2010/5/20

テリー・ギブスの小さなヘッドのマレットは豪腕投手のように舞い・・・  木曜:Jazz & Classic Library


もうジャズファンなら御存知だと思うけど、ベテランのピアニスト、ハンク・ジョーンズ氏が亡くなった。享年91歳。

今年二月にも来日していて、ちょうどこのブログでも『ハンク・ジョーンズ=The Great Jazz Trioって事か?』(http://sun.ap.teacup.com/applet/vibstation/20100225/archive )として取り上げた。1940年代から現役として活躍したバイ・プレーヤー。
これこそがハンク・ジョーンズだ! という決定打は無い代わりに、どんなセッションに於いてもきちんと存在感を醸し出す上手なジャズピアニストだったと思う。

僕には上記のThe Great Jazz Trioでのハンク・ジョーンズが最もリアルタイムで印象的。

そんなハンク・ジョーンズの大往生となればたくさんの追悼記事が踊らなきゃならないのに、今度はジャズ雑誌の老舗『スイング・ジャーナル』が来月号を最後に休刊になる。

理由は広告収入の減収。

賛否両論あるが、モノというのは誰かが支えながら成立するもの。
特に音楽、中でもジャズのように決してメガトン級の音楽産業ではない分野の中のジャーナリズムが成立するには誰かが支えなければ成り立たない。

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僕は小学校5年生の時からジャズの事がわかるようになるまでの間、スイング・ジャーナルは毎月欠かさず参考書として購入していた。(購読初期の1968年12月号と2009年1月号)
実際にジャズの世界に入ってしまうと、今度は読者とは違う立場で雑誌との関係が成立するようになる。そうなった後も毎年新年号は購入して年間の情報を見るのを楽しみにしていた。

ジャズ界では『スイング・ジャーナル』誌、そして『ジャズライフ』誌の二大月刊誌、それに同人誌的な『ジャズ批評』誌、同じくかつては全国のジャズ喫茶などでよく見掛けた『ジャズワールド』(ニュースペーパー誌)がそれぞれのエリアでジャーナリズムを形成していた。

他に手元に残る雑誌では、マイルス・デイビスの三度目の来日の頃に創刊されてほどなく廃刊となった『ジャズランド』という雑誌くらいしかない。

この状態が四半世紀以上続いた現在だった。

その中でも『スイング・ジャーナル』は全国的なシェアでは他誌を一歩リードしていたが雑誌として苦戦を強いられているのを21世紀になってから何度も聞いた。
二年ほど前に長年親しまれていた東京タワー直下の本社がオフィスビルに移転していた。

ネット文化が出版業界を圧迫しているような報道があるが、僕はそれは原因の最大でも半分でしかないと思う。
だってネットの中で踊るテキストはどれも編集というセレクションを経由していないので「聞き伝え」や「憶測」が蔓延している。

手っ取り早く知るにはとても便利なネットだが、そこに出てくる情報で身元を明らかにしていない情報ソースを鵜呑みにしてはいけない。

ある検索で誤字がそのまま電脳辞典にもっともらしい文章として載っていたのには笑ってしまった。それを修正する知識もないのだからガイドにしかならない。電脳辞典にあるワードをさらに検索する、という使い方が正解といったレベルなので事実や信憑性に於いては活字メディアにはかなわない。それは活字メディアが有料である事と、書いたからには責任を負う義務があるからだ。

ネットではその部分があいまいなので100情報を仕入れても情報ソースがごく少数の同じ活字媒体からであることや、それにちょっぴり個人的な感想が散りばめられているだけのもの、とパレパレだ。何かで読み聞きしたものがそのまま何も検証せずに知識として伝えられようとしているので「ちょっと待て!」だ。個人のサイトで楽しんでいるのなら別だが、公を装ったサイトであってはならない事だ。

その代わりにネットの真価は動画コンテンツ(YouTubeやMySpaceなど)にある。コンピューター・グラフィックスを使う以前の動画には事実のみが記録されているからだ。特にジャズが目まぐるしく変貌を遂げていた頃の動画は真実を知るのによい。

スイング・ジャーナルと言えども、中には論評を書いたライターの個人的視点だけで綴ったものもある。ジャーナリズムというのは常に時代を見据えて書かなければいけないのに、だ。
今ではそんな趣味的な論評を打ち消すほどの真実がクリックするだけで意図も簡単に見れるのだから、歴史の流れを自分の趣味や都合で塗り固めていた部分がどんどん綻びる。動画というのは活字メディアには無いネット独自の文化価値を生んだ。

