2013/2/18

全てが始まった瞬間・・・・  月曜:ちょっと舞台裏


「あ〜、コレ、あったんですね〜」

正月明けに地元・松山のドラマー&マジシャン堤宏史さんのお店『WBGO』で飲んでいた時の事。
実家に帰った時は近所のあちこちの店に出掛けて最後はこのお店に立ち寄るパターンが多い。
実家とは徒歩150歩くらいだから万が一酔い潰れても這って帰れる(笑)。

「いただいてもいいですか?」

僕は自分が写った写真をそれほど多く持ってはいないし、まして過去の写真を集めるなんて事もないのだけど、面白い写真や記念すべき写真は別だ。

これは、全ての始まりの瞬間が写った写真。
だから、いただいた。

それが・・・・この二枚の写真。


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堤宏史さん所蔵:1989年8月20日サンパーク・ジャズ・フェスティバルにて道下和彦(g)とのDuo
*写真はいづれもクリックすると別窓で少し拡大します

この時、この前月に日本へ帰って来た。
頭の中はまだ半分アメリカナイズ状態だ。

時はバブル景気真っ盛り。
日本は全国津々浦々までバブル景気で浮かれていた。

バークリー音大を5月に卒業して日本へ帰る準備に二ヶ月。その間に日本の雑誌社やレコード会社や放送局にアポを取りまくり、デモ音源なども制作し戻って来た。

もっともブッキングに関しては前年(1988年)の夏休みを利用した全国ツアーで各地のイベンターやプロモーターの方々と繋がりを持ち、ジャズフェスやイベントへの出演交渉を済ませておいた。

ブラックマンデーでブラックマッシュルームに沈痛な経済状況だったアメリカと対照的に、バブル景気真っ盛りでマンハッタンのビルや映画会社まで買い取ってしまう勢いの日本の景気の中に飛び込む形で始まった。

この写真が全ての始まりと言うには理由がある。

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堤宏史さん所蔵:1989年8月20日サンパーク・ジャズ・フェスティバルにて道下和彦(g)とのDuo

手元に当時の雑誌がある。

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今のようにネットが無く、ジャズの情報ツールとして雑誌は欠かせない時代だった。
雑誌の編集は約1.5ヶ月前が締め切りなので帰国間際に決まった事は情報に載せられなかったが、取りあえず「帰国」と題したいくつかのイベントやジャズフェスティバルへの出演情報は掲載された。

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この時は知り合いの目黒のスタジオに居候で、ライブの無い時はほぼ毎日のように売りこみでレコード会社やラジオ、テレビ局通い、そして日本のカルチャー見学(ライブ見学など)が続いていた。

そんな最中でのジャズフェス出演、これが二か所目だった。

この時、偶然にも新人売り込みで会場に来ていたファンハウス・レーベルのKプロデューサーがステージ袖で僕らの演奏を聴いていた(らしい。後で本人から聞いたエピソード)
興味を持った彼は僕らが帰国したばかりで東京を拠点として動き始めている事を関係者から聞き、それなら東京で会えるだろうと思いこの時は声を掛けなかったらしい。

だからこちらはそんな事を知る由も無く、ごく普通に、そして真夏の気温と日本の湿度に攻められながら自分達のステージを無事に務めて楽器を片づけた。たしかアルトサックスのリッチー・コールがこの日のメインだったと記憶する。

東京に戻ると、ありとあらゆるレコード会社との折衝の繰り返し。
救いだったのは、会うプロデューサーは皆好意的でいろんな情報を教えてくれた。

ほどなくして、当時大橋にあったポリドール・レコードからヴィブラフォンでカバー集を出してみないかというオファーが来た。まだボストンにいた頃からアプローチしていた会社の一つだった。

正直なところ、まだ血気盛んな若者だったので、ジャズ一辺倒的な鼻息の荒々しい若僧に過ぎなかったのだけど、元来が「天の邪鬼」。周りがジャズに燃えれば燃えるほどシラケてしまうところがある。
だって、音楽全体の数パーセント(と、当時よく言われた)でしかない狭いジャズの世界で、さらに人材の乏しい=そんなに人気の無い楽器=ヴィブラフォンで喰って行くのは至難の業。

