生産している。
本会(核開発に反対する物理研究者の会)への旧動燃(以下動燃という)の回答(1994年11月4日付FAX、通信第5号)によれば、動燃は、大洗にある常陽において同位体純度99.4%の兵器級Puを22kg生産し、敦賀にあるもんじゅにおいて同位体純度97.5%の兵器級Puを62kg生産し、合計84kgの兵器級プルトニウムを動燃は所有している(資料12頁参照)。
これを再処理してPuを抽出すれば、ただちに原爆を30発以上作ることができる。そしてこれを抽出するための再処理工場(RETF)の建設もほとんど終わっている。
マスコミはこの事実を知っている。しかし、一切報道しない。彼らは国民をだますことを何とも思っていない。そして、脱原発運動や原水禁運動の一部指導者も、この事実を隠すことに協力してきた。
そして、多くの知識人は、原子炉級プルトニウムも核兵器の材料だと言い続けている。有名な日本の物理学者(たとえば池内了氏)もそのようなことを言っている。特にマスコミは一致してプルトニウムならなんでも兵器説をとっている。
しかし、すでに述べたように、これはまったくのウソである。日本が兵器級プルトニウムを生産し、貯蔵していることを隠蔽するために仕組んだ陰謀に、故意または無知はともかく、この人達は加担してきたのであった。
【8.日本の核兵器工場】
日本はふたつの高速炉を持っている。常陽は、日本独自で開発した高速炉であるが、アメリカの介入で現在はブランケットを外し、兵器級Puを生産していない。しかし、運転初期には兵器級Puを生産していた。そして、ブランケットを復活すれば、いつでも兵器級Puを生産できる。もんじゅは、約1年運転したところで、ナトリウム漏れ事故(1995年)を起こし、現在運転していないが、復旧作業が進められている。
この兵器級Puを分離・抽出するため、リサイクル機器試験施設(RETF)という特殊再処理工場が東海再処理工場の付属施設として建設されることになった(1994年)。このようなうさん臭い名前が付けられたところに、この特殊再処理工場の本質がある。しかし、この特殊再処理工場は、建物が完成した段階で建設は停止されている。それは東海再処理工場の爆発事故(1995年)によるものと説明されている。
そして、常陽の燃料を供給するJCOが、臨界事故(1999年)を起こし、東電、関電、中電で原発事故が頻発し、日本の原子力は信用をすっかり失ってしまった。
そのうえ、日本の政官財が強く推進してきた核融合装置(ITER)の誘致に失敗(2005年)して、日本でトリチウムの生産ができなくなった。その結果、たとえ、日本で原爆や戦術核が生産できても、水爆や中性子爆弾が作れないことになった。
もんじゅの最高裁判決後に、もんじゅの修理が再開されることになった。しかし、この修理には1000億円必要としていたが、200億円しか予算が得られなかった。
もんじゅの建前が兵器級Puを生産する軍用炉であれば、修理費は必要なだけ投入することができる。しかし、電力の生産を建前にしているので、これに比べて修理費という出費をこれ以上増やすことはできない。そのため、ナトリウム配管室の空気から酸素を取り除き、窒素ガスだけにすることさえできなかった。
もんじゅの事故で、ナトリウム配管内の温度を計るのに水流の温度計を転用するなど、周辺部の設計がお粗末であることが明らかになった。ところが、今回の修理では一部手直ししかできないので、運転再開を強行すればまた事故を起こすことになるだろう。
このように、日本の核開発計画は頓挫しているし、またその内容もお粗末である。しかし、今回の北朝鮮の核実験で日本の核武装計画は強引に進められることになる。
【9.日本は核武装できないという思い込み】
平清盛が鎧の上に衣を着て世間をだまそうとしたが、袖から鎧が見えたという故事のように、日本の核武装はその姿をすこしづつ現しはじめた。ところが、この現実を認めたくない人達がいて、政府に代わって日本の核武装計画を否定する。
アメリカは日本の核を容認する筈がないと言い続ける人達がいる。たしかに昔はそうだった。イギリスから買った最初の原発、東海村の黒鉛炉の使用済み燃料の日本での再処理を許さなかった。