様々な「疑惑」を一気に解消してくれるネットだけど、厄介なのは無責任な情報の氾濫。
人の手(テキスト)が勝手に介入してしまった憶測でしかない発信情報と編集責任を負えるモノとの差別化がネットメディアでの大きな課題と言える。
そんな中でのスイング・ジャーナル社の相次ぐ休刊(今年4月に総合音楽誌『アドリブ』を休刊したばかり)は今後のジャズ・ジャーナリズムに大きな影響があると思う。

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ひところのカラー広告ばかりで厚みが増していた姿から近年は42年前の同誌とほぼ同じ厚さに戻っていた

『スイング・ジャーナル』誌はジャズを聴く人の為の雑誌。
『ジャズライフ』誌はジャズ演奏に興味がある人の為の雑誌。
この二大ジャズ月刊誌はこのバランスの上で長年成り立ってきた。

それが崩れてしまう。
しかも聴き手の入門編としての『スイング・ジャーナル』の後釜が確保されない内に。

ここにスイング・ジャーナル誌の1968年12月号と2009年1月号の広告索引を。

■レコード会社  7社(68年)/ 19社(09年)
■レコード・CD店 15社 / 13社
■オーディオ   20社 / 9社
■楽器店   27社 / 0社
■ジャズスポット 51店 / 21店
■その他  10社 / 5社

増えたのはレコード会社だけで、しかもメジャー系が増えたわけではなく、むしろ細分化されただけと考えると増えたとは言えない。
その中で月刊を貫き通して維持していたというのは奇跡に近いと思う。
世界中を見ても、こんなに分厚く写真も豊富なジャズ専門誌は他に無い。

中学生の時に、SJ誌などで度々登場するアメリカのジャズ専門の“Down Beat”誌を見て呆気にとられた。街で配られる無料のフリーペーパーもどきのペラペラの雑誌に過ぎなかったからだ。

そんな世界レベルからすれば破格の日本のジャズジャーナリズム。
衰退の大きな要因は、これまた日本独自の文化だったジャズ喫茶の減少とそこに集うジャズファンの減少に尽きる。ジャズは聴くモノから、いつの間にか“演るモノ”へと軸が動いてしまったように見えなくもない。
しかし、本当は今でも聴く人が中心に支えている。
ただ、ジャズ喫茶のように聴く人がエリア毎に集まれる場所が減った事で情報の集約力が減退し、それを取り巻く商業広告そのものの存在意義や価値の見直しが起こっているのも事実。

だから、最近販売(部)数の減少よりも広告収入の減少によって休刊となる雑誌が多い。
それらには、恐らくスイング・ジャーナルとジャズ喫茶の関係のように、かつては本を頂点として広がっていた(支えていた)文化の衰退によって運営が維持出来なくなってしまう図式があてはまる。

売上ではなく広告収入によって成立させていた点に問題が無いわけではないが、出版社も支えていた人も、今は何を支えたいのかがわからなくなってしまったのが原因なような気がする。
決してネットが出版業界を圧迫しているのではないと思うんだけどね。

って、スイング・ジャーナルで育った身なのでついつい枕が長くなってしまった。。。
もう少し違う形で復刊を祈りつつ、本日は・・・


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『MY BUDDY/Terry Gibbs』(skip/1982年)

ヴィブラフォン奏者のくせに驚くほどヴィブラフォンのライブラリーが少ない(笑)
ある楽器が好き、というのには二通りあるんだ。

一つは寝ても暮れてもその楽器の事ばかり。
ありとあらゆる所からその楽器が活躍するレコードやCDを発掘するタイプ。

もう一つは超局地的にある楽器に詳しい。
ある楽器だから故に他人から見れば一緒の事も大きく分別して極細に聞くタイプ。

僕はどちらだったのか?

ううぬ。。

興味を持ったのは師匠でもあるゲイリー・バートンの音だったから完ぺきに後者。
そこから入ってやや前者的にいろんなヴィブラフォン奏者を耳にはしていたものの、ビル・エバンスのピアノやマイルス・デイビスのバンドやら、ジョージ・ラッセルの音楽やら、ジョアン・ジルベルトの歌やら、武満徹の音楽やら・・・
一つの楽器ではなく音楽として面白いモノにどんどん惹かれて行ったので別にヴィブラフォンが無くても好きな音楽がたくさん出来た、という事だから。。

そんな中、スイング・ジャーナル休刊というニュースを聞いて「支えている人」という言葉が頭に浮かんだ時に、たまたま最近見つけたこのアルバムが気になった。
だからたまたまヴィブラフォン、というわけです。

このアルバムが録音された、1982年という時代をリアルタイムにジャズと一緒に過ごした人ならきっとわかると思うのだけど、世はフュージョンの嵐が駆け巡り、ファンク・ミュージックの新しい流れとも合流し、リー・リトナーやパット・メセニー、巷では虹の楽園が爆発的ヒットとなったピアニスト、ジョー・サンプルなどが時代を描いていた。

