2013/6/18

アナログは本当に“いい音”だったのだろうか?・・・その2  火曜:街ぶら・街ネタ


アナログは本当に“いい音”だったのだろうか?その2。

昨日からの続きです。
『2013/6/17ブログ アナログは本当に“いい音”だったのだろうか・・・? その1 月曜:ちょっと舞台裏』http://sun.ap.teacup.com/vibstation/2081.html

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今でこそステレオという音像が当たり前になっているけれど、僕らが物心付く以前の音はモノラルという左右非分割式の音像だった。
それは再生する側の環境によるものだったとされる。
テレビにもラジオにもスピーカーは一つ。

それが左右二つに分割された事によって「音」の環境は激変したのだと思う。

しかしこの左右の定義付けがイマイチ曖昧なままに発展して来たようにも思うのですね。

それを述べるには、たぶん、音響工学の分野の見識も必要になってくるのだとは思うのだけど、単なるミュージシャンの思いつきとして書いてみてもいいかと思う。

まずステレオ感というものが時代と共に変化しているという事実。

それこそ、最初の頃は「SLが左から右に駆け抜けて行きま〜す!」の笑い話しが一般にステレオを認識させる最も有効な手段だったわけです。

オーディオ・ファイラーも子供もお爺ちゃんもオバチャンも、そこから始まっているわけですね。

しかし、何が左で、何を右にすべきかに規則はありません。
自由です。

ただ、ステレオ感というものは、最初は左右方向のあらゆる開拓に始まり、現在では前後の奥行き方向に達しているのです。
恐らく、昨日例に挙げた4Chスピーカーの時代の発想となんら変わりはないのですが、それを4個の周囲を取り囲んだスピーカーで表現するのか、普通に並べた2個のスピーカーで表現するのかに大きな違いがあるわけです。

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ぼくらは音を出す側にいます。楽器は左側に低音、右側に高音。ピアノやビブラフォン、マリンバ、オルガンなど、鍵盤楽器を奏でる人ならこれは常識。

しかし、黙っていると録音する側の人はこれを逆にする場合があります。
音響工学うんぬんを理由に出されて説明される時もありますが、気持ち悪いという僕らの心理を一かけらも満足させてくれるものではありません。
もちろんこれは自分が中心となったレコーディングの時の話です。また、だからと言って自分の持論を押しつけてはいません。あくまでも意見の一つ。

「聴いたまま」「見たまんま」と言う人もいますが、じゃあなぜ「録ったまんま」じゃないの?という水掛け論に陥るだけ。

聴き手を何処に連れて行きたいか、で決めれば良い事です。
ホールの客席に座わらせて聞かせたいのか、楽器のそばに呼んで聞かせたいのか。
こっちから見てとか、あっちに座ってとか、関係ないのです。
聴き手を何処に連れて行くか。それが僕の定位に関する結論です。

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では、“いい音”は何処にあるのか?

例えば1960年代の録音であれば、僕はスタジオ録音よりもホール録音のほうが良いと思っています。トラック数にも限りがあり、マイクの性能も限られたものだった時代にスタジオ録音で一番足りなかったのは、ミックス感(臨場感と言うべきか・・・)でしょう。

防音の利いたスタジオで録音したものをどの程度ミックス(整音)出来ていたのかは今を基準にすると想像が難しくさえ思えるほど過酷な状況だったかもしれません。
しかし、ホール録音ではそれらが見事に解消されています。
つまりホールが持つ「箱」の残響が全てを包んでくれたからです。

もちろん全てが過酷だったわけではないと思うのですが、今日のデジタルの時代でさえスタジオ→マスタリング→プレスと進む内に音がどんどん劣化するわけですから、アナログの時代での劣化具合は今の比では無いでしょう。

どんな時代でも人間は困難を克服しようとします。
劣化する音に対してレコーディング・エンジニアやカッティング技師の並々ならぬ経験によるデータ集積によって少しでも音質を向上させる努力や技が開発されて行った事は想像できます。

アナログの音が“いい音”なのかどうか疑問なのは、そのように音を加工せざるを得ない時代に作られた音をそのまま“いい音”と鵜呑みには出来ないでしょ?、と言う事なんです。

個人的な感触ですが、1960年代までの録音であればスタジオよりもホールのほうが「聴きやすい」んです。理由は先に述べた通り。
それが70年代になって激変します。
トラック数やマイクの性能向上、様々な録音補助システムの開発によって、ホールでは聴こえない音までスタジオでは記録出来るようになったわけです。

より迫力、より繊細、より源音の音を記録出来るに至ってスタジオ録音は新時代を迎えたのでしょう。それは当時子供の僕らでさえわかるほど生々しい変化だったのです。

たぶん、“いい音”にもいろいろと好みがあるので、おおまかに分けるとその区切りは1970年前後という事になるのではないか、と。
僕は1970年以降の音のほうが好きなのですね、たぶん。

しかし、進化はそれだけでは終わらずにアナログからデジタルへと、これまた劇的に進化しました。

ミュージシャンの耳で言えば、アナログからデジタルになって二つの大きな改革が起こり大歓迎でした。

一つはヒスノイズの除去。アナログ録音では最初からテープが持つ磁気ノイズ(無音だとシ―という微かな音)が聴こえていたのだけどこれがゼロになった事。

もう一つは回転数のムラによるピッチの曖昧さ。ピアノやヴィブラフォンなどチューニングが固定されている録音の再生で音程が定まらない事。これは再生する機械の責任も大きかったが、プレスされた時点でピッチが狂っているものすらあった。
いくら高価なオーディオ・システムで流れていても、これが狂っていると台無しになる。

