晴耕雨読

淡々と日々の暮らしを立てるために働き続け、木々の緑、雨音、枯れ枝に架かる雪を密かに楽しむ。
老いては老いを楽しみ、若者の成長に目を細め、良い人生だったと感謝しつつ旅立つ。
こんな当たり前の人生が許されない世にはして欲しくありません。

 

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投稿者:カーク
お玉さんの所に書いたコメントと同じで申し訳ありませんが書かせてもらいます。移植法は10年間あまり議論されなくて、改正案が提出されて4日しか審議されなかったと聞きました。もっと慎重な審議をしてほしかったと思いますね。審議が少な過ぎでしょう。人の命を軽く見過ぎてますよ。
この十年間の移植例についてさえも検討もなされなかったのでしょう。
いろいろな想定をし過ぎてもしすぎることはなかったと思います。
脳死が人の死であることの社会に与える影響についても、審議されるべきでした。また、保険はどうなるのかも心配です。


http://blogs.yahoo.co.jp/kark530/
投稿者:早雲
S.Kさん、幸未来願さん、コメント有り難うございます。
愚樵のところでももりあがっています。

http://gushou.blog51.fc2.com/blog-entry-269.html#comment-top

ご参考まで。
投稿者:幸未来願
こんにちは。こちらの記事を読ませて頂きましたが、全くもって同感です。
勝ち組とか負け組とか格差が進んでいる今の日本で、臓器移植をやると、ドナーの人間が助かる医療を医者が放棄してしまう可能性があり、恐ろしくて賛成出来ません。

考えたくないですが、ホームレスの方とか事故にあった時、大した医療もせず勝手にドナーにされ臓器提供を余儀なくされるとかあり得るのではないでしょうか?
国策捜査をやる日本ですから、狙った人間をわざと事故に合わせ臓器提供で美談にしてしまおうとか考えかねません。
恐ろしすぎます。
一握りの強い者以外の弱者が全てドナーとなりうる怖さがあります。ドナーになった時、助かる医療をせずに見殺しにされるわけです。
臓器移植を止めて、正統な医療をもって患者を救えるような社会がいいと思います。
投稿者:S.K
いよいよ日本も臓器輸入国の仲間入りをしそうですね。現状では臓器移植は珍しく、報道の対象になっていますが、数が増えてくれば珍しくもなくなります。そうなれば、バイヤー、ブローカーが極々「新鮮」な臓器を商売するのでしょう。
イタリアではアフリカ諸国から養子を迎えるのが流行っているそうです。が、出国した子供達の半数も養父・養母の元に届かないと言われています。南米では貧民街の子供が或る日忽然と姿を消す・・・警察も熱心には動かないそうです。そして、欧州各国や米国に新鮮な臓器が出回る事になるのです。
先日、米国旅行を楽しんでいたデンマークの青年が死体で発見されたそうです。そして、その死体は臓器が空っぽだったそうです。勿論、獣たちに食い散らかされた訳じゃありません。

米国での話、バイク事故で大怪我をした青年、医者によると耳から脳が流れ出しており「脳死」判定が出ました。ドナー書類を持っていた為、両親も臓器提供に同意し、臓器摘出チームが来たその日、お別れに集まった親族に看護師が二人居ました。その内の一人が、「脳死」判定に「もしや?」と思い、足を引っ掻いてみたそうです。反応がありました。次ぎに二人で刺激を与えたそうです。そうすると、脳死患者が腕を動かしたのです。医者を呼び、その反応を見せると臓器摘出は中止になりました。彼は、その後たいした後遺症もなく4ヶ月で退院したそうです。
彼の言によると、「事故は覚えていないが、脳死判定された言葉は覚えている」そうです。

人の「脳死」とは何でしょうね?
人から臓器を貰わず、自分の幹細胞から容易く臓器が作られるようになる日迄、待つべきでしょうね。或る日、子や孫達が突然居なくなり、発見された時は他人の身体の中・・・まあ、発見される事も無いでしょうね。
投稿者:もえおじ
僕は、臓器移植が増える事に賛成です。現在、日本では13000人以上の患者が移植を待っており、毎日10〜20人は移植手術を受けられずに亡くなっています。

