石油ピーク"の意味するところ その1よりの続き
北朝鮮とキューバの危機からの教訓
現代農業を支えるために,大量の化学肥料,除草剤,殺虫剤などが使われている。これらは石油から合成される。各種の農業機械も石油で動く。「石油ピーク」は「食料ピーク」なのである。
石油不足が国家を左右した例がふたつある。北朝鮮とキューバである。前者は旧ソ連からの石油支援が途絶えた結果,国民は飢えた。一方,同様の条件に置かれたキューバは,伝統的な農業に回帰し,国民は飢えなかった。キューバは単に昔に戻ったのではない,徹底的に有機農業を研究し,それを実践したのである。つまり社会と自然とあり様が国の存続を左右したのである。
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UCLA教授でピューリッツァー賞受賞者のJared Diamondは近著『Collapse: How Societies Choose to Fail or Succeed』(2005)で,社会が崩壊するかしないかは,自然観の違いにあると述べている。社会の崩壊は森林の破壊に始まり,土壌破壊が最終的な食料危機を招く,これは西欧の放牧型,肉食社会においてとくに顕著であるという。それは食物連鎖の上位にいるほどより太陽エネルギー浪費型となるからで,光合成の最初の産物である草を食べるのが最も効率的となる。
元来,日本民族は草食系であったが,いつしか西欧型の食生活となった。これを「進歩」と思ったのである。残念なことと言わねばならない。同書によると,グリーンランドに移住した中世のバイキングは自然と共に生きるイヌイットの漁業技術に学ぶこともなく,ヨーロッパ型の牧畜に固執し,目前の海の幸を見ながら死に絶えたという。対極的な例として,日本が江戸時代に徹底的なリサイクルで土壌を維持し,トップダウンで森林を保全したことをDiamondは賞賛している。欧米に学ぶに忙しい日本のエリート層は心すべきである。
"石油ピーク"は2010年以前にも訪れよう。そして石油ピーク後,"石油減耗:Oil Depletion"に向かうと見られる。この予測は右肩上がりの成長を否定する。したがって,日本もこれを国家リスク,安全保障問題と捉え,真剣に考える必要がある。徒に耳をふさげば,国家の計を誤る。
有限地球観に立つ「第三の経済学」
人類社会は結局のところ,自然の制約から逃れられないが,社会はそれを視野に入れた学問を育てなかった。主流の経済学である資本主義経済とマルクス経済学のいずれも有限地球観を視野に入れなかった。しかし100年以上も前に,イギリスに「もうひとつの経済学」が誕生しかかっていた。W.S.ジェボンズ(1835〜1882)の『石炭問題』(1865年)である。これは産業革命が石炭不足を招いたことを懸念して書かれたというが,その先駆的な考えも,豊富な石油の到来と共に忘れられた。
それからほぼ1世紀が過ぎた。1970年代の石油危機の頃に『The Entropy Law and the Economic Process(エントロピー法則と経済過程)』(Nicholas Geogecs Reogen著・1971年)という難解な書が世に出た。その要点は,@経済のプロセスは,エントロピー的である,Aそれは物質・エネルギーの生産も消費もしない,Bただ低エントロピーを高エントロピーに変換するのみである,というかなり思想的なものである。
これは「自然現象は常にエントロピー増大する方向に進む」という自然観,熱力学の第二法則に基礎を置いている。究極的に人間活動は悠久の自然の一部にすぎない,人間のみが有限地球で無限に成長できるはずはないということである。「もうひとつの経済学」を資本主義,社会主義経済学と対比して「第三の経済学」と呼ぶことがある。
「プランB」と「もったいない」
"石油ピーク"の影響は,まず運輸に現れるはずである。クルマ,船舶,飛行機などの内燃機関が「常温で流体の石油」で動くからである。これはいずれグローバリゼーションを根底から揺るがすこととなろう,なぜならグローバル社会は,世界規模での低価格輸送を前提としているからである。そして,石油ピークの影響は現代の工業化社会のすべてに及ぶのであろう。
国家としてこれに対処する「プランB」の策定が急がれる。そのためには,「限界」を認識したうえでの在来型エネルギー源の見直しに加え,「自然から学ぶ」姿勢が大切となるだろう。自然と対峙する西欧型の文明を見直し,浪費社会からの決別を計るのである。自然から学ぶことが最大のエネルギー源と考えるのである。
「プランB」と「脱石油戦略」
・石油ピーク」:国家のリスク管理、安全保障
・エネルギー戦略:EPR、時間軸の視点
・改革すべき現代農業:自然と共存、地産地消
・化学原材料の脱石油、天然ガス
・自然と共存:都市集中から地方分散
・日本は大陸でない:75%が山岳の島国
・運輸が緊急課題:再評価すべき日本の鉄路
幸い日本には「もったいない(勿体無い)」という奥ゆかしい言葉がある。これは英語にはない日本特有の言葉である。西欧で育った剥き出しの「マネー・効率優先,市場至上主義,勝者がすべてを取る、大量のゴミと共に人をも捨てる社会」は止めにしたいものである。これには未来はない。
[もったいない] MOTTAINAI
・石油ピークは食糧問題
・在来型エネルギーインフラの再構築、自然エネルギーの徹底利用
・浪費文明の終焉:日本の言葉「もったいない」
・脱石油文明:石油枯渇ではない、「常温で液体」の燃料が乏しくなる
われわれが自然と共存する文明を構築するためには,新しい価値観に立った科学・技術が必要である。20世紀の大都市集中は優れた石油あってのものであり,21世紀はその逆,「分散」の時代と思いたい。そして,新しい日本の価値観,知恵を創造する時代が来たと考えたい。その結果の日本の知恵をアジア,世界へ広めたいものである。
以上
緊急提言 「省エネルギー」2006年1月、vol. 58 no.1:(財)省エネルギーセンター
”石油ピーク"の意味するところ”
新しい日本の価値観と知恵の創造に向けて
石井 吉徳
東京大学名誉教授 より

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