2006/4/27

遥かなるECM (Edition for Contemporary Music)  木曜:Jazz & Classic Library

ECMと言うと「ああ」という懐かしさを伴った笑顔になる人、「ふむ」と怪訝な顔で通り過ぎようとする人、「?」とまったく存在を知らない人、その印象は様々だ。

しかしECMは好むと好まざるに関わらず、70年代以降のジャズを今日に導く切っ掛けを作った功績は誰もが認め、また、新しくジャズに興味を示す人達は歴史として知る価値のあるブランドになっている。ある意味、僕らがミュージシャンとして今日存在しているのもECMレーベルの音楽に出会わなければあり得なかったかも、というのも大袈裟な表現ではないんだ。ECMの音楽は将来を考え始めた僕らの肩をポンと軽く弾いてくれたんだ。

70年代は実に「多彩」な時代。ジャズで言えば本国アメリカのジャズ産業が衰退著しく、名立たるジャズの名門レーベルが破綻、叉は縮小され、とりたてて宣伝する必要のないアーチストのアルバム以外はなかなか発売されなくなった。また、そのようなアーチストのアルバムも産業ベースの重視によって、実に「曖昧」な内容のアルバムが目立つようになり、企画色の強いアルバムからリスナーは離れていった。

でも

ミュージシャンは負けてなかった。

アルバムを作ってもレーベルがちゃんと売ってくれないのなら、自分達で制作した濃度の高いアルバムをレーベルを立ち上げて販売したのだ。そのようなセルフプロデュース作品の完成度や商品性が「優れていた」か?と言えば、これはまた別問題と言える物も多いとは思うけど、その心意気はいつの時代でも忘れてはならない。
ある意味でこの状況は今の日本に酷似している

そんな状況下にあって、アメリカ以外の国でこの時期のミュージシャン達の「心意気」を伝えてくれるレーベルが誕生しそのムーブメントは瞬く間に世界中を発信地に変えた。自分がお世話になったから言うわけではないが、日本でスリー・ブラインド・マイス(TBM)が誕生したのもこの頃で、それまで国内で制作されていた邦人ジャズとは明らかに違う「心意気」が
地方に住んでいた僕の耳元にも届くようになった
大手が唱える「ジャズではやって行けない」と言うジンクスを次々とひっくり返し記録的なベストセラーを連発していたのだ。

新興レーベル(敢えて『ブランド・レーベル』と表現)は殆どが一人の頑固なポリシーを持った主監者(すいません)によって制作されるので趣向の明確なものが多い。だからリスナーも「このブランドであれば安心」と購入していた。もちろん“顔”はリーダーとなるミュージシャンなのだが、その背景を占める“主監者”の選眼が大きい。

そのような世界的な流れの中にあって、ドイツに拠点を置くECMレーベルはとりわけアメリカで活躍するミュージシャン、キース・ジャレット、チック・コリア、ゲイリー・バートン等が本国のレーベルでは出来なかったフォームで新境地を開拓する点に世界中から注目が集まった。オーナーはクラシックのコントラバス奏者であったマンフレッド・アイヒャー(Manfred Eicher)。最初はソロ演奏や小編成による作品が多く、特にピアノではキース・ジャレットとチック・コリアのそれぞれのソロ集がリリースされソロピアノ・ブームにまで繋がった。

最初に聴いたECMの純粋なアルバム(初期のいくつかは国内販売の提携先が定まらずECMと知らずに聴いている)は中学の頃に買ったキース・ジャレットのソロ(スタジオ録音)『フェイシング・ユー』。例のまるいレコードで買った。
キース・ジャレットはそれまでにマイルス・デイビス(tp)やチャールス・ロイド(ts)のアルバムで聴いていたけど、こんなにピアノが上手いとは知らなかった。録音の良さもあり、続いてチック・コリアの『ピアノソロ・インプロヴィゼーションVol-1』ほどなくしてゲイリー・バートンの『ニューカルテット』と、みるみる内に中学生の部屋にはECMのアルバムが増えて行った。中学生でもわかる「音質の良さ」と次々に発売されるソロやデュオのアルバムと印象的なジャケ写。
キース・ジャレットのベストセラー『ケルン・コンサート』やゲイリー・バートン&チック・コリアの『クリスタル・サイレンス』が出る少し前の話だ。
上記2枚がリリースされる頃になると、それまでジャズが「肉声的」であったとすればそこが苦手ながらジャズは好き、という「官能美」層に圧倒的な支持を得て一気にブームへ。これがECM第一期だと思う。


