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投稿者:AYA
voidphreniaさん、丁寧なコメントありがとうございます。
>無意識的な神話的世界・ファンタジーの部分を宮崎アニメ>に依存しすぎている。
無意識世界・神話的世界とのつながりが一元化されてしまい、つながりの可能性が広がっていない・・・
それこそがまさしく「神経症の時代」のあらわれなのかもしれませんね。だからこそ宮崎氏はこじらせて統合失調症になる前に警告しているのでしょうか。
フジモトとグランマーレもかつては宗介とポニョだった。
カタルシスによって抑圧の檻から浮上し意識の世界で構築された新たな秩序は、古くなればやがてそれ自身が檻となる。
だからこそ、人類は世代交代し、人類は進化する。そんな気がします。

http://aya-shumi.cocolog-nifty.com/heya/2008/08/post_36b0.html
投稿者:voidphrenia
AYAさんのブログ興味深く読みました。ポニョは象徴的に解釈すると非常に読みやすい作品だと思います。もちろんその解釈は象徴故に多義的であって、そこが監督の狙いでもあるのでしょう。

>無意識世界を象徴的に描いたものだけに、ストーリーは睡眠時の「夢」のように論理的整合性が怪しい。だから観客の意識を通り過ぎて無意識にダイレクトに伝わるかも。「地味で分かりにくい作品なのになぜか心に残る」と言われているのはそのせいだろうか。もしそうなら、宮崎監督のやったことはある種の呪術だ。

この点については全く同意です。お客さんはかわいいポニョのイメージに引かれて映画館へやってきて、とんでもない宮崎魔術のイメージにダイレクトに曝される。しかもそのことを意識することもない方法で。これは凄い。私は上で「我々日本人が無意識的な神話的世界・ファンタジーの部分を宮崎アニメに依存しすぎているのではないかということ」と書きましたがこれはある意味皮肉で、監督自身はそういった今の日本の現状自体にantiを声明しているのかもしれません。

AYAさんがいわれるユング的な無意識の理解は神経症でももちろんそうなのですが、それは統合失調症などのより重篤な疾患でも全く同じです。ポニョの中で現実が崩壊してゆくカタルシスの世界は、体験される個人にとって恐ろしく現実を凌駕する体験であるほど、病的強度を増してゆく。

あとおっしゃるように、宮崎作品は千と千尋の神隠し〜ハウルの動く城あたりから三位一体が主要なテーマであると思います。後、あまり言及されないことですが、ポニョとソウスケたち自身がフジモトとグレートマザーの過去の姿であったことが暗示されている。自分たちが果たし得なかった、魔術的世界と現実の世界の融合を彼らの未来に託すエンディングになっていますね。

乱暴に言いますが、男性原理による現実の克服と、ファンタジーによる世界の拡張というこの作品のテーマに私はフロイト心理学とユング心理学の結婚を見ます。そういった意味で非常に面白い作品でした。

投稿者:AYA
始めまして。AYAと申します。私も「ポニョ」を見てユング的な印象を持ったので、ぶしつけですがTBさせていただきました。
宮崎監督曰く、この作品で「初源なるものをためらいなく描いて、不安と神経症の時代に立ち向かいたい」という意図があったそうです。

http://aya-shumi.cocolog-nifty.com/
投稿者:kimotatsu
check、死とかなきゃ。
みたい。
僕は、歌がきになる。
女の子と元「まりちゃんず」らしい。
とてもアンダーグラウンドな匂いです。
投稿者:voidphrenia
2chで発見した名無しのレス、これ結構重要情報だと思うので転載

ネタバレ感あるので注意


久石氏へのメモより、パヤヲの本作コンセプト

・物語の構造は簡潔に「海=女性原理」「陸=男性原理」
・その為小さな港町は衰退し、男たちの船は忙しく行き来しているものの誰もそれを尊敬していない。
・女達も同時に衰えている。海辺でお迎えを待つ老女達。快活だがやり場のない怒りも抱えるリサ。
・ポニョは女性原理の生粋といえる存在。食べる事、抱きしめる事、追いかける事にためらいなし。
・グランマンマーレはポニョが見事に成長した姿。全ての命の源。多産。一妻多夫。

・5歳の宗助は「男」になりきらない最後の年代。
・彼の課題はポニョの全てを受け入れる事。好きになる事。守り抜くこと。
・多くの観客は彼の約束をすぐに忘れ去られる類ものと思うかもしれないが、彼には重要な問題。
・フジモトのように理屈の世界に逃げ込むか、耕一のように感情に逃げ出すか・・・。
・しかし宗助は逃げずに真っ直ぐ突破し全部を受け入れる。故に主人公の資格を持つ。

・宗助の心の強さで世界は新しいバランスがとられる
・もちろん男性原理が勝ったわけでも女性原理が勝ったわけでもない。
・不安定で先が思いやられる状態で映画は終わる。
・それは21世紀以降の人類が背負った命運で、一遍の映画が決着をつけるべき課題ではない。

「昔のアニメだったら敵として切り捨てていたかもしれない相手もすべて許容する」
「小さな正義・小さな方法論で何かを解決したように錯覚させるドラマはもうやめにして、この世の混沌を認識してそれでも自分の暮らしを生きる話にする」

っていうのは原作「ナウシカ」を完結させて以来、「もののけ」「千尋」「ハウル」と一貫している宮崎の創作態度だね。



以上引用終わり

投稿者:voidphrenia
とにかく、ネットでも賛否両論で、その辺りは宮崎アニメに対する日本人のアンビバレンスな心境を反映していると思うんだけど。でも/ | \ | | |は確実に爆笑すると思うけどね。好き嫌いは別にして。

>>猫娘
是非是非


投稿者:猫娘
おひさです。
早速、行きましたか?い〜なぁ。
私は、歌は歌えます。
是非、行きたいと思ってます。
投稿者:/ | \ | | |
俺はまだ観てないけれど…
駿くんがこの作品を最後の作品として気合いをいれてるのはものすごく電波で感じていました〜内容についてももちろん一筋縄ではいかない世界を用意してあるのもわかっています
おれも観に行って感想述べますねー楽しみジャーーーん!!

http://cicadalove.blogspot.com/

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v o i d p h r e n i a

アカデミズムからは完全に異端というか相手にされない予定。臨床と自身の感覚を通過した世界から新たな智慧の出現を目指す
!!!!!!!!!!!!!すべて予定!!!!!!!!!!!!!。
☆☆☆☆☆サイケデリック精神医学者。精神分析と神秘学,サブカルチャーをmixing。すべての診療的バックボーンはタブー&イリーガル/内&外宇宙/生&死/光&闇/天国&地獄方面に抵触中。変性意識状態で精神病世界へダイビング→→→→→精神の奥底から外宇宙に到達し、死の果てに永遠の生を幻視する。音楽はサイケデリック・ロックからハードコア・ブラックメタルからNW・インダストリアル・ジャンク・テクノ・ハウス・イタロからディスコ・サイケデリックトランス・ニカ・プログッレッシヴtoエレクトロ、いずれもリアルタイム重神合体更新中。いままで旅した国はインド、ネパール、タイ、メキシコ、アメリカ、ギリシャ、伊太利亜、スペイン(ibiza)etc。聖地巡りとレイヴの旅。秘儀参入を求めて西へ東へ.某精神病院にて日夜音楽とサイケデリック体験、神秘主義の象徴解釈、精神分析の現実感を武器に、虚無の果てをこの世のリアルな色彩感に変容させることを目標に奮闘中。 CICADA NEWCD 'Curious' P-vine に2曲参加。好評発売中につき御購入夜露CQ ☆☆☆☆☆
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