バブリーで景気がいい、というのは逆に言えば物事全てに対して既得権益のような状態が蔓延している事でもあるので、そこに若僧が切り込んで行く隙間は、まぁ、限りなくゼロに近いわけだ。

まして人気のある楽器ならいざ知らず。
パイの数の少ない世界であればあるほど、一つの意見が支配する比率が高く、それが既得権益のような世界を構築していたところに当時の若僧達は風穴を空けたかったんだ。

それがいろんなレコード会社の人達と話しをする内にわかってた来たところだったので、フィールドの違うポリドール・レコードの話しは「前向きに」据えてみようと思ったのだ。

そこで紹介されたのがポリドールレコードのジャズ担当の丸茂プロデューサーで「一度会ってお話ししましょう」となった時の丸茂氏の柔らかい人柄が印象的だった事と、彼から紹介されたアルバム・プロデューサーの井出靖氏のポップカルチャーに精通するこれまでに出会わなかったタイプの人間との共同作業に面白さを感じた。

秋口にポリドールのスタジオで一度仮録音を行って、最終的に「ヴィブラフォン一本で行く!」と言う前代未聞の方針が固まり、レコーディングが始まったのは翌年の春だった。

僕からすれば、これまで関わって来たジャズ・フィールドのミュージシャンとは100%違うフィールドで活躍するミュージシャンと一緒に演奏する事が始まった。

その成果は翌年(1990年)の11月に形となった。

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『ジャズライフ1990年11月号』

当時は今のようにネットが無いので雑誌が貴重な音楽媒体だった。
何か記事が載ると会社が送ってくれたので手元に資料として残っている。

某・ジャズ雑誌は「ウチは純ジャズを扱っている」と言ってはばからない。会社も僕も呆れてモノが言えなかった。世の中に純ジャズなどというジャンルは無い!世界の笑い物になるゾ!

まるで既得権益のような体制に反発を覚えつつも、そこに目くじらを立てても仕方が無い。
先に述べたように音楽全体の中で数パーセントの世界である。
そこに閉じ込められてしまったら、それこそ一貫の終りだ。

新興勢力だったジャズライフ社はちゃんと扱ってくれた。

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レビューを書いてくれた熊谷氏もピットインのライブで顔を会わすと「アンファン、応援していますよ!」と激励してくれた。

数パーセントの外側の90%が大切だ。
自分を知っている人だけに向けて何かをやるよりも、自分を知らない人に向けて何かをやらなきゃ、何もならない。これは切実な問題だった。

カバー集である事、がそれを上手く補ってくれた。

例えば・・・

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ジャズ雑誌よりも遥かに発行部数の多い雑誌が扱う。

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レッド・ツェッペリンがうんぬん、MCハマー(懐かしい。。。)が云々と同じトーンで
ヴィブラフォンが扱われるなんて事は前代未聞。

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一つ取り上げれば、後は無数に広がる音楽業界。
なんかヴィブラフォンでゲイリー・バートンに習ってカバー集を出した変わり者がいるらしい。。
いや、ゲイリー・バートンの名さえ当時は知らなかった人達のほうが多かったかもしれない。
それまで記憶する限りカバー・アルバムでメインがヴィブラフォンというのは皆無だった。
逆に言えば、カバーだからすんなりと受け入れられたのが大きい。ヴィブラフォンの後ろにジャズという言葉がくっついて来た(通常は逆)。

