2007/8/16

やはりストライク・・・・・・・A.C.Jobim  木曜:Jazz & Classic Library

昨日から深夜は原稿と睨めっこが続いています。

そんなとき・・・
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うぬぬ。。。
何だ?スタンドが揺れているぞ・・・

と、思ったら、
地震
たまたまそばにあったカメラで時刻を記録。
午前4時14分。
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作業を一時中断してしばらく様子をみる事に。

深夜は静かなので地震の空気振動を感じる事もある。
事なきを得ていると、隣室のベッドルームから血相を変えて家人が飛出してきた。
ベッドの上にいると実際よりも揺れを大きく感じるのだろう。
「もう大丈夫だよ」と言って安心させた。

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もうすぐ完成。プロジェクト第二弾!
演奏ガイダンス付き曲集『レパートリーで学ぶジャズ・マリンバ&ヴィブラフォン』(ヤマハ・ミュージックメディア出版) 乞う御期待!

只今この本の最終校正中なんですが、地震で中断されたのでここで一服。ブログの更新を。



アントニオ・カルロス・ジョビンの音楽ほど長年に渡って僕の頭の中をリフレッシュさせてくれるエキスはない。
ところが不思議な事に、ジョビンの曲が入っているアルバムの殆どがジョビン以外の演奏者によるものなんですよ。これが。
子供の頃から親しんだナンバーは8割がジョアン・ジルベルト(vo)のアルバムだし、残りも殆どがスタン・ゲッツ他、ジョビンに所縁のあるミュージシャンとは言え、ジョビン本人のアルバムとなると、意外なほど少ない。

一つには、つい最近までジョビンの歌声(多少ドスの効いた感じのテノール的な歌声)があまり好きになれなかった事がある。アレンジャーとして作られた作品はいくつかあるが、それでも歌が聞こえてくると、あまり好きになれなかった。僕にはジョアンの歌声のほうがしっくりくると感じて何かどこかで拒否していたのかもしれない。

しかし、その拒否感がすっかり溶けてしまったのが、今夜紹介するこのアルバム。

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『PASSARIM/Antonio Carlos Jobim』(Verve/1987年)

ボストン時代に買って何の気なしに聴いてみたら、それまでどこか「こだわり」が聴く耳に重くのしかかってくるような印象のあったジョビンのアルバムとは明らかに違う、すっきりとした仕上がりに、「おやおや」と思ってしまったんですね。

これだけ作曲者として敬愛していても、どうしても受け入れがたかった歌声も、このアルバムで初めて耳を澄まして聴き終える事が出来たのですね。
今からちょうど20年も前ですから、決して今よりも「物わかり」が良いとは言えなかった僕がホロっとした想い出のアルバム。

ボサノヴァやサンバという狭いエリアに閉じ込めないで聴くと、このアルバムはいろんな世界観や幸福感をもたらしてくれます。そんな風に僕は感じたんですね。

20年経って改めて聴いてみると、やはりこのジョビンは他のどのアルバムよりも幸福感に満ちていると思うのですね。

音楽家はけっして幸福感に満たされれば良いというものではありません。幸福感に満たされると安易に自己完結してしまうからです。そういう音楽は時と場合によっては心地よくも感じますが、新鮮さはありません。音楽には完成形など元から無いからです。
その人がその時に感じているもの、それが全てです。

6月14日のブログでもジョビンを取り上げましたが、ボサノヴァがブームだった頃を除いてジョビンの音楽が陽気だとは思った事がありません。深層心理に訴えかけるダークネスな魅力に富んでいるのですね。ある意味で哲学的なのかもしれません。ブーム以降のブラジル新主流派の音楽はとてもその面が強調されていて好きでしたが、近年はどんどんポップスになってしまって興味が薄れてしまいました。

しかし、このアルバムのジョビンは「ふっきれた」軽快さでポップという方向とは別の軽快さを振りまいているのですね。

この7年後にジョビンは歴史を閉じてしまうのですが、このアルバムにある幸福感というのは何でしょう。このアルバムには彼の息子パウロ・ジョビンの曲も含まれています。今日ではマイケル・フランクスなども取り上げる「SAMBA DE SOHO」がその曲。10曲目の「BRASIL NATIVO」はダニーロ・カミィの曲でアルバム中1番シャープな音楽。でもこのアルバムの中ではそれも一つのアクセントとしてジョビンの曲が覆っているのですね。やはりジョビンの音楽は僕にとってはストライクです。

