晴耕雨読

淡々と日々の暮らしを立てるために働き続け、木々の緑、雨音、枯れ枝に架かる雪を密かに楽しむ。
老いては老いを楽しみ、若者の成長に目を細め、良い人生だったと感謝しつつ旅立つ。
こんな当たり前の人生が許されない世にはして欲しくありません。

 

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投稿者:北斗七星
罵様

>太郎“路上”記者会見

小沢一郎氏、”大魚”逃した。有難い言葉でししたが、過去形になりました。
傀儡になりたくなかった?。
投稿者:北斗七星
「私が総理大臣ならこうする」(大西つねき 白順社)-2

「国の借金1000兆円、一人当たり800万円」と言うようなフェイクニュース(もうおわかりだと思いますが、正確には国の借金ではなく、政府の借金)あのようなニュースがなぜ大手新聞の一面を飾るのでしょう?、それは「いずれ返すべき後払いの税金なのだから、一刻も早く税収を増やして支出を削り、借金を減らせ」という主張が背景にあるのです。
以上引用。

私見
この主張は国家(一般国民)と政府(国家権力)が分離されてしまっていて、いわば敵対関係にあるわけで(実際そうなってしまっている)国家(一般国民)の意思を離れて政府が勝手に借金を増やして、それを国家(一般国民)の借金だと偽っているという主張です。

一つの重要な課題は、大西氏のこのような思想を既存の野党が受け入れられるのかと言うことです。
既存の野党が「政府の借金」=「国民の借金」と認識していれば、野党統一が成就して政権を握ったとしても基本は何も変わらない。

大西氏の主張に沿って考えたときに、統一野党がそのまま「政府の借金」を引き継ぐことになる。これは「ババ抜きゲーム」で最後に「ババ」を引き抜いてしまうことになり、政権奪還が、実は「負け」たことになってしまう。

莫大な借金を抱えた親の「負の遺産」を相続する子は居ない。

こう考えると、財政問題一つとっても、やはり尋常な変革ということは考えられない。
投稿者:
>北斗七星様と会話で山×太郎なんだ説教か!
↓太郎“路上”記者会見、社会常識欠如、児戯
http://www.asyura2.com/20/senkyo274/msg/167.html
投稿者:北斗七星
尊厳と尊厳死

支配層と関係無しとも言えないので、ここの記事に書きます。

人間の尊厳には、生き恥を晒さないという尊厳があったはず。はっきりとは見えない殺人を犯し、嘘と隠蔽を並べ立て、労働搾取という盗みを働き、邪淫は言うに及ばず。これほどの悪行を働いてなお、慚愧の心もなく生きながらえたなら、その人間には尊厳を認められない。

とうてい、「生きているだけで価値がある」とは思いがたい。「死ね!」とは言わない。
慚愧の心を持ってもらいたい。

ソウル市長が亡くなられた。お悔やみ申し上げます。
日本は韓国に負けている。


不殺生、不偸盗、不邪淫、不妄語、不飲酒、
投稿者:北斗七星
政府紙幣について

「私が総理大臣ならこうする」(大西つねき 白順社)

大西つねき氏の名前をここに出したのは、実は政府紙幣の発行を大西氏が書いているためでした。その前に命の選別発言で炎上しているようなので、自分の命について私の思いを述べてみました。

これから書くことも私の妄想みたいなもので、ああしろ、こうしろというものではありません。これだけはことわっておきます。一人の力は微々たるものです。一粒の砂塵のようなものです。

さて、政府紙幣(通貨)の発行ですが、まず、ここの記事に指摘があるように、世界支配層の意向が巨大な壁であることには同意します。

二つ目に、政府紙幣の発行も最後手段として選択してもよいかと思います。ただ、その時は革命的な出来事になると見ています。

三つ目に、シェア・インタナショナルの主張は「分かち合い」です。これは、よく言われる1%?のところに滞留している巨額の錆び付いたカネの放出のことだと思っています。貧困層に放出されることによっておカネは生き返ります。喜々として実体経済に駆け巡ることになり血液の循環は良くなります。

政府通貨を発行しても、それが従来のように1%?のところに滞留してゆくようなら、全く無意味な結果になるでしょう。

結局はおカネの問題以前に、人間の、その人間の中でも支配層の「こころに潜む貪欲、無慈悲、傲慢、迷妄」の問題が巨大なしこりになっていて、社会という巨人の血液としてのお金が循環しなくなっているのです。
投稿者:北斗七星
「死ぬときくらい好きにさせてよ」