それが証拠に、このアルバム、未だに全国の何処かのラジオやテレビで流れ、ラジオの場合は演奏者名も流れるので「昨日聞きました」なんてメールを頂く。嬉しい限りだ。

最初からカバーという事に対して何も無かったかと言えば嘘になるが、今となってはかけがえの無い仕事になった。
ジャズメンが他のジャズメンと同じ事をしていて世の中にジャズが広まるはずがなく、ましてやヴィブラフォンというジャズの中でもマイナーとされる楽器がずっとマイナーな所に居ても何も起こらない。
既得権益に染まった世界とは違う切り口から、景気のいい最後の時間にスタート出来たのは、とてもラッキーだった。
ポリドールレコードの丸茂氏(故人)、現在もいろんな音楽を発信しつづけている井出靖氏、他、たくさんの方達に支えられた船出だった。

並行して・・・・

一方、当時日本のジャズ界では、それまでベテランが牛耳っていた世界に風穴を開けるべく若手のプロデューサーや音楽ライター達が旬な若手を集めてイベントを打ち日本のジャズを盛り上げようという機運が高まっていた。

そこで登場するのが僕らが帰国した時から目を付けていた音楽プロデューサーや音楽ライター。
既得権益の底辺に野望を持って食らいついている人達で、話せば話すほど共感するものが多かった。
帰国直後の僕らは自分のライブを行うのはもちろん、少しでも名前を知ってもらう為にベテランの人達のバンドに入ってあちこちの店に出没。
確か鈴木良雄さんのバンドで新宿ピットインに出演していた時の事、その頃には何度か顔を合わせていた大手レーベルのプロデューサーから「●月●日か▼日、■日、○日ピットンね、決まりね。メンバー集めて」と言われたのがこれだった。

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時は上記カバー・アルバムとまったく同時期に発売のジャズ雑誌。

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風穴を開けようと会社の枠を越えて若手プロデューサー、若手音楽ライターが集まって始めた音楽イベント“Now's the time workshop”。このページはこの企画に出演したミュージシャンから選抜先行したメンバーによるアルバムVOL-1の完成発表と最新回のルポが載っていてページ全体がこのイベントに乗っ取られた感じ。

それだけ勢いがあったという事だ。

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今でもよく覚えているのだけど、この時、新宿ピットインで聴いていた女性(有名なジャズマダム)が「今までに聞いた事のないような美しい音がしました」と激励して下さった。

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そんな言葉を聞きながら僕らはこの頃から確かな感触を持って演奏していたような気がする。



たった二枚の写真。
されど、全てがそこから始まっていたのです。

その翌年(1991年11月)、僕らはそのNow's the time workshopのアルバムvol-2でジャズ界に紹介され、本格的な活動に入った。その後、僕のアルバムのライナーを担当してくれた小川隆夫さんや熊谷美広さんとはこのムーブメントの中で出会った。また、そのアルバムの波及効果は大きく、後にライナー他でもお世話になる児山紀芳さんらもこのアルバムを通じて名前を記憶していただいていた。

あれから20年。

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一昨年の横濱ジャズプロムナード2011で久しぶりに顔を合わせた。

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赤松敏弘(vib)道下和彦(g)DUO@2011年10月10日 横浜関内ホール

ちょうどあのファンハウスの企画アルバムが発売されて20年の年だった。
実際に道下和彦との共演も13年振りと、一つの節目になった感じ。

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発見した二枚の写真と比べると、幾分地球に与える負荷が増えた気もするが・・・・

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まだまだ血気盛ん。

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あの頃のレパートリーをやると、昨日の事のように時間を飛び越えてしまう。

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どちらにしても、あの写真の時に、まったく先の事などまだ何も考えていなかったにも関わらず、Kプロデューサーとの出会いがスタートしていたなんて後でわかると・・・・

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あの写真が何か特別なショットのように思えなくもない、ね。

人生、何処で誰が見てるかわからないから、いつでも自然体の自分を出しておくのが良いとしか言えません。

そして、その時々に協力し支えてくれる周りへの感謝の気持ちを忘れずにはいられませんね。
自分の価値は自分以外の人が決める事を知った、その無意識な内の始まりの瞬間の写真。
よくぞ残っていてくれた!