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『ECM SPECTRUM Vol.1』(ECM/1987年)
Keith Jarrett,Jan Garbarek,Egberto Gismonti,Shanker,Pat Metheny,Ralph Towner, Terje Rypdal,Charlie Haden,Don Cherry,Ed Blackwell,John Surman,John Abercrombie,他

紹介するのはECMの第二期と言える演奏のオムニバス。第一期のそれぞれの作品についてはいづれ触れる時があると思うが、この第二期と言える時期のECMを代表するミュージシャンが一気に聴けるオムニバスは面白い。キース・ジャレットは「Never Let Me Go」でStandardsの二枚目、(ECMが無ければ出て来なかったかもしれない)パット・メセニー(g)は今日まで続くPat Metheny Groupでベストセラーを連発した中の『Offramp』から、この時期突如現れたバイオリンのShankar等、1970年代後半から1980年代半ばにかけてのECM第二期の様子が今聴いても初々しい。

1980年代になると、アメリカのミュージシャンは本国のレーベルに戻り、ECMは徐々にヨーロッパ色の濃いレーベルに移行した(第三期)。

今思えば、それはECMが70年代に果たした一つの成果の終焉であったのかもしれない。

国内に於いても流れは同じで、70年代に誕生した『ブランド・レーベル』とは違う新興『マイナー・レーベル』が新しいメディア(IT産業)と融合する事によって、ジャズは再び新しい進化を目指して進み始めた。70年代の『ブランド・レーベル』の設立者達の頑強なポリシーを引き継ぐものであってほしい。

おしまい



2006/4/28  2:21

投稿者:あかまつとしひろ

>真佐さん
覚えてますよ、ヴァイパーって新語を導入しての登場で
したね。4年振り?に聞きました(笑)。何とECMに辿り着
きましたか。そうですね、今のヨーロッパのジャズや
チェンバーミュージックではECMの影響が残るものがあ
りますね。でも僕は音楽をやって振り返る風なのはあん
まり好きじゃないんです。Baptistのアルバムまだ聞い
てないです。。てか、何処にも無いッス

>takiさん
グラモフォンが出て来ましたか!懐かしい。かなーりレ
アな話しですが「マル・ウォルドロン」のアルバムに
W・ウェーバー(b)が加わったのがありました。マルがエ
レピを弾いてるんですよ。後でわかったのですが、それ
はかなり初期のインディーズの頃のECM原盤でした。ECM
と言うと僕らはやはり「トリオ・レコード」ですね。僕
もエアーズとバートンのNHKでの共演しっかり見てまし
た! あれは局の楽器じゃないでしょうか。東京では楽器
が何とかなるけど地方に行くので困っていたと<増

2006/4/27  22:40

投稿者:taki

私が初めて聴いたECMは、当時は確かグラモフォンから出ていたチックコリアのARCでした。まだ60年代後半のフリージャズの流れを残していました。ブラクストン/コリアのサークルが解散する直前くらいだったのではないかと思いますが、サークルはECMから黄色ジャケットともう一枚でていたように思います。思えばあれが60年代フリージャズと70年代ジャズの境目だったのではないでしょうか。
WOW奏法の解説ありがとうございました。増田さんが苦労されたというエレクトリックバイブはライブイン東京のジャケットの分ですね。このときはNHK-TVでロイエアーズとバートン氏が出演したのを見ましたが、エレキではなかったのであれは増田さんの楽器だったのですね。

2006/4/27  17:11

投稿者:真佐

お久しぶりです。最近になってハマっています。元々70年代のレア・グルーヴ系やR&Bから聴き始めて、今はECMに到達しました。ヨーロッパから出るCDはECMの影響がどこかにありますね。4〜5年前に書き込みしたフランスのヴァイパーJan Baptist Bocleなども。
ブログ毎日楽しみにしています。では!


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