樹木希林さんの真意は知らないが、私も死ぬときくらいは好きにしたい。最後を自由に選択したいのだ。生きていたいのに殺されたくはないが、意思表示をできなくなって、一切合切を自分の力ではやれなくなって、家族に多大な負担を強いてまで生きたくはない。もう死にたいのに、他人の都合で生かされたくはない。
しかし、他人の都合で殺されたくはない。
しかし・・・、しかし・・・だ。

「生きているだけで価値がある」と思うことは自由だが、この言葉の意味を深く説明することが大事だ。

わたしは、幕張メッセでの政治イベントの会場で、わずかな時間だが山本氏と直接会話を交わしたことがある。
わたしが「貪欲は飢饉を招く」と言うと、「なんだ、説教か!」と返してきた。
瞬間、この人は会話ができなのではないかと思った。独裁者の片鱗を垣間見てしまった思いがした。
投稿者:北斗七星
「どこまで高齢者を長生きさせるのか。命、選別しないと駄目だと思う」

これは、老人本人の意思とは全く関係のない所で行われる延命治療についての発言ではありませんか?。
高度のというか重度のというか、生き地獄のような介護の実態を知らない、経験していない山本氏のような今が旬のような人間が軽々しく口出しする問題ではないと言いたい。西部邁氏の自殺と自殺ほう助罪に問われた人の問題を深く考えてみたらいかがか。

東京新聞のデカい「れいわ」広告あきれながら見ましたぞ。
投稿者:北斗七星
選挙とは何か?

それは、有権者が候補者を選別する行為である。

この人物は、厚顔無恥で嘘つきな上に阿保馬鹿で狡猾であるという判定を下し、選別してラベル(レッテルでもいい)を貼って魔法の壺に隔離する行為である。

ラベルには以下のように書き記す。

この壺の蓋を開けることを禁ず。
理由は、厚顔無恥、嘘つき、阿保、馬鹿、狡猾無責任、無反省、高慢、無慈悲、強欲、両舌、綺語、いろいろの穢れ多き魂が封印されている故に。

投稿者:
>高橋学・立命館大教授の地震予測またハズレ(令和2年もガセネタ満開)
(↑文学部出の地震学ド素人が週刊誌で競馬予想屋みたいな“地震予想”)
http://blog.goo.ne.jp/.../84a4fd68ea2140b9ea59afadb6abe5f2

投稿者:北斗七星
大西つねき氏の発言炎上

「こういう話、たぶん政治家怖くてできないと思いますよ。命の選別するのかとか言われるでしょ。生命選別しないと駄目だと思いますよ、はっきり言いますけど」と、生命の選別を肯定。そして「何でかっていうと、その選択が政治なんですよ。」

私見
こういう発言は、「政治の現実」を冷徹に見つめた人だからこそ出来る発言であり、まさに現実に即した正論だと私は思う。政治家は、評論家とは違い、きれい事を並べるだけでは机上の空論者になってしまう。結果、政治家には成れない。医は算術(カネ儲け)と言われて久しい。人命は尊いという標語を掲げてはいるが、その裏では金もうけ「だけ」にいそしんでいる輩がいる。このような偽善的現実が有ると言うことは頭に入れておいた方が良い。

東に尊敬する一人の賢人が命の危険に際して助けを求めている。西に見知らぬ5人が命の危険に際し助けを求めている。どちらも一刻の猶予もない。さてどうする?。こういう問題に政治家は直面する。ジャーナリストはそのどちらをも助けずに、現場にカメラを向け、ペンを取る。一方で政治家はきれい事だけではやれない現実がある。

そもそも、この現実世界は「命の選別」ばかりが横行している。教育では偏差値が選別基準だ。スポーツでは身体能力。組織に入れば職業能力と空気を読み取る能力と言ったところか。それらを全て否定することは出来ない。行き過ぎないようにコントロールするしかないと思う。何処までが許容範囲なのか?、そこを見つけ出す努力が必要ではないか。

医療に関して言えば、予防医学の普及が必要だと思う。これを怠ってきたせいで生活習慣病が増えすぎている。現代栄養学の欠陥と運動と健康の関係に対する無知が病気を増やし、その病気を対症療法で治そうとしている。ちょうど、戦争を遂行しながら人命は尊いと言っているようなものだ。
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