カーター大統領の時代には、日本がカナダから重水炉を買うことを妨害した。また、常陽のブランケットを外させた。いずれも兵器級Puの製造を日本にさせないためである。

しかし、最近は違う。アメリカはもんじゅの建設を認めただけでなく、そのブランケットから兵器級Puを抽出する特殊再処理工場(RETF)の建設も認めた。そして、そのための軍用小型遠心抽出器(上図)を動燃に販売した。兵器級Puは臨界条件が厳しくて、普通の再処理工場の抽出器では臨界を超えて核分裂が始まるという心配があるからである。
動燃にこの事実を確認したところ、動燃はこの遠心抽出器を改良して、アメリカに提供したから、共同開発であると答えた。当時、アメリカは、核兵器製造による大量の放射能の後始末に資金が不足していたのである。そとで、動燃はアメリカ軍に資金と技術で協力し、その代わりにアメリカから軍用技術の提供を受けていたのである。
そして、このRETFが完成すれば、日本はいつでも核兵器を生産できることになった。日本のマスコミは、この重要な出来事を知っているが、隠している。
そのため、動燃がわれわれ物理研究者の会に発表した内容も、この通信の範囲でしか知れることはなく、しかも、この事実を知っている筈の知識人もこのことについては、口ごもっている。その深層心理は、日本の国益なのであろうが、理解できない。
また、日本が核開発すれば、平和利用に限られているウランの購入ができなくなるという人もいる。そして、核拡散防止条約に違反することになる、という人もいる。このような条約は、核兵器を所有してしまえば、何の制約でもない。
日本では核実験できないという人もいる。日本は太平洋に東京都に所属する小さな島をたくさん持っているから、それを使えばよい。それに、アメリカの属国としての日本が、アメリカの手先として核を使うのであれば、RETFの遠心抽出器と同様に、必要なデータはアメリカから買うこともできる。
【10.アメリカによる残酷兵器の使用を日本が抗議しなかった理由】
ところで、核兵器は使えない兵器である。ベトナムやチェチェンで何度も使用が計画されたというが、実際には使用できなかった。それは、これが残酷兵器なので、核を持たない国にこの原爆を使用すると世界から非難されるからである。
では、なぜ、日本はアメリカの残酷な原爆使用に抗議せず、これを許したのか。それは、「戦争を終わらせるために原爆を使った」とアメリカが宣言し、また原爆の悲惨さを悲しんで天皇が降伏を決意したということになっているからである。
これは、どちらも大掛かりなウソである。アメリカは原爆を投下するために戦争を長引かした。その証拠は、アメリカが日本の軍需工場を本格的に爆撃したのは、長崎への原爆投下の後である。そして、日本の鉄道は敗戦の日も動いていた。アメリカは日本の戦争継続能力を温存していたのである。原爆投下の目的は、人的被害の大きさを試すためであった。
1945年8月9日午前4時(日本時間)、ソ連は、短波放送により対日宣戦を布告し、ソ連軍は満蒙国境を越えて侵入した。北海道への電撃的上陸の心配もある。そこで御前会議が開かれ、天皇が降伏を決意した。アメリカとの戦争にソ連が加わればどのようなことになるかは、分割されたドイツを見れば明らかである。北海道はソ連の支配下にはいる。それだけでなく、天皇制は廃止され、天皇は処刑されることになる。
そこで、できるだけ早くソ連ではなくアメリカに降伏して、天皇制の推持と天皇戦犯の阻止をはかろうとしたのである。そこで、みじめな降伏の理由付けに原爆投下が使われ、天皇が悲惨な原爆投下を嘆き、降伏を決意したという芝居が演じられたのであった。
このような事情を知らない日本国民は、すっかり騙されて、正義の原爆投下ということで、残酷兵器を使用したアメリカに抗議することをすっかりあきらめてしまったのであった。
7/1/21
その3に続きます。

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