それと同時に一つの大きな問題も巻き起こしました。
デジタル信号に「無音」を発生させる手立てが欠けていた事。

後にこの技術は改善され今では殆ど問題にならなくなりましたが、初期のCDの時代では「無音」、又は「ピアニシモ」になると軽微なデジタルノイズが乗る症状があり、僕らも録音しながらスタジオで大いに悩みましたが人間は何かあれば克服するものです。
1980年代から90年代初期にかけて発売されたCDに時々見られる症状で、それをして「デジタルは音が悪い」「ギザギザした音がする」と言われたものです。

また、CD盤に印刷したインクが二十年も経てば裏側まで滲みてデータ再生に影響を及ぼすだとか・・・・・

CDが登場した頃にはいろんな事が言われましたが、そんな症状には今のところ遭遇していません。

たぶん、これからも無いでしょう。

ただ、その代わりに昨日述べた通り、静電気との戦いはアナログの比ではないようです。

高速で回転する盤が持つ熱を如何に除去するか、が一つの解決への道と見えているのですが・・・

そこで登場したのがデータ化。 MP3を代表とする「回転しない記録メディア」。
実はこれこそが究極の音なんです。
スタジオで録音した通りのもの(音)が商品化されるとすれば、このデータ化商品と言う事になるのですが、まぁ、既にヘッドフォン世代が購買層の中心となっていますから、かつてのオーディオ・ファイラーのような熱く音を論ずる人もいないでしょう。

ただ、MP3とかデータ化された音が“わるい音”ではない事は、昨日からのこのブログを読んでいただければわかると思います。

従って、アナログという音が“いい音”であるのかどうか、というテーマの答えもそこにあります。



実は自分のアルバムでもオーディオ好きの人に向けた仕様のアルバムがあります。

先にも述べたように2002年から04年にかけてリリースされた三枚のスリーブラインドマイスというレーベルのアルバム(1枚はオムニバス)がそれ。

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スリーブラインドマイス(TBM)は70年6月に発足したジャズ専門のレーベルで当時のジャズ喫茶に行けばTBMのアルバムの1枚や2枚は必ず流れているほどジャズファンから支持されたレーベル。約150タイトルが発売された和ジャズ、つまりJ-Jazzの祖。

実は今でも時々聴いているのが、このTBMの創立以来からピックアップされた音源を一つのサンプルとしてまとめたオーディオ・ファイラー向けのアルバム(写真右側の赤いジャケット)

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この歴史の長いレーベルの末席に自分の作品が並んだ事は光栄の限りですが、音質にもこだわっていたTBMの録音には年代毎の音があるように聞こえるのですね。
この『Super Analog Sound of three blind mice』を聴く限り、少なくとも70年代以降の録音は音がどんどん進化しているのがわかるんですね。

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午後からの予定を控えたコーヒータイム。
僕はよく、この赤いアルバムをBGMに流す。
ある時はスピーカーから、ある時はヘッドフォンから。。

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まったく知らないアルバムからのピックアップなので耳がいつでもニュートラル。
そして、録音も実にニュートラル。

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1曲目の“Swingin' on a Camel”はギター(いわゆるジャズの箱型のギター)二本とエレキベース、ドラムセットだけのスカスカなサウンド。1976年の録音です。
乾いた防音室(つまりスタジオのブース)の音が実に温かい。
二曲目以降は1982年、1974年、2003年、1978年、1975年、1974年、1982年、2002年、1975年と、録音時期によって質感はバラバラだが(アルバムが異なるのだから当たり前)、その時代、時代の音が記録されている。(内2000年代の二曲は僕の音源)

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僕の音源で言えば、2002年のアルバム音源はややシャープ、ソリッド気味。対して2003年の音源は全体が上手くまとまっている。これは録音する時点でどのようなパッケージングとなるのかが分かっている、いない、の差だと思う。両方ともマスターはアナログテープ(456と467)で共通ながら、2002年のものは通常の16bitCD盤を予測してマスタリング、及びプレスでの音質劣化を予測してかなりソリッドにミックスしている。対して03年のものは24bitXRCD24でプレスされる事がわかっていたので普通にミックスしている。結果を聴き比べると面白い。
まさか、ここまで忠実に音がプレスされるとは、2002年のミックスの関係者は誰も予測していなかっただろう。

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大人気だったピアノの山本剛さんのトリオなんて、吸音された狭いジャズクラブのピアノの近く、下手をするとピアノの周りにカウンターが着いているような店のピアノの真横で聴いているような感じ。

しかし、その情景を思い浮かべるには、そういう店に行くような歳にならなければわからないわけで、高校の頃にジャズ喫茶で聴いてこんな風に正確な描写が出来ていたかどうかは不明。

ただ、この、明確に奏でられる音楽と連動した録音を作るという点でスリーブラインドマイスは他の大規模な音楽スタジオを持つ大手レコード会社とはまったく異なる音像を持っていたのは僕もジャズ喫茶で聴いて感じていた。

それがドイツのECMのようにレーベルブランドという考えでは無いところがユニークだった。

おや?

そうすると、“いい音”というものの定義が少し見えて来たような気がしませんか。

再生装置のレベルに合わせてミックスやマスタリングをすると音楽を殺しかねない、そんな警鐘を鳴らす気はありませんが、友人と話しながら僕なりに「あの、アナログの中音域の霞がかかったような音」というのは、わざとクリアーにしなかった帯域なんじゃないかな、と。
それをして