それに相反するようにギターのパット・マルティーノやアルトのリッチー・コール、テナーのスコット・ハミルトンなど、明らかにフュージョンの流れに反発する保守派なジャズにもスポットが当てられていた面白い時代である。
僕個人としての82年はAnnex82で「ベストプレーヤー賞」や「ジョージ・デューク特別賞」、「ジャズ部門グランプリ」などを受け飛躍の年だった。

そんな82年に日本のプロデューサーが海外で「趣味的なジャズ」のアルバム制作を行っていた中の一枚と思えるのがこのアルバム。

制作意図として80年代の流動的なジャズに対して50年代のウエストコースト・ジャズを模した音作りにこだわった、とある。
趣味の他のナニモノでもない。
ジャズという音楽を受動態として受け入れている人の発想だ。

正直なところ、僕はそういうのを後ろ向きの姿勢として嫌っていた。
人生一度しかないのだからどんな時でも前を向いて生きていたい。
音楽も生活も全て。

しかし、スイング・ジャーナル休刊というニュースを聞いた時、自分が受動態としてジャズと接していた時代の事が思い出された。

「もう一つのジャズと自分」の関係、そんな音を今だから聞いてみたいと思って、たまたま立ち寄った松山の「まるいレコード」のジャズ・クラシック売り場の矢野氏がお薦めのポップを付けたこのアルバムをレイアウトしていたので、それどう? と聞いたら「悪くない」と言うので購入し、東京に帰る寝台特急サンライズ瀬戸の車内で夜景を見ながら聴いてみた。

そうかー、こういう雰囲気、80年代の現場にあったなぁ。。

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まだ若かった僕はそういう雰囲気に息苦しさを覚えて反発していたような気がするが、これだけ時間が経つとそういう空気さえも懐かしく思うから不思議だ。

さて、プロデューサーの制作意図とは別に、このアルバムで演奏しているミュージシャンは82年の感覚でオーソドックスなジャズに触れているから演奏が軽快で心地よい。ミュージシャンにとって過去の時代のことなどどうでもいいのだ。今あるのはその時、その瞬間の最高の自分。ここに集ったミュージシャンが1982年の空気の中で穏やかに繰り広げたセッションなのだ。1982年の音なんだよね。これ。

■参加ミュージシャン

Terry Gibbs(vib)
Al Viola(guit)
Lou Levy(piano)
Andrw Simpkins(bass)
Jimmie Smith(drums)

曲はいわゆるジャズ研スタンダードと呼ばれる曲が多勢占める。

・There Will Never Be Another You
・Please Let Me Play The Blues
・Misty
・All Of Me
・My Buddy
・Waltz For My Children
・You'd Be So Nice To Come Home To

“Please Let Me Play The Blues”と“Waltz For My Children”がテリー・ギブスのオリジナルである以外はお馴染みのスタンダードばかり。
とは言え、テリー・ギブスのオリジナルもオーソドックスな曲なので全体の中で何の違和感もない。

まずは御機嫌な1曲目“There Will Never Be Another You”がこのアルバムの全てを代表している。何という事にない演奏ながらちょっぴりアレンジされているところが実に小粋で御洒落で御機嫌なんだ。

アル・ヴィオラのギター・イントロで始まる“Misty”もどこかハコ・バンドの定番的演奏。
何がどう、というのが一つもないのに小さなヘッドのマレットで強引に早弾きに突入するテリー・ギブスに思わず笑ってしまいそうになる。
ジャズファンは笑うというと馬鹿にしていると勘違いするかもしれないが、笑うというのは最高の誉め言葉。ウキウキさせられたりワクワクさせられたりすると人間笑ってしまうじゃないですか、あれですよ。

こんな具合でアルバム全体でたった38分強の演奏は、実に軽快に駆け抜けてあっという間に終わってしまうのです。

まるで絵に描いたような、ジャズファンが理想とする「変わらないでいてほしい」世界。
このプロデューサーはユートピアを作りたかったのだろうな。きっと。
ではそれが1980年代に必要だったのか?
この点では疑問が残る。
なぜならば、その時代はまだそんなにジャズ喫茶が廃れていなかったからだ。
今となって、ようやく価値が出てきたと言える、そんなアルバムだ。

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ちょっぴりジャズ喫茶モード。
そんな時にはこのアルバムと、

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コーヒーと、
スイング・ジャーナル。

なんだかとっても平和で贅沢な時代がそこにあったような気がします。
世の中の不可解なことや面倒なことを、ジャズ喫茶のドアを開けて入った瞬間に忘れられたノスタルジックなひととき。

ウエストコースト・ジャズファンにはかなり快挙なアルバムですよ。
タイトル・チューンの“My Buddy”が特に御洒落。


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チェキラ!
タグ: Jazz ジャズ CD




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