★☆★ 2012 BEST LIVE (動画) ★☆★

Nov/14〜15/2012

Toshihiro Akamatsu (vibraphone)
Hakuei Kim (piano)

1st set (9:30pm〜10:50pm)

1.Winter Festival---by Hakuei Kim
2.The Gleaner-----by Toshihiro Akamatsu
3.Stella by Starlight
4.White Forest-----by Hakuei Kim
5.Nagi Moca suite---by Toshihiro Akamatsu
6.Newtown--------by Hakuei Kim
7.Silent Butler-----by Toshihiro Akamatsu
8.(encore)O Grande Amor

2nd set (0:48am〜2:09am)

1.Winter Festival---by Hakuei Kim
2.The Gleaner-----by Toshihiro Akamatsu
3.Stella by Starlight
4.White Forest-----by Hakuei Kim
5.Nagi Moca suite---by Toshihiro Akamatsu
6.Newtown--------by Hakuei Kim
7.Silent Butler-----by Toshihiro Akamatsu
8.(encore)On Green Dolphin St

Rec, Nov/14〜15/2012 @ Okaido"COLORFUL", Matsuyama, Ehime, JP

※赤文字の演奏動画を公開しています

ビデオカメラビデオカメラ【Crew Camera Series】■赤松敏弘 vibraphone Best Live 2012/Akamatsu meets Hakuei Duo/Nov/15/1:00am's StellabyStarlight (Full version)

ハクエイ・キム(p)赤松敏弘(vib)

2012年11月14日四国・松山でのライブ第二部のもので第一部と同じ曲の深夜の演奏です。
まったく違うイントロから始まった瞬間から純粋な即興演奏に突入しました。
デュオという最小公約数にして最大の自由度を持つアンサンブルでしか出来ない衝動の記録となりました。
ソフトのアップロード時間制限の為に10分未満の暫定バージョンを年末にアップしていましたが今回フルバージョンに更新。


ビデオカメラビデオカメラ【Crew Camera Series】■赤松敏弘 vibraphone Best Live 2012/Akamatsu meets Hakuei Duo/Nov/15/2:00am's GreenDolphin

ハクエイ・キム(p)赤松敏弘(vib)

あらゆる意味で刺激的だったこの日のライブの最終アンコール。時刻は午前2時です。
第二部の会場は半分以上が地元のミュージシャンやピアニスト、音楽関係者で埋まっていましたから二人ともよりアグレッシヴなOn Green Dolphin Stに。午前二時にこんなガチンコなライブをやる街は日本でも珍しいでしょう。さすがは我が故郷です(笑)


ビデオカメラビデオカメラ【Crew Camera Series】■赤松敏弘 vibraphone Best Live 2012/Akamatsu meets Hakuei Duo/Nov/14/9:53pm's StellabyStarlight

ハクエイ・キム(p)赤松敏弘(vib)

赤松・ハクエイDUOでのStella by Starlight。
このバージョンは2012年11月14日四国・松山でのライブ第一部のものです。
前月の横浜ジャズプロムナード2012でも評判だったこのスタイルのデュオがさらに一歩踏み込んだところでの演奏に。次の深夜のステージの演奏と比較するとまったく別の曲です。ジャズライブの楽しみ方で僕らはとても大きな事にこの時気付いたのでした。


ビデオカメラビデオカメラ【Crew Camera Series】■赤松敏弘 vibraphone Best Live 2012/Akamatsu meets Hakuei Duo/Nov/14/9:46pm's The Gleaner

ハクエイ・キム(p)赤松敏弘(vib)

四国・松山でのライブ第一部でのオリジナル曲The Gleaner。この日は入替え制という事もあり第一部も第二部も同じプログラム(アンコールを除く)でしたが、考えてみればクラシックのコンサートやポップスのコンサートとジャズのコンサートが大きく異なるのは、たとえ同じ曲を一日に二度演奏したとしてもまったく違う演奏になるのが当たり前。このライブではその当たり前な事を随分長い間僕らは忘れていた事に気づかされて、久しぶりに達成感で満たされたのを覚えています。


