2010/8/19

いわばブラッド・メルドー版『バラッド』ですよ、これは・・・  木曜:Jazz & Classic Library


昨日は臨時休業で失礼しました。
おかげさまで細部までニューアルバムのジャケット・デザインの校正が捗りました。

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これを第一版として、あと何度かのデータ往復による校正で原稿が完成するわけです。

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最終確認は帰りの寝台特急の部屋で。

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ジャケット用の写真などもそうですが、いくつかの異なる環境の中で細部の確認をすると、思わぬ修正箇所に気が付いたり、選択に迷っていたものの結論が出たりするものです。

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そんな作業には、他人から一切干渉されない密室の寝台特急の個室というのはピッタリなんですね。

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気分的にも、やはり鉄分多めですから・・・(笑)


さて、

本日はこのアルバム。

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『SONGS/Brad Mehldau』(warner bros/1998年)

ブラッド・メルドーはもはや現代のジャズピアノ界のスタンダードとなりつつある。
そんなメルドーに対する評価はある年齢層を境に大きくわかれているようだ。

確かに外見的な音だけを小耳にはさむ程度に聴くと、ちょっぴり難解な印象を与える部分があるのかもしれない。
不思議な事に超オーソドックスなピアノトリオ好きの人ではなく、キース・ジャレットやチック・コリア、ハービー・ハンコックなどを好んで聴いている人がメルドーをDIGできない、という現象。
かつてはキースやチックやハービーもメルドーと同列に語られた時期があるというのに。。。
僕はこのエリアの音楽は大好きなので「へぇー?」と思う意外な反応だ。
物事で、何か新しい事が始まった時はそんなものなのかもしれないね。

さて、そんなメルドー・アレルギー(?)の人に一番お薦めだと思うのがこのアルバム。

やや斜に構えた感じで音を構築して行くスタイルは変わり無いが、メロディックさの点ではかなり他のアルバムよりもオーソドックスなピアノトリオの音楽に近い。

僕がメルドーを面白いと思うのは、周りの事など気にしないで自分のスタイルの中で音楽をやっているスピリッツを感じるから。
ある意味でそれはセロニアス・モンクやエリック・ドルフィーと同じ。
しかし、それらの素養を今の時代らしい感覚でストレートに表現する方向に「ブレない」スピリッツがある。
それを成立させる為の完璧なテクニック、多様な角度から検証出来る音楽的資質、適度なユーモア、そしてジャズスピリッツ。
メルドーに具わっている才能とセンスは、21世紀を生き抜くミュージシャンに必要不可欠な要素ばかりだ。



The Art Of Trio Vol-3とサブタイされるこのアルバム。最初はどんな出だしなのかと気掛かり気味にディスクをセットした人ならきっと肩の力が抜ける事だろう。
1曲目“Song-Song”はそんなアットホームなニアンスが散りばめられた、実に上品な味付けのスープみたいな口当たりが心地よい。

「なーんだ、ブラッド・メルドーって思ったよりもフツーね」

そんな感想を抱く人もいるでしょうね。

そう。
いたってメルドーはフツーに演奏しているだけなんです。
それはどのアルバムのどんな時でも一瞬たりとも変わりなく。

“Unrequited”はおそらくカーラ・ブレイなどの音楽が好きな人にはたまらない表現の場だと思う。こういう音楽はいつの時代にも存在してほしいものだ。メルドーの両手を駆使したピアノ表現を楽しめるトラックでもある。僕の印象として、実はこのラインの音楽がメルドーの根底に流れていると思える。

“Bewitched,Bothered And Bewildered”はロジャース&ハートの超スタンダード。通常はややミディアム気味なテンポで演奏される事の多いこの曲を、超スローテンポで、それでいてちゃんとメルドー色に染め上がった演奏に仕上げているところが面白い。

“Exit Music (For A Film)”はもの悲しい。イギリスのロックバンド、レディオヘッドのヒット曲。なぜかイギリスのロックバンドの曲はインストで演奏するとメランコリックになる。どちらかと言えばセンチメンタルな世界の描写で、こういう音楽は60年代から70年代にかけて世界的なブームとなっていたボサノヴァにも繋がると思う。

“At A Loss”は新主流派的なコンパクト・サイズのワルツ。
何枚ものページに渡る大作もいいが、リードシート(メロディーとコードネームだけの譜面)1、2枚程度の作品こそジャズの真骨頂。
そのコンパクトさの中で全てを完結出来なければジャズの作曲とは呼べない。
ピアノトリオとしての面白さが凝縮した演奏。

“Convalescent”は対位法的なメロディーが印象的な作品。
もっと細分化したコードアナライズを行いそうなメルドーなのだけど、ここでは驚くほどダイアトニックな表現から出発している。
これは僕等も実践しつつあるのだけど、コードネームに縛られた表現方法からの脱却だと思う。まだコードネームなど知らなかった時期にジャズと出会った時に抱いていたインプロヴィゼーションへの回帰だ。

“For All We Know”は1970年公開のコメディ映画『ふたりの誓いの挿入歌で、1971年にはカーペンターズによるカヴァー・ヴァージョンが大ヒットしたスタンダード曲。それこそいつもメルドーの演奏の端々から聞こえてくる音、アメリカ的な音、が曲という一つの形によって集結しているバラード。メルドーのジャズ感を伝えてくれる。僕が初めてブラッド・メルドーの存在を知って興味を持ったチャールス・ロイドのアルバムに漂っていたメルドーの世界だ。

ニック・ドレイクの“River Man”は、歩みの如きテンポとコードチェンジがリリシズムに溢れる作品。「ちょっとしたこと」の音の集まりなのだけど、それを抒情的な世界にまで仕上げられるところがメルドーの魅力。彼の中ではそんな「ちょっとしたこと」も全て計算され尽くしているのだ。その音の計算の中にメルドーのクラシック音楽的な素養をみる思いがしてとても親近感が沸いてくる。

かわいい“Young At Heart”。ロマンチックでもあり純粋無垢な世界を音に表わすときっとこうなるのだろう。全ての音楽的な感性はここから始まっているのかもしれない。

“Sehnsucht”はデザート。このアルバムの最後を飾るに相応しく、ここまでに登場した全ての素養と音がコンパクトにまとめられている。



この作品はブラッド・メルドーのリリカルな面が全体を覆う、ジョン・コルトレーンで言えば『バラッド』という位置にあるアルバム。
ジョン・コルトレーン・アレルギーの人にも受け入れられて長くコルトレーンのベストセラーとなっている、あれ、だ。
ちなみにかつてまことしやかに言われていた「気に入ったリードが見つからず早いテンポの演奏が出来なかったのでバラード集にした」というのはデマ。プロデューサーとコルトレーン本人の作戦だった。しかしメルドーはいつもと変わらず、だ。そこがまたメルドーらしくていいと思う。


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チェキラ!
タグ: Jazz ジャズ CD




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