ちなみに、ジョビンの飛行機好きは有名で離発着する飛行機を眺めるのが好きだったとあります。しかも、飛行機に乗るのは大嫌いであくまでも眺めるのが好きだったとあります。
実は僕も同じなんですね。

おしまい



2007/8/22  3:09

投稿者:あかまつとしひろ

>takiさん、
そうなんですよ。封切り前に宣伝で見て行きたいんで
すよね、コレ。

2007/8/21  22:38

投稿者:taki

亀レスですけど、こんな映画をやっていたんですね。神戸は9月のようですが、東京はまだやってるのかな?分かりません。予告は下記で見れます。

This Is Bossa Nova
ボサノヴァ誕生から現代まで、貴重なアーティストたちの映像と証言で綴った奇跡のドキュメンタリー
http://www.wisepolicy.com/thisisbossanova/


私の昔のバンド仲間が感想を書いてます。
http://picksclicks.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_b5f2.html

2007/8/17  8:22

投稿者:あかまつとしひろ

>たかいしゅんすけくん、
先日はありがとう。
ボサノヴァの記述、なかなか面白い見解だと思いま
す。僕は起源にはポルカがあると思ってるんだよね。
リズムに関しては諸説いろいろあるようなのでどれが
真実なのかはわかりません。
ジョビンの言葉を借りれば、「騒がしい踊りのバック
ミュージックで音楽として誰も楽しもうとしなかった
サンバを聴いてもらえる音楽に仕上げた」(かなり要
約)とありましたから、この辺りにボノヴァとサンバの
違いは存在しているのかもしれませんね。
70年代に入ってからのボサノヴァ(既にボサノヴァとは
呼ばずにMPBと呼ばれていた)と流れを沿うようにジョ
ビンやジョアンが古いブラジルの民謡やヨーロッパか
ら伝わったと思われるメロディーの断片(その中にポル
カもある)を取り上げて60年代のボサノヴァとは異なる
ニアンスの演奏を始めている事からも、その辺りの曖
昧な歴史に回帰した事が伺えます。
クラシックと呼ばれる音楽の大半がヒット曲である
か、もしくは宮廷等の権力によって保護下にあった音
楽である事を見ても、一つの「売れる」音楽がジャン
ルの起源となっている事はわかりますね。
昔はそれが「権力」によって各地に浸透したと想像出
来ます。今はそれがマスメディアという事でしょう
か。
ともあれ面白い意見だと思いました。

2007/8/16  11:55

投稿者:たかい しゅんすけ

 先日は松山までご来演いただいて、ありがとう。私は酒も煙草もやりませんが、それは音楽で十分に代用が効くからでしょう。中でもジャズのライブを聞くというのは、私にとっては何者にも代えがたい大脳の(精神の?)楽しみです。
 サンバ、ボサノバについて、ライスレコードの田中勝則氏が面白いことを言っていました。(元ネタは「桜町音楽夜噺」で検索して下さい。)伝統的サンバ、つまりカーニバルのときの、野太いおじさんのボーカルをメインに、打楽器隊が100人、コーラスが200人、声の限りに押しまくるようなものが初めにあって、それが洗練されて、ポップな歌謡曲のサンバができ、さらに洗練を加えてボサノバになり、ロックが加わってMPBになり、といまの人は考えている。
 しかし、伝統サンバというものは、もともと存在しない。サンバの始まりは、1920年代にSPの録音のためにつくられた歌謡曲だった。
 サンバというのは、ギター1本と歌手1人で骨格ができていて、そこに打楽器郡を厚く入れると、伝統サンバのようなものになるだけだ。それができたのは、意外と最近のことだ。
 田中氏の考えでは、ボサノバはサンバを素人っぽく見せかけたもの、ジョアン・ジルベルトの歌い方やトム・ジョビンのアレンジ(それまでのぎっちり詰まったアレンジでなく、すき間の多い感じを言うのでしょう)なので、サンバとボサノバを区別しない、とのことでした。
 ポピュラー音楽の始原には、野生の血のたぎる粗野でパワフルな音楽があって、時代が下るにつれ洗練を加えていく、と考えがちですが、じっさいは売れる商品としての音楽が最初に誕生する、というのが本当なんでしょうか。面白い意見です。
 


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