真夜中ヒマでぐわーと一気に書いた創作テキスト。
超短編なのでヒマだったら読んでね
「サッカー少年、静岡に帰る」
肝心なところで下手踏む奴でもなかったのに、免停になったらしい。
「なあー、お願いがあるんだー 車出してくれよー」
大学のサークルで一浪して入ってきた阿部は、年は同じだが後輩・・だが・・
人を先輩扱いすることなど一度もなく、当時、同じサークルだった彼氏と別れても
ずっと友達だった。
阿部は、ずっとサッカー少年だったらしいのに
我々の軟弱なテニスサークルなんてものに入ってきた。
なんでこんなとこに入ってきたの
一切敬語も使わない阿部に、サークル内でアネゴと呼ばれる私が代表して
新歓コンパだというのに、歓迎しない一言を浴びせてみた。
「女子大のオンナノコとヤレるかなと思って」
死ねよ、と思ったが こういうカス人間はいついなくなってもいいので
無礼に接していたら8年経っていた。
私はその間に彼氏が5人代わり、阿部は彼女がいたのかいないのか、
二人くらい確認が取れたが、確認が取れるころには
「あれもう終わったー」なんて感じだった。
ところで阿部の小学校では、サッカー留学?みたいなのがあったらしい。
国内なので留学というのかなんなのか。
要するに、夏休みに阿部を含む東京のサッカー少年が静岡のサッカー少年の家にホームステイ?し
静岡のサッカー少年が東京のサッカー少年の家に何日か泊まる・・
そういう誰得な交流が盛んに行われていたらしい。
阿部も例にもれず率先して静岡に行ったそうだ。
そのとき友達になった静岡のサッカー少年がこのたび結婚するので
顔見せもかねて遊びにこいよって話になったらしい。
東京から静岡は遠い。清水市ではなく、東京から来やすい海のほうで
会うという約束だが、それでも遠い。
スケベを一切しないという約束で、私は車を出して阿部を乗せて
静岡に向かった。
熱海にさしかかる。海が左手に見える。
金色夜叉の像だ。
自分を捨てて富豪に嫁いだ元カノがすがってきたのを、足蹴にする男の像だ。
なにもこんな緊迫した場面を銅像にしなくてもと思う。
男の人は、自分を振った女を忘れない生き物だなぁと思う。
女子は新しいのが出来ると、過去はどうでもいい。
だけど、男の子は、プライドが高いから恨む・・・だから余計に忘れられない。
よく表した像だなぁ とぼんやり思っていた。
私の周りの多くの男は、
振られたあと、「オマエみたいな派手な女、結局結婚には向いてないんだよ!」とか
「俺だって遊びだったんダッ」などと
よくわかんない悪態をついてきたり、
「彼女に振られたけど、アイツはろくでもない女だったんだ!」
とか 振られたはずの男が、まるで自分が振ったかのように周りに流布したりする生き物だった。
怒ることで余計、「まだ好き」というのが浮き彫りになる、そんな生き物。
男の人が元カノを足蹴にする像。
だけど阿部はいつもひょうひょうとしていて
振られたら「振られちゃった〜」「嫌われちゃった〜」とへらへらしているようなところがあった。
暖かく出迎えてくれたのは爽やかな好青年と純粋そうな奥さん、もう赤ちゃんがおなかにいるそうだ。
好青年もまた、阿部が無礼なので、気楽に付き合って20年経ったと言っていた。
「ふたりは恋人なの?」
「違いますよ」二人同時に言った。
静岡のご飯はやっぱり刺身に限る。4人で食べた夕飯はとってもおいしかった。
車だから飲酒できない・・と思っていたら
「オマエのめよ。オレが帰り運転するよ」
で
帰り、わたしたちは海の近くに泊まって、イルカになってしまったのだった。
男の人は、とかく男らしいことが美徳とされているけれど、
ふにゃふにゃした身のこなしでやせ型で、おおよそ男性ぽくない阿部の体は、
しんねりとわたしの体とつながった。一瞬逃げようとした私の体を、少しも力づくじゃないのに
でも 逃がさなかった。
キスした阿部の煙草の味
私の中で、一途な人のキスは煙草の味がしない。
彼女もちと 既婚者と 成り行きで
ダメなときのキスほど、煙草の味がする。
ああ これ ダメあじのキスだ
翌朝、後悔はしなかったけど、なんとなく、体が重かった。
ずっと沈黙していた。
「俺、実は・・・彼女いて・・・・・・・・・・・・・」
ショックじゃなかったといえば大嘘になる。
「ああ、いいよ」
怒るほうが野暮だ 怒ってなんになる
なんで怒るの 相手とは恋愛のれの字もなかったはずだ
そのあと、私を本当に落ち込ませる一言を阿部は言った。
「オマエ、そばで見てたからわかるけど、経験多くて・・」
ヤリマンだから 好きにやっちゃっていいんだと思ったんだね
化粧しに行った洗面所で、ぽつりと涙が出てきた。
オトナっぽい クール あんまり気にしなそうだよね
強そう いつも そんなことを言われて
男の人は、どうせこいつなら好きにしちゃっていい、と思って
来るんだね
あの 静岡の好青年の純粋そうな奥さんまでもが憎かった。
そんなにイヤな目に遭ってないから、純粋でいられるんでしょう
そんな女がああやって おなかに赤ちゃんを仕込むんだね
わたしにも、ココロがあるのに
本当に強い女は、男の前で涙を流せるのに
ああ、東京にすぐ帰ろう、女って一杯いやなことがある
家についたら、もう一度お風呂に入って、ずっと眠ろう。そうすれば忘れられる。
傷ついたけど、無言のまま、東京へ車を走らせた。
私が運転した。
「いいから、私が運転するから」
相手が何を言おうとしても
「いいよ、何も言わないで・・ゆうべのことは、無かったことにしよう」
と告げた。
阿部のことなんか 好きじゃなかったはずなのに
阿部とは、疎遠になった。
阿部から何度か着信があったが、取る気はなかった。
怒っているのに、
怒っていると思われるのもシャクで、たまにかけなおすが、
相手が出る前に切って、相手からの着信には出る気がどうしても起きなかった。
そうこうしているうちに、私にも恋人ができ、阿部のことはどうでもよくなった。
誰かの「本命」になれたことで
純粋に振舞わなきゃダメなんじゃないかとか、常に自分を否定していた気持ちが
少しずつほどけていくのを感じた。
恋人が、スポーツ関係のメーカーに勤める人で、
ふいに「国内サッカー少年交換ホームステイ」の話をすると、
なんだかすごく興味を持って、会社の企画に使いたいと言ってきた。
「その、阿部くん、て人に連絡取れないかな」
まずいな、と思った。阿部に、冷たくしていた。
でも、阿部だ。無礼な阿部だ、彼女持ちなのに私とヤった。
同意の上だから・・被害者ぶる気もないが、
サッカーの話聞くくらい、車だって出してやったし(カゾリン代は阿部が全部出したけど。。)
いいよね
軽い気持ちで、阿部に電話した。
「どしたの、久しぶりじゃん」
「あたしね、今カレがXXXに勤めててさ、あのサッカー少年交換の話、すごい興味もってるから
教えてほしいの」
「誰が教えるかよ、バーカ」
すごく、冷たい声だった。
阿部じゃ、なかった。
違う人なのかと、思った。
なんだか信じられなくて、もう一度確認した。
「阿部・・嘘・・・・・・・・・・・教えなさいよぉー ほんとに知りたがってるの」
「教えない」
今度は冗談めかしさもなく、ピシャリといわれた。
熱海で見た、金色夜叉の像が、ふっと脳裏をよぎった。
「阿部?」
人間は、動物だと私は思う。言葉の小手先で探ってもラチが明かないと思った。
「彼女持ちなのは、阿部のほうだったじゃん。私に彼氏ができたところで、関係ないじゃん」
「俺はあのとき彼女がいた。けど、思ったよりオマエが良かったから、
ちょっとどーしよーかなーと思って、お前意外と経験多いから妙にうまくていいなーとか思って
とりあえず嘘つくのはヤダから
彼女いる・・ってところから話そうと思ったらお前怒ってるし・・
彼女と別れるつもりでも、彼女もちなのに「した」ことに怒ってるのか
なんなのかとにかくもー怒ってるし
怖かったよ」
嘘
ヤリマンだから、どーでもいいと思ったんじゃないの
ヤリマンだからいいって なんだよ
こだわらない阿部らしいな
「恋人できたんだ?俺は別れたよ、良かったねこれから幸せになって。
もう電話で話すのもやめよう」
阿部の電話は切れた。
金色夜叉
阿部が女を容赦しないなんて 初めて見た
こだわらない阿部でしょう
私に彼氏がいても、気にせず へらへら友達でいてくれる
阿部じゃなかったの
阿部にも、ココロがあるんだ
そのあと、恋人には「なんか教えてもらえなかったよ」とだけ言って、
カレもなにかを察知したらしく、もうそれを聞いてくることはなかった。
あれから、また夏が来た。
SOUL'd OUTの新曲「イルカ」をたまに街で聴く。
阿部を思い出す。
正確には、あの件以来、阿部のことばかり考えているが
「イルカ」を聴くと海辺のモーテルのことばかり思い出すのだ
優しいのに 真綿で首を絞めるみたいに
私の体に抱きついて
恋人と結婚することになった私は、純粋に見せようとか
あの奥さんがどこか憎かったとか、そんなとげとげした感情を全部20代に置いて
ただひたすら暖かくて強い恋人の腕の中で眠る日々が続いた
安寧な日々だったはずなのに
あれからちょうど一年経った夏だった
阿部から電話があった
あのときと同じように
「なあー、お願いがあるんだー 車出してくれよー」
そんなに何度も免停になるはずはない
でも 私は何かを静岡に置いてきたような気がして
また車を出してしまった。
久しぶりに会った阿部は、少しやせてるようだった。
あの好青年と純粋な奥さんは、少しも変わらず、
そして赤ちゃんがいて。
「ふたりは恋人なの?」
去年と同じ質問をされた。
阿部は
「そうだよ」
とわたしの肩を抱いて言った。
いけないと思ったけど
わたしはお酒を一滴も飲まず、
そして、不思議と迷わずあのモーテルに車を入れた。
でも、何より先に伝えなければいけないと思った。
「わたしね、結婚するの」
「 い や だ 」
阿部だと思えない強い声だった。
へにゃへにゃの柳みたいな阿部だと思っていた。
過去のわたしは、外見がオトナっぽくて、遊び人だと誤解されても
我慢するしかしなかった。
へにゃへにゃなのは、わたしのほうだったのだ。
へにゃへにゃな阿部と、しっかり姉さんの私だったはずなのに
阿部は、わたしの手をつかんだ。
人には縁というものがあって、わたしはこのまま恋人と結婚するかも知れない。
でも、縁とか、そういうもの以上に
こうしたいって叫ぶとか、そういうものが
わたしにはない人間の強さだなぁなんて思う
わたしは、これからどうしよう。
すごくすごく強い力の手が、私の体を抱きしめたのだった。

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