脳死や移植を拒絶するのは個人の自由として認められているので、他人が移植することをとやかく言うべきではないと思います。 潜在的移植需要が年間およそ1万人いる日本の状況を考慮すると、健康保険証や運転免許証の中に本人の臓器移植の意思を記録するべきでしょう。
投稿者:ろろ
衆院ではA案で決議がされたそうです。党議拘束を外してこれですから、参院もすぐに成立するでしょう。

ビジネスにつながるものを今の日本で否定することは困難なのでしょうね。なんとでも正当化できるわけで、後から問題が起きれば「もう決めてしまったから」。

日本がここまで「近代的」な国になっていたとは、正直驚きです。これが文明だと言うなら、私はお断り願いたいですね。

http://blog113.fc2.com/roronotokoro
投稿者:悠遊子
「脳死移植待ちはマンイーター」氏の(09.5.2付け)発言にセコンドします。

戦後60年を経た今日でも、なお、戦地に放置された遺骨に心を痛める日本人の生死観から見ると、臓器移植はドナーが命を失わない場合、腎臓の一方とか、肝臓の一部とかのみに限定すべきでしよう。

外国に出かけて心臓移植を受けるのを当然の権利と考えるなどなどもってのほか!

なお「脳死臓器移植」は自然の大原則に背反し、生物種の一つである人類の健康を著しく損ねるのでは・・・

これだけ医術が高度化した現在、医術者たちは損壊した(脳死状態の)脳機能修復の技術開発はギブアップしたのでしょうか?対テロ戦争において外圧による脳損傷を受けた戦病者の治療にも役立つのでは・・・

http://blog.goo.ne.jp/goo5432nkt
投稿者:お願い
検索してみてください
B層
共謀罪
北朝鮮人権法
911真実
新憲法草案
投稿者:脳死移植待ちはマンイーター
基本的に脳死移植とは、人食いである。
通常の医療行為と信じて、臓器をよこせという人間の神経は、麻痺している。
まず、悪魔に魂を売っているという自覚の元に、臓器移植を言うべきである。

子供の臓器移植は、生体間移植であってもさけるべきではないのか。(兄弟姉妹への提供を強要される)
医療機関が虐待の有無を判断する案がでてきているが、医療行為で儲ける立場で公平な判断などできるわけがない。

死ぬ前に、臓器保存剤を投与して、死期を早める行為も米国の事例から枚挙にいとまがない。

最後に、公平に移植者が選ばれている訳ではないという現実があるだろう。宝くじの当選番号にも不自然なものがあるように、仕組んで行えば可能なのだ。
(マネロンの温床という噂すらある)


臓器生産以外に人を食らわずに移植を行う方法はないでしょう。そちらの進展を心から願うより他に道はない。

真っ当な現実を判断するたたき台の提供をしていただいた、晴耕雨読氏の見識に感謝します。
投稿者:通りすがり0-0
>つづき

以前の管理人さんの脳死に関するエントリーにもコメントさせていただいたのですが、そのとき計らずも死を表現するのに『息を引き取った』申し上げました。脳死患者さんは、正(まさ)しく『息をっ引き取って』います。ICUのような特殊な環境に置かれているのでなければ、通常すぐに心停止が確認でき死亡と判定される状態です。重症の呼吸器疾患によって一時的に呼吸を停止したのではなく、脳幹も含め、司令塔である脳が死んでいるので、回復の見込みはありません。医学的に脳死は完全な死であり、昏睡とは区別され、その基準も明らかにされています。昏睡状態では脳機能は低下していても、“停止”してはいないのです。

脳死というのは、いわば「首斬り」と同じです。首が斬られて、頭が胴体と別々になったら、あなたはこの胴体を生きている人と呼びますか?
その別々になった胴体に、人工的にてっぺんから肺に向かって管を差し込まれ人工呼吸器に繋がれ、大静脈から昇圧剤や強心剤を注入されて心拍動や血圧が一時的に保たれていても、あなたはこの胴体を生ける一人の人間とみなし、呼吸器や強心・昇圧剤がついに効かなくなるまでこれらの延命処置を続けたいと思いますか?

グロな譬えで申し訳ないですが、もし私個人にこんなことが起きましたら、こんな残酷な処置は直ちに止めて欲しいものです。
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