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ビデオカメラ【Crew Camera Series】TOSHIHIRO AKAMATSU meets HAKUEI KIM 2012. presented by T.KOYAMA. "SOUND OF FOCUS" comp by T.Akamatsu. 2010's album 『AXIS』(VEGA)




ビデオカメラ【Crew Camera Series】赤松敏弘、道下和彦、ユキ・アリマサTWIN DUO × TRIO オープニング"Be my love"




ビデオカメラ【Crew Camera Series】赤松敏弘、道下和彦 DUO 2011 演奏順/2曲目"TRITON 2011" comp by T.Akamatsu. 1991's album 『Now's The Time Workshop vol-2』(BMG FunHouse)




ビデオカメラ【Crew Camera Series】赤松敏弘、道下和彦 DUO 2011 演奏順/4曲目"I LET A SONG"




ビデオカメラ【Crew Camera Series】赤松敏弘、ユキ・アリマサDUO 2011 演奏順/7曲目"DAA HOUD". 2005's album 『Synergy』(VEGA)




ビデオカメラ【Crew Camera Series】赤松敏弘、道下和彦、ユキ・アリマサTWIN DUO × TRIO 演奏順/9曲目 アンコール




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『BEST LIVE 2011(動画)』


2011年11月24日ブログ『超・満員御礼! 赤松敏弘(vib)meetsハクエイ・キム(p)25-25プロデュース第六弾』http://sun.ap.teacup.com/applet/vibstation/20111124/archive

TOSHIHIRO AKAMATSU(vib) meets HAKUEI KIM(p) w/TARO KOYAMA(ds) & KUNIO OINUMA(b) @ 25-25Presents Special Live Vol.6

25-25プレゼンツ・スペシャルライブVOL-6。
『“赤松敏弘meetsハクエイ・キム”with小山太郎+生沼邦夫』

Toshihiro Akamatsu(vib)
Hakuei Kim(p)
Kunio Oinuma(b)
Taro Koyama(ds)

Recorded live at KAMOME in Yokohama. Nov/23/2011

[YouTube版]※画像をクリックすると別窓で開きます

★第二部1曲目



★第二部二曲目[Tribute to 1964's Miles-vol.1]



★第二部三曲目[Tribute to 1964's Miles-Vol.2]




ガンバレ東北!

がんばろうニッポン!




只今絶賛発売中!
■New Album『AXIS/赤松敏弘』(VEGA)
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VGDBRZ-0044/3.000円(税込)

赤松敏弘(vib)The NewQuartet
guest:森川奈菜美(vo)

New Album『AXIS』は全国の有名CD店のほか、ネットショップでも好評発売中!
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どうぞご利用ください。

CDレビュー→http://www.jazzpage.net/rireki/cd/akamatsu_axis.html

CDレビュー→http://www.jazzfusion.com/cd2010/axis.htm

CDレビュー→http://artist.cdjournal.com/d/axis/4110091003

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チェキラ!
★ビブラフォン ★ビブラホン ★ヴィブラフォン ★Vibraphone ★ヴィブラホン ★ヴァイブラフォン ★ヴァイブ ★バイブ



2013/2/20  2:28

投稿者:あかまつとしひろ

>たかいくん、
ハハハ、血気盛んな若僧でしたからね。でもその裏ではいろんな事があったのです
よ。まぁ、今日のような事もあのタイミングじゃなければ起こり得なかったかもしれま
せんね。
マックの話し、何か抜けてないかなぁ? かなり記憶に乏しいんだけど・・・(笑)

2013/2/18  18:39

投稿者:たかいしゅんすけ

20年になりますか。 あなたはピンクのふちの大きなサングラスで、アメ
リカ帰りの生意気な若造として、軽くそこらのジャズファンのおっさん層を
挑発してました。
アメリカのマックで金を払うと、何ていうか知ってるか? Next(次!
)って言うんやぞ、なんていう話をうかがって、すごいなあ、なんて思った
のはつい昨日のような気がします。


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