「人さらい」(詩・草稿)
あれは確かにヒゴちゃんだった
神隠しに遭ったと言われたヒゴちゃんだった
何もないこの町にサーカスがきて
空中ブランコに綱渡りの看板娘 ミス・マリーはたしかにヒゴちゃんだった
ヒゴちゃんの家はお金もち
お母さんがきびしいひとで
ヒゴちゃんが神隠しにあったことで
綺麗な体で帰ってこないと思ったんだろうね
まもなくヒゴちゃんのお葬式がひらかれた
川で事故死したことになっていたけど
夜通しお手伝いしたわたしとお母さんは見てしまったのさ
ちいさな棺桶の蓋をあけた中には
白い花がしきつめられていてヒゴちゃんはいなかった
ミス・マリーのファンのふりして花束もって裏口で彼女を待った
ヒゴちゃんなんでしょう
そんな危ないことやめてヒゴちゃんかえっておいでよ
ヒゴちゃんはサーカスにさらわれたとはいわなかった
団長さんに拾ってもらったと言っていた
わたしはヒゴちゃんなんかじゃない
わたしはミス・マリー
行く先々で喝采を浴びて これがわたしの天職だと思ったのさ
足を踏み外して床に落ちて手足ばらばらで死んでも
みんな悲鳴あげながらそれでも見るだろ
みんなが見るだろ大衆ってそういうもんだ
大衆は見たがる
大衆が喜ぶなら
わたしはよろこんで生贄になるのさ
仕事を理由に男の人がいいように遊ぼうとしても
わたしは大衆のために生まれてきたの
みんなこの世にどこかからさらわれてきて
心のなかでいろんな折り合いつけて生きるだろ
ミス・マリーがいなきゃサーカスは成り立たない
二度さらわれたところで生きてゆくしかない
大衆よ皆よろこびなさいよほら
ヒゴちゃんを引き止めたところでヒゴちゃんの帰る場所はない
やみくもに戻っておいでよなんて
幸せに呆けた子供のたわごとで わたし何もいえずにサーカスを見送った
この町でわたしは主婦になり平凡に年をとっていく
この町にサーカスは二度とこなかった
空中ブランコの美少女が傀儡子の男と逃げたのさ
鬼のような美少女も女だったと気がついて
どうかどこまでも逃げてくれなんて思うサーカスの跡地

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