2006/7/1

それじゃぁBigAppleで大晦日とかどーよ  ■新・音楽体験記/留学の頃

今日から7月。夏なのか梅雨なのか釈然としませんが、そんな時に「大晦日」とは、、涼しくていいじゃないですか

さて1986年の「ファースト・セメスター」も地獄の期末試験(Final Examination)で24時間不眠不休の一週間で何とか無事に終った。最終日の金曜の夜は大挙してストレス発散と、ニューベリー・ストリートのタイ料理店「KING & I」になだれ込んで激辛フードで疲れた頭と身体をシビレさせて虚無の心地にワープ(全員満腹でこれ以上“タベラレマセンノスキー”状態)するも、日付けの変る頃には既に意識がモウロヲとしてベッドに直行。そのまま翌日の夕方まで眠りこけてしまった。こんなに寝たのは高校の期末試験以来の事だ。それだけバークリーの怒濤の課題攻撃にまだ身体が順応していなかった。不思議なものでその後のファイナルは元気ハツラツ。
人間環境に順応すると怖いもの無しです

さて、冬休みになると学校は完全閉鎖されてしまう。ヴィブラフォンの練習はアパートで出来るが、セッションやリハーサルは休み明け、つまり来年までおあずけ。
アメリカ人やカナダ人の学生はあっと言う間に故郷へ帰って行く。バークリーに限った事じゃないのでボストン中から学生の姿が消えてしまうのだ。
そうなると街をフラフラしているのは留学生だけ。いつもは賑やかな近くのコープリー・プレイスも勢い老人と子供連れとヘンな留学生だけになって若々しさが無くなる。

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どんよりとした空ばかり続く冬が来た(コープリー・スクエア)

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コープリー・プレイスにはクリスマス・イルミネーション



端的に言って



〜、、




3ケ月間のフル回転から一気に暇になると脳が溶けそうな気がする。たった二週間なのにこのまま何も無かったら死んでしまいそうになる。

このまま廃人で新年を迎えるのも悔しい
そこで発起した。

「こんなところでマタ〜リしてるくらいなら、ニューヨークへ行こうゼ」

階下のKiyo、おっとーのMorimoto、エリオット、お嬢様、ナオチャン、、他「また〜り」していた同期生と連れ立って「ニューヨークで迎えよう新年ツアー」。
一番心配だったこの時期の宿は(もちろんこんな時期になってからシーズンのNYでホテルが取れるわけがない)ナオチャンのNYの親戚のアパートにみんなで朝までゴロ寝で御厄介になる事になった事。どうせ夜中は外にいるんだし。

人間目標が出来ると燃えるものだ。マタ〜リしていた空気が一掃された。

1986年12月31日、早朝に起床し集合場所の地下鉄の駅に向かう

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早朝のボイルストン・ストリートを歩いていると粉雪が降り始めた(ボストン)

ニューヨークへの足は、アムトラック
なぜアムトラックになったかという理由は5月7日のブログにある。

ボストンからニューヨークのアムトラックの旅はこれから何度も続くのだが、やはり初回は特別な気分。もちろんしっかりとウォークマンにはマイルス・デイビスの「カインド・オブ・ブルー」。雪景色の中をひたすら走るアムトラック。海岸縁だったり荒野だったり時々突然街が出現したかと思えば再び荒野を走る。車窓は持って来たパット・メセニーの世界とデイビッド・サンボーンの世界が交互しながら徐々にニューヨークに近づく。


そして

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遂にその姿を見せたマンハッタン島。さっきからウォークマンのカインド・オブ・ブルーはリピートの連続だ。「おお〜」と誰かか呟く。誰も話し掛けないでくれよ、今、一番いいとこなんだから

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茶色に染まる高層ビルが林立するニューヨーク。子供の時にマイルスを聞きながら描いた光景がそこにある
橋の手前からアムトラックは地下に入った

お昼前にマンハッタンの真ん中のペン・ステーションに到着。地下の駅を上がるとそこはセサミストリートの世界だった。ボストンもアメリカの都市だが、やはりニューヨークに比べると地方都市、ニューヨーカーの歩く早さに戸惑いながら散策。
大晦日で慌ただしいのは日本もニューヨークも同じだ。
いろんな店を回り、夜の帳が降りる頃にはロックフェラー・センターに到着。

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ロックフェラーセンターで完全な「おのぼりさん」である(ニューヨーク)

時刻は午後10時。混雑が甚だしくなる。あちこちでホルン(角笛)を売っているので全員で買う。これを吹き鳴らしながら深夜の街を闊歩するのだ。そして、時刻は午後11時30分。人々は大行列を成してタイムズ・スクエアを目指す。ブホ〜、カホ〜、と全員でホルンを吹き鳴らすので賑やかを通り越してうるさい(笑)。
午前0時、ホルンを一層大音量で吹き鳴らす大行列と、高層アパートから紙吹雪やトイレットペーパー、はたまたゴミと思われる紙屑までもがニューヨーク中の空を埋め付くして新年を迎えた。
新年の瞬間にはその場にいる人とキッスとガイドブックにはある。

しかし、この頃はいろんな問題があり習慣が変っていたので皆ハグで終わる。ハグハグハグハグ、、件の事情でやけくそになったハグもあるが、とにかくハグ攻撃である。

つづく



2006/7/3  1:49

投稿者:あかまつとしひろ

>YELLさん
20年って向こうから見ると想像もつかなかった世界で
すが、こちらから見ると色々ありながらもあっと言う
間ですね。20年前の自分に「どうよ!」って言える日が
来るまで人生はまだまだ続くのであります。

2006/7/1  11:57

投稿者:YELL

1986年の12月の後半は、私も抜け殻状態だったのを覚
えてます。
新しい職場に移るまでの間のお休みだったんです。
まとまったお休みなんて学生の頃の「夏休み」以来な
ので、小説やシナリオを書いたり それまであまり聴
かなかったインストもののレコード(MALTA THE
SQUARE)をじっくり聴いたり